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#45

 俺たちは交替で仮眠を取りながら、念のため街で用意してきた小型の望遠鏡で窓の外を見張りながら待ち続けた。

 もちろん、窓と言っても人が通れるような大きさでは無く、正確にはただの壁の隙間である。リュネットの細い腕なら何とか通るくらいの狭さだが、望遠鏡で覗き込むだけなら何も不足は無い。逆に、外から見られる危険性が低いという意味では好都合だろう。

 やがて陽は昇り、昼を迎え、再び夜を迎え――まったく静かなものだった。一度だけ巡回の兵士が二人組で窓の前を通り過ぎたが、あからさまに金属鎧をガチャガチャと言わせながら、それどころか互いに無駄話などをしながら歩いていたので、たとえこちら側で物音を立てても気づかれたかどうか怪しいところだ。

 街で買いこんできた保存食は種類に富んでいたが、更に翌朝を迎える頃には、さすがにそろそろ生の野菜や果物が恋しくなってくる。思えば最近は、たまに街に立ち寄った時くらいしかそのような物を食べていなかった気がする。

 そんなことを考えながら外を見ていると、西――ではなく別の方向から、何人かの足音と会話が聞こえてきた。

 俺はちょうど仮眠の番だったディーノを起こし、全員で窓の外の様子を伺うことにした。

 姿を見せたのは魔法使いがと思しき格好の男が数人で、そのうちの若い一人は何故か椅子を抱えている。

 訳が分からないまま引き続き様子を伺っていると、彼らは塔から少し離れた場所で立ち止まった。明らかにこちらとの距離を気にしているのは、おそらく塔の力で魔力を封じらることを恐れているのだろう。

 そして、若い魔法使いの一人が椅子を地面に降ろすと、別の一番豪華なローブを着た恰幅のいい中年の魔法使いが、その椅子にどっかりと腰を下ろす。

「……あのローブに見覚えがあります。あれはおそらく、宮廷魔術師第三席のシュランゲ・ネストです」

「確か、今回の儀式実験の提案者だったか」

 リュネットが小声で告げて来たのに対し、俺も小声で返す。

 しかし、一体何のために――という疑問は、ご丁寧にも彼ら自身が教えてくれた。


「で、ここにあのライナスがやって来るのはいつだったかな?」

「ええと、もういつ着いてもおかしくないと聞いています」

「聞けば、奴は西からまっすぐこの塔のある方角に向かっているそうじゃないか。一対何が目的だと思う? ん?」

「さ、さあ、そこまでは……」

「全く駄目だな。君も僕の弟子なら、そのくらいは予測してみたまえ。ん?」

 その会話に、俺は危うく噴き出すところだった。あのアストラルガードがこちらに向かっている理由をこのネストとかいう宮廷魔術師が本当に知っていたら、こんなに落ち着いて椅子になど座っているはずが無いだろう。

「まあともかくだ、しばらくはここで待機だ。菓子をよこせ。あと飲み物もだ。ところで、あのリュネットという娘の捜索の件はどうなっている?」

「はあ、それが、こちらが十万、あちらが十二万まで吊り上げておりますが、一向に捕まる気配がありません」

「十二万だと? くっ、足元を見やがって……この作戦が成功しても、結局口を封じる必要が残る以上、こちらも十二万まで上げるしかないな」

「それでも厳しいかと……何しろ向こうには教会関係者が二人に、おまけにあのグローリアまで付いているとの話です」

「あの騎士気取りの腐れ脳筋女か! いっそライナスにやらせるか、実験台としては実にちょうどいい。これが終わったら手配の内容を変えよう。場所だけ探させて、あとはこちらから出向いてやる!」

 そう叫ぶと、ネストはそれきり黙り込み、ボリボリと菓子を食べ始めた。

「……何をする気なんだ?」

「わかりません。ですが、何かものすごく嫌な予感がします」

「しかし、何が起きてもここからだと……」

 ここから直接一階に降りることはできないので、外に出ようとすれば昇降機を使うしかない。しかし、そうすれば確実に入口の兵士たちに知られ、騒ぎが大きくなるのは避けられないだろう。

「あっ、来ました! 事前の情報通り、西からまっすぐ来ています!」

「よし、これで僕の勝ちだ! まったく、宮廷魔術師第三席の僕でさえ、完全習得するのにここまでの時間がかかる代物だったとは。それをいとも簡単に使いこなし、しかも僕があれだけ念を入れた改竄をあっさり見抜くようなバケモノを送り込んでくるとは、学院には完全に一杯食わされたな。でも――最後に勝つのは僕だ!」

 そう宣言すると、ネストは椅子から立ち上がり、杖を構えて呪文の詠唱を始めた。

「あれは……まずいです! 何とかして止めないと!」

 リュネットが慌てるが、これは正直どうにもしがたい。明らかに射程外ではあるが、俺はなんとか窓の隙間から狙いを定め、五寸釘を全力で投げつける。

 しかし、釘はネスト本人ではなく、手前にいた別の若い魔法使いの肩に突き刺さった。若い魔法使いは突然の痛みに悲鳴を上げるが、ネストはお構いなしに呪文を唱え続ける。

 そしてネストの魔法が発動した瞬間――ここからではよく見えないが、ネストが立っている向こう側に、あからさまに危険極まりない気配が広がって行く。

「私としたことが、この可能性を失念していました。私が使える程度の儀式魔法を、仮にも宮廷魔術師であるあの男が使えないはずがありませんでした。改竄部分もしっかりと組み込んだ上で、アストラルガード化の儀式魔法が完成してしまったようです……せっかく塞いだ星幽の門も、今頃魔境のどこかで再び大きく開かれてしまっているはずです」

 リュネットの声には悔しさがにじみ出ている。

「何とかする方法はないのか?」

「……再び門を閉じた状態でここに閉じ込めれば、可能性はあるでしょう。しかし門を閉じる前に閉じ込めても、あの力を完全に封じ込めることができるかどうか……」

 しかし、俺たちがそんな会話を交わしている間にも事態は進んでいた。

「素晴らしい! ついに完成したぞ! ところで……さっき悲鳴が聞こえたようだけど、一体何があったんだね?」

「は、はい! それが、塔の方から何かが飛んできて……」

「ほう、塔の中に誰かが隠れているのか。……いや、僕の計算が正しければ、このアストラルガード完全体は、塔の中でもある程度はその力を発揮できるはずだ」

「ネスト様! あ、あの、ライナス殿の歩みが止まりません! こっちに来ます!」

「慌てるな。このキーワードを正しく唱えれば……『真の主たる我に従え』!」

「……何も起きないようですが……」

「い、いや、これで僕の命令に従うはずだ。おい、ライナス! 聞こえるか! 僕に従……ひっ!」

 ネストは情けない声を上げながら、横に大きな体を必死に揺すって駆け出していく。彼の弟子と思しき若い魔法使いたちも、大慌てで散り散りに逃げて行く。

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