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#47

 塔から王城までの距離は、近いようで結構遠い。

 俺は文字通り必死に、途中で意識が遠のいて視界が暗くなりかけながら、ただひたすらに走り続けた。

 感覚としては無限とも思えるほどの時間を――実際には三十分かそこらだったようだが――走り抜けた末に、俺はようやく城門の前に辿り着いた。

 俺が城門を抜けようとしたところで、当然のことながら門番に呼び止められる。

「待て待て、今は王城は封鎖中だ。一般人の立ち入りは――」

「俺は異端審問官のピエトロだ。緊急事態につき通らせてもらう!」

 教皇庁の身分証を掲げて宣言すると、戸惑う兵士たちを尻目にその場を強行突破する。

 王城内部は明らかにゴタゴタしていたが――まあここから見える距離にある『凪の塔』がいきなり崩壊したのだから当然だろう――俺にとってはむしろ好都合だ。異端審問官としての訓練で培った技術を駆使して、慌ただしく走り回る人たちの流れに紛れ、一気に城の奥を目指していく。

 この事態を正確に伝えて動いてもらうためには、とにかく偉い人、できれば宮廷魔術師の筆頭とかいう奴よりも上に立つ人間に、直接事の次第を伝えるべきだろう。さもなければどこかで握りつぶされたり、事態を矮小化して伝えられたりする危険性もある。

 俺は人の流れから、このゴタゴタの中心地と思しき場所を推測し、そちらに向かって一気に駆けて行く。

 すると、王城内において明らかに異質な雰囲気を放っている一室を発見した。そこの重厚な扉に半ば体当たりするように飛び込み、扉を守っていた衛兵に襟首を掴まれながらもそれを引きずるようにして室内に足を進めると――


 そこには、見事なまでに勢揃いしていた。

 おそらく、今回の事態への対策会議を行っていた真っ最中なのだろう。

 豪華なローブを身にまとう、宮廷魔術師と思しき者が数人。さすがにネストの姿は見当たらない。

 加えて大臣級と思われる高位の文官、将軍級と思われる高位の武官がそれぞれ数人ずつ。

 正面には威厳に満ちた老人の姿がある。おそらくこの男が、この王国の事実上の最高権力者である宰相だろう。

 更にその背後には、気品溢れるドレスを身にまとい、頭に略式の王冠を載せた幼い少女の姿までもがある。金髪に碧眼の美しい少女ではあるが、その顔には表情らしい表情が浮かんでおらず、まるで超高級人形に命が吹き込まれて動いているのようだ。

「何奴だ! このような場に乱入するなど正気の沙汰ではあるまい!」

 将軍と思しき男が、実に迫力のある声でこちらを怒鳴りつけてくるが、こちらも負けじと叫び返す。

「教皇庁所属、異端審問官のピエトロだ! 凪の塔で起きていることを、王国首脳の方々にお伝え申し上げたい!」

 俺の言葉に部屋中がざわつく。最初に反応したのは、宮廷魔術師のうちの一人だった。

「その件については私が話を聞こう。誰か、その者を別室に――」

 しかし、それを別の者が遮る。

「いや、この場で聞こう。ピエトロとやらよ、そのまま話すがよい」

 それはなんと、中央に立つ宰相と思しき老人だった。

「ですが宰相閣下、この件についてはわたくしめが――」

「控えよハイドリッヒ郷。既に事態はそなたの手に収まる域を超えておる」

「……はっ」

 ハイドリッヒとかいう宮廷魔術師――確か今回の儀式魔法の責任者にして宮廷魔術師筆頭だったか――が引き下がったところで、俺は現状起きていることについて、これまで見聞きしたことをありのまま、全て話すことにした。

 見る見るうちにハイドリッヒの顔が青ざめていくが、俺は構わずに話し続ける。


 全てを話し終えたところで、最初に口を開いたのはハイドリッヒだった。

「ネ……ネストの奴だ! ネストの奴が全て仕組んだことだ!」

 それに対し、別の大臣が反論する。

「だとしても、責任者はハイドリッヒ郷であろう!」

「それより今はこの事態をどう収拾するか――」

「そもそもこの事態を招いたネスト郷は一体どこで何をしている!」

「そう言うそなたはネスト郷による裏手配に手を貸していたではないか!」

「何を根拠に! いわれなき中傷は許さんぞ!」

「静粛に! 今はそのような――」

「大体、魔法学院からの招聘を認可したのは宰相閣下であろう!」

「わざわざ学生を指名するなど何という――」

 それ以上は、もはや誰が何を言っているのかすらわからない事態となってしまった。

 俺は頭を抱える。こんな大勢の前で洗いざらい話してしまったのは失敗だっただろうか。しかし正直言って、このような事態に至ってまで責任のなすり付けを優先するというのは、いくらなんでも想定外だったと言わざるを得ない。

 ここに辿り着くだけでも相当の時間を使っている。早く何らかの援護を連れて戻らないと、ライナスが城下町に辿り着いてしまうのが先か、それとも三人のうちの誰かが力尽きてしまうのが先か――

 が、ここで思いもよらぬ人物が動いた。

 それまで宰相の背後に控えていた幼い少女が、一人でずんずんと歩き出したのだ。そして向かう先は部屋の入口――つまり、俺が膝をついて座っている目の前だった。

「――ピエトロ、と言ったな。案内せよ」

「……ええと、」

 俺が返事をするよりも先に、その幼い少女は振り返り、大声で叫んだ。

「近衛騎士隊よ、出陣だ! 余に続け!」

 その叫びとともに、一体どこに隠れていたのか、部屋中のありとあらゆる物陰という物陰から、完全武装の騎士たちが姿を現した。

「へ、陛下!? いかがなされるおつもりで……」

 大臣と思しき一人が完全にオロオロしながら訊ねるが、少女は振り返りもせずに答える。

「この非常事態に誰も動かぬというなら、余が自ら近衛騎士を率いて出るまでのこと。そなたらはいつまでも子供の喧嘩を続けるか、さもなくば有効な対策の一つでも練ってから持って来るがよい」

 それだけ告げると、陛下と呼ばれた少女は俺の手を掴み、重臣たちを残したまま大会議室を後にした。

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