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#37

「あそこです」

 突然立ち止まったリュネットがそう言いながら指した先には、石を数段積み上げて高くなっている場所があった。

 霧がますます濃くなってきたせいで、一体どのくらいの広さなのかが全く把握できないが、石の形などから察するに、どうも巨大な祭壇か何かのように見える。

「あの、もしかするとなんですが、この霧ってあの石段のあるところから流れ出て来てるんじゃないでしょうか?」

 ディーノに言われて目を凝らしてみると、確かに霧はそういう方向にゆっくりと流れているように見える。

「この先にある空間の亀裂から溢れ出た力が、霧となって周囲に撒き散らされている――そう考えれば、最近になって霧が濃くなってきたのも、ここに近づくにつれて霧が濃くなってきたのも説明がつきます」

 リュネットがそう言いながら、祭壇らしきものに向かって更に一歩踏み出したその時だった。

 いきなりの突風に、俺たちは思わず顔を覆った。

 霧の一部が巻き上げられて視界が晴れ、青空から差し込む光とともに、大きな影が上空から迫ってくるのを感じる。

「何か来るぞ!」

 俺がそう言うまでもなく皆わかっていただろうが、そうして俺たちが待ち構える中、その影は大きな羽ばたき音を立てながらゆっくりと舞い降りてくる。

「あの姿は……」

 俺がそう言いかけたその先を、グローリアが歓喜の声とともに叫ぶ。

「これだ! これこそがドラゴンだ! やっぱり本物は一味もふた味も違うねぇ!」

 グローリアの言う通り、これは昨夜襲ってきた巨大トカゲなどとは全く次元の違う生き物だった。

 巨大でありながら精悍さをも兼ね備えたシルエット、全身を覆う鱗の不思議な輝き。胴体の大きさこそあの巨大トカゲと大して変わらないが、その全身を包んで余りあるほどの翼を広げて舞う姿は、俺がこれまでの人生で全く遭遇したことのない未知の迫力だ。

 ずしん、と重い音を立てて巨体が舞い降り、それでもまだ思い切り見上げなければならないほどの高さにある一対の眼が、俺たちを見下ろしている。

 俺たちはもちろん身構えたが、そのドラゴン――と思われる巨大生物は、少なくともいきなり襲っては来なかった。

 しばしの沈黙が流れた後、ようやくそのドラゴンが口を開き、唸り声を上げた。

『人間どもよ、立ち去れ。許可無き者を通すわけにはいかぬ』

 その声は、音としては確かにただの唸り声であったのだが、何故かその中に込められた意味を直感的に理解することができた。

 それは俺だけではなく他の三人も同様だったらしく、俺たちは思わず顔を見合わせた。

「私はこの先に用があります。行かないわけにはいきません」

 一歩も退かない態度で、リュネットはドラゴンを傲然と見上げながら告げた。

『ならぬ。いかな理由があろうとも、許可無き者を通すことはできぬ』

「その許可というのはどうすればもらえるのですか?」

『我の与り知るところではない。我の役目は、許可無き者を通さぬことのみ』

「その役目を与えたという人は今どこに?」

『もはや存在せぬであろう。ただし我の役目に定められた終わりは無し』

「もしも、勝手に通った場合はどうなりますか?」

『力による排除もしくは殲滅、それが我の役目である。是非も無し』

「そうですか……少々お待ちください」

 リュネットはそう告げると、目の前のドラゴンに背を向けこちらに歩み寄り、小声で訊ねてきた。

「困りましたね。どうもあのドラゴンとやらはどうにも頑固者のようです。何かいい方法はないでしょうか?」

「……もしかすると、あれが旧聖都を守護していたと言われる『人工的に作り出した強力な存在』なのかもしれません。少々融通が利かないのも、そういった出自に由来しているのではないでしょうか」

 ディーノの仮説はあくまで仮説だろうが、非常にしっくりくる説明である。

「だとすると、確かに生身の人間ベースのアストラルガードがわざわざ別に作られたってのも辻褄が合うな」

「でもそれにしちゃ生き物らしい生き物って感じじゃない? これだけ立派な生き物が、ただ与えられた命令をこなすだけの存在だってのはあんまり信じたくないなぁ」

 グローリアがそう言う気持ちは俺にも理解できる。実際には独自の判断力を持っているにも関わらず、何らかの理由で命令に縛られている、という可能性は確かに低くないだろう。

「いずれにせよ、ここで引き返すわけにはいきません。ここは押し通ります。覚悟はよろしいですか?」

「誰に向かって言っているのかねキミは。あー、本物のドラゴンと戦うなんて、興奮して震えが止まらないよ」

 リュネットの言葉に唯一乗り気なグローリアは、恍惚とした表情を目の前のドラゴンに向けている。

「あの、僕はどっちかというと怖くて震えが止まらないんですが」

 そう言いながらも、ディーノの顔に浮かぶには恐怖では無く諦めの表情だった。良く言えば、ここに来る前から覚悟を決めていた、ということなのだろう。

「仕方がない、やるしかないか」

「では決まりですね」

 そう言うと、リュネットは再びドラゴンに向き直り、両手で杖を構えて宣告する。

「私たちはここを通ります。邪魔をするのであれば力ずくでも押し通ります」


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