#27
詰所に行くと、俺たちはテーブルの前の椅子に座るよう促された。
しばらく待つと、先程の兵士の上官と思われる隊長格の兵士が出て来て、何やら長ったらしい説明を語り始めてしまった。
話は一時間近くにも及んだので要約すると――
魔境というのは人間にとってあまりに危険な環境である。霧は肉体と精神を徐々に蝕み、変異した上に凶暴化した怪物は常に飢えていて新鮮な肉を求めており、そもそも霧のせいで見通しが利かないので何の前触れもなく襲われることも多い。
かつて百戦錬磨の調査隊が何度も魔境の調査に出向いているが、全員が無傷で戻れたためしはほとんど無く、二回に一回は誰かが命を落とし、五回に一回は誰一人として戻っていない。
そんなわけで、調査隊以外で魔境に渡る者は非常に限られている。たとえば凶悪犯罪を起こして国を追われた者、教会から破門宣告を受けて中央大陸では生きて行くことが難しくなった者、多額の借金を抱えてもはや身売りして奴隷になる以外の術を失った者、そして実際に奴隷として虐げられた末に逃亡した者、などである。
そういった、魔境に最後の望みを託して移住を試みた者の多くが、おそらく数日以内に命を落としていると思われる。しかし、魔境にいくつか存在する開拓村に辿り着き、そこで新たな生活を送っている者も、割合としてはともかく人数としては結構いるらしい。
それぞれの開拓村の中心には、通称“世界樹”と呼ばれる巨大な樹が生えており、その樹が周囲の霧を吸収することで、一定の範囲に人間が暮らせる区間を作り出しているという。しかし世界樹はめったに実を作らないため、開拓村自体の数をなかなか増やすことができないのだそうだ。
しかし、今は何らかのトラブルにより霧が濃くなっているため、もしかしたら開拓村は大変なことになっているかもしれない。もしも開拓村への移住希望であれば、わざわざこんな危険な時期に行くことは決しておすすめしない。何より――
「君たちはどう見ても、まだまだこっちでやって行ける人間にしか見えない。最後の賭けをするには早すぎるのではないかな。まあ、行こうとする者はいかなる理由があっても拒まない、という規則がある以上、我々が『行くな』と言うことはできないんだが……」
「私たちは移住希望ではありません。向こうに行って、必要な用事を果たしたら戻ってきます」
リュネットがそう言うと、隊長の表情は更に難しいものとなる。
「ああ、まあそうだよな。でもそれはそれで問題があってだね」
その後の隊長の話によると――
この門は、向こうに行こうとする者に対しては、向こう側の状況に問題さえなければ、行こうとする者が誰であろうと簡単に開けることができる。
しかし、逆に向こうから来る者に対しては非常に厳しい警備体制を敷いている。
まず、向こう側に魔境の怪物の姿が見える場合、決して門を開けることができない。たとえば怪物に追われて助けを求めている人間がいたとしても、それを助けるために門を開けるということは絶対にあり得ない。
仮に人間だけで帰ってきたとしても、簡単には通すことができない。大体、向こうに移住しようとして失敗して逃げ帰って来たような人間を再びこちらの人間社会に放すと、かなりの確率で凶悪犯罪をやらかしているのだ。それは人生に絶望して自暴自棄になってのことかもしれないし、あるいは霧を吸い過ぎた影響で凶暴化しているのかもしれない。
なので、まずは門を開ける前に経過観察、そして門を通ってからもしばらくは隔離されていろいろな検査を受けた上でないと、街に戻ることは許されない。それには最短でも十日、最長だと治療も含めて何か月になるかわからない。
「戻るのに時間がかかるってのは大丈夫なのか?」
俺がリュネットに訊ねると、リュネットは浮かない顔でうなずいた。
「元栓さえ閉めてしまえば、アストラルガードも時間経過で弱体化するはずです。それまでの間逃げ切ればなんとか……」
そんなやり取りを見て、隊長も説得は無理だと悟ったのだろう、諦めた表情で言ってくる。
「何が目的かはわからないけど、よほど大事な目的らしいな。魔法学院の院生に教会関係者が二人、しかもあの自称騎士まで付いてるなんて」
そこまでわかるのか、と俺は驚いたが、よく考えればリュネットの紋章はわかる人なら一目でわかるし、俺とディーノは服装でなんとなくわかるだろう――さすがに異端審問官と准司祭であることまではわからないだろうが。それはともかく『あの自称騎士』と個人まで特定されているグローリアの知名度は、実は結構凄いのかもしれない。
「自称って言うな自称って。『放浪の騎士』グローリアさんと呼んでくれたまえ」
「ではこの名簿に日付と四人全員の名前を自筆で――」
「って無視するなー!」
グローリアの叫びも虚しく、その後の手続きは淡々と進んで行った。




