#28
そして再び門の前。最後に隊長がもう一度念を押してくる。
「一度向こうに行ったら簡単には戻って来られない。忘れ物とかは無いな?」
「大丈夫です」
ちなみに、グローリアが借りていた馬はこの街の厩舎に預け、元の厩舎への移送を頼んでいる。さすがに魔境の霧を馬に吸わせてしまうとどうなるかが怖いからだ。
「よし。それじゃあ、気を付けて行って来いよ。第一門・開門!」
隊長の声と同時に、手前の鉄格子が軋みを上げながら持ち上がって行く。
「……よし、行こう」
途中まで開いた鉄格子を四人でくぐると、最初の鉄格子は再び音を立てて閉じて行った。完全に閉じ切ったところで、今度は内側の鉄格子が開き始める。それをくぐって完全にトンネルに足を踏み入れると、すぐさま内側の鉄格子も閉じられ、今度こそ完全に俺たちは元の世界と隔離された。
俺は懐から教会の聖印――太陽を意匠化した金色の紋章を取り出し、神聖語の呪文を唱える。隣ではディーノも同じように呪文を唱えていた。
そして、二人の聖印が光を放ち、辺りを広く照らし出す。この光は単なる照明としての効果だけでなく、人や獣の興奮を鎮めて攻撃性を抑える効果もある。知性の低い獣ほど有効ではあるが、魔境の怪物とやらにどの程度効果があるのかは定かではないが、それでも少なくとも気休めにはなるだろう。
トンネルの中は、不気味なほど静まり返っていた。俺たちの歩く足音と、グローリアの鎧が立てる音だけが、規則正しく響き渡り続ける。
だいぶ歩き続けて来たが、魔境の怪物とやらはいまだに姿を見せない。代わりといってはなんだが、骨はもう数えるのも面倒なくらいに転がっていた――大半は人骨だが、時々見たこともないような動物の骨も混じっている。
さすがに黙ったままでは気が滅入りそうになってくるので、とにかく誰かに話しかけてみることにした。
「そういえば、グローリアのことはさっきの隊長っぽい人も知ってたみたいだけど……」
「ああ、ウエストエンドのあたりでは結構仕事したこともあるからね。だけど『自称騎士』って名前ばかりが広まって、まあ商売上は悪いことばかりでもないんだけど、いろいろ釈然としないって言うか何て言うか。やっぱり大金貯めて騎士の位を買わないことには、世間的に認めてもらうのは難しいんだろうなぁ」
「そのために金を貯めてるって話は前に聞いてたけど……でも金で買えるんだったら、その辺の成金商人とかが喜んで食いつきそうなものだけど」
「実際そういう商人もいるけど、そういう名目上の位だけの騎士は『メッキ騎士』と呼ばれて馬鹿にされて、あんまりいいこと無いからね。そうならないように、あたしは今のうちからあちこち名前も売ってるんだよ。幸い『実力だけなら本物以上』って評判もちらほら聞こえるようになってきたから、もうひと押しかな」
その辺の微妙な仕組みはいまいち俺にはわからないが、このグローリアなら何となくやり遂げてしまいそうな気がする。それはそれとして気になるのが――
「グ、グローリアさんは、どうして『騎士』にそんなにこだわるんですか?」
俺も気になっていた疑問を、緊張した面持ちでディーノがぶつけると、グローリアは少し考えてから答える。
「さすがにここでは言えないかな。過去の因縁……というか、ものすごく個人的なことだからね。実を言うと騎士の位ってのはあくまで手段で、他に手段があるならそれでも良かったんだけどね……」
良かった、と過去形で言っているということは、今はもう騎士になるしか手段は残されていない、ということなのか。
そんなふうに考えていると、今度はリュネットが口を開いた。
「過去のことは過去のことです。他人に言えないというのであれば、自分の力でどうにかするしかないということです。本人もそのつもりでしょうから放っておきましょう」
「正論だけどキミに言われると何故か無性に腹が立つな」
また無意味に険悪な空気が流れるが、そろそろ慣れてきたので放っておくことにする。こういうのは本人たちでどうにかしてもらうしかない。
それにしても今のリュネットの口ぶりは、グローリアを擁護しているようにも突き放しているようにもどちらの解釈もできるが、しかし何よりもリュネット自身に言い聞かせていたような気配を感じたが、気のせいだろうか。
そんな会話などを繰り広げながら、おそらく数時間は歩き続けただろうか。
ついにトンネルの向こう側から明かりが見えてきた。あの先が、いわゆる魔境と呼ばれる場所だろう。
そこで、俺は妙なことに気付いた。聖印から放たれる神聖術の光が、最初と比べてずいぶんと弱々しくなっていて、近くを照らし出すのがやっとという有様になっているのだ。長時間かけてゆっくり弱まったらしく途中で全然気づかなかったが、どうやらディーノの持つ明かりにも同じ現象が起きているらしい。
「これ……暗くなってるよな? これって時間が経つと暗くなったりするものだったか?」
「そんなはずはないよ。どうやら、こっちに来て神聖術そのものの力が大幅に弱まってるみたいなんだ。多分、霧の影響だと思う」
「霧の? 一体何なんだこの霧は……瘴気とも言われていたけど」
「この霧の源は、空間のひび割れの向こうからあふれ出す“星の力”です」
そう答えたのはリュネットだった。そしてさらに続けて言ってくる。
「おそらく、この中では私の魔法は更に威力を増すでしょう。代わりに制御が難しくなりますが、この杖の出来が思ったよりもいいので、そのあたりは概ね問題はありません」
「それは頼もしいけど……星の力って?」
「あなた方が属するノストラ=ルーチェ教会の教えでは、“神”の住まう地は太陽である、とされていますよね?」
わざわざ確認されるまでもなく、中央大陸に住む者なら子供でも知っている話だ。俺が頷くと、リュネットは説明を再開した。
「魔法理論的な考えでは、太陽も数多なる星の一つであり、私たちの住む大地から最も近い星である、という説が一般的です。つまり――」
リュネットがそこまで言ったところで、ディーノが口を挟む。
「太陽以外の星々も力を持つ……まさか“星の力”というのは……!」
「太陽ではない別の星からもたらされる力は、私たち人間から見て異質な理に基づくものです。空間のひび割れ……私が『元栓』と呼んでいたその場所から流れてくる“星の力”こそが霧の源ではないか、というのが現時点で私が立てている仮説です」
「異質な理……身体や心に変調……確かに辻褄は合うな」
「本来、『アストラルガード』の力の源が、もっぱら太陽からもたらされる力であることを前提にあの儀式魔術が設計されていたのだと考えれば、いろいろと説明がつきます。でも、実際には別の星の力が大量に混じっていたのだとしたら……」
そんな会話を繰り広げながら歩き続けているうちに、俺たちはいつの間にか出口へとたどり着いていた。




