#23
……何というか、あまりにもあんまりな光景に、俺はこれ以上見ていられそうにない。
まあ、立場の違いを考えれば、彼らのこのような言動もある意味仕方がないといえば仕方がないのかもしれない。しかし、だからといってこれはあまりにも……
あまりにも、魔法使い以外の人間のことが目に入らなさすぎではないだろうか。
この状況で俺たちが平然としていることを――グローリアに至っては思いっきり笑いをこらえている――少しも変に思わないというのは、いくらなんでも頭が悪いにも程がある。
俺たちが何故平然としているかといえば、ボロボロになって地面に倒れ伏しているリュネットの隣にもう一人、ほとんど無傷のリュネットが、うっすらと半透明になった姿で立っているのが見えるからだ。
よく見ると爆風でフードがめくれて髪が乱れているので、実際にはこちらが生身の実体なのだろう。透明化の魔法か何かで、向こうの二人の魔法使いには姿が見えないようになっているようだ。
半透明のリュネットが、もちろんこちらも無傷な杖を掲げて呪文を唱え始めるが、どうやら光だけでなく音まで制御しているらしく、声が全く聞こえて来ない。
そして短い詠唱の後、リュネットが杖を振り下ろした瞬間、透明化の魔法が切れたのかリュネットの姿がはっきりと見えるようになり、同時に向こうの魔法使いのうちの一人が紫色の光に包まれた。
途端に、それまで驚きの表情を見せていた魔法使いの顔が歪む。
「っ……ぐあぁあああアぁあァあああああぁアががががガガがガがげげゲげげげゲゲゲおぇええっ!?」
まるで地獄から轟くかのような奇怪な叫び声をあげ、魔法使いは両手で全身を掻きむしりながらのた打ち回る。
目、鼻、口、そして股からも無秩序に液体を垂れ流し、びくんびくんと震えるその有様には、敵側の俺が傍から見ているだけでも恐怖を感じざるを得ない。ましてや、仲間が目の前でこのような目に遭わされているとなれば、とても正気を保ってはいられまい。
「ま、待て、お前こいつに何をし……来るな、来るんじゃねねぇ! た、た、助けてくれ! こ、こ、こいつを元に戻、う、うわぁ来るなって言ってるだろう!」
「元に戻すも何も、《アブソリュート・ペイン》の効果時間はおよそ一秒間です。単なる幻覚の痛みですから、肉体は一切傷つけていません……と言いたいところですが、自分で掻き毟っている部分から結構血が出ていますね。さすがにそこまで責任は持てません。そうそう、幻覚で思い出しましたが、あれはもう消してしまいましょう」
リュネットはそう言いながら振り返ると、地面で倒れたままピクピクと震えているもう一人のリュネットに向けて杖を一振りする。すると、倒れていたリュネットの姿は無数の細かな光の粒子となり、辺りに散らばるように掻き消えて行った。
そしてリュネットは再び前を向き、杖を構えたまま二人の魔法使いに向かって歩いて行く。
「く、来るな、来るんじゃねぇ……って、お、お前その紋章……銀、じゃない……まさか……」
「おや、やはり銀と見間違えていたのですか。それで話が噛み合わなかったのですね」
「白金の学院紋章……ま、まさかお前『院生』か……!?」
「自己紹介が遅れました。私はエリタージュ魔法学院生のリュネットです」
「お……おかしいだろ……なんで院生なんてバケモノが野に解き放たれてるんだよ……間違ってるだろうがおい……」
そう言いながらガタガタと震える魔法使いの目の前にまでやってきたリュネットは、グローリアに聞こえないように小声でこう告げた。もっとも、俺にもよく聞こえなかったので口の動きからの推測で、大体こんなことを言っているような気がする、という程度のものだが。
『バケモノだなんて失礼ですね。私はあなた方の命の恩人ですよ。放っておけば二人ともあの女に惨たらしく八つ裂きにされていたところを、同じ学院出身のよしみで助けたのです。むしろ感謝して欲しいくらいですね』
「は、はい……」
「そんなわけで、ちゃんとそこで悶えているお仲間さんは、あなたが責任を持って連れて帰って下さいね」
「お、俺が連れて行くのか……お、おい、肉壁ども! こっち来てこいつを運ぶの手伝え!」
魔法使いはそう叫んだが、答える者は誰もいない。
「戦士の皆さんならとっくに逃げ出していますよ。どうせ一方的に力で従わせていただけなのでしょう? そんな関係など、より大きな力を見せつけられればこんなものです」
「う、うう……」
「これに懲りたら、二度とその力に溺れて学院の名を汚すような真似はしないで下さい。もっと謙虚に生きることをおすすめします。さもないと――次は一分間です」
「ひぃ……っ!」
魔法使いは涙と鼻水を流しながら何度も頷くと、いまだに痛みの幻覚から立ち直れずにいる仲間を半ば引きずるように担ぎ、そのまま全力で立ち去って行った。
「ええと……微妙によく事態が呑みこめてないんだけど、今のは結局何だったんだ?」
「あれは、神経系を介さずに脳に直接痛みの幻覚を送り込む、比較的新しく編み出された魔法です。神経の有無や伝達能力の上限に左右されず、理論上無限の苦痛を安全に与えることが――」
「いやそっちじゃなくて、なんか『院生』がどうとか……リュネットはええと、魔法学院の学生なんだよな?」
「そういえば、学院の仕組みはあまり一般には知られていないみたいですね。院生というのは……」
リュネットの説明によると、学院で学ぶ者のうち『生徒』と呼ばれるのは高等科と高等科に所属する者を指す言葉で、これは教員の指導の下、ひたすら教わったことを学ぶ立場にあるという。
しかし、エリタージュ魔法学院から見て、あくまで初等科や高等科というのは附属の下部組織のようなものである。本体である学院そのもので学ぶことができるのは、高等科を極めて優秀な成績で卒業した者や、それに匹敵する実力を持つとみなされる外部入学希望者に限られ、そうして学院本体で学ぶことを許された者は、正式には『学院生』、あるいは略して『院生』と呼ばれる立場になる。
院生は初等科や高等科の生徒と異なり、一方的に教わって学ぶ立場ではなく、自ら学ぶ方法を見つけ出し、研究を通じて新たな知見に挑み――更には生活費を稼ぐために、初等科や高等科で教壇に立つことすらある、いわば生徒と教員の中間のような立場とみなされている。
なお、首から下げている学院の紋章を見れば、相手の立場がわかるらしい。初等科生徒は木製、初等科卒業生は青銅、高等科生徒は銀、高等科卒業生は金、院生は白金、助教以上はそれぞれの職位に応じた宝石が埋め込まれた特別製だという。
「ちなみに外部からは『生徒』と『院生』をひっくるめて『学生』と呼ばれることも多いですが、紛らわしいので内部ではあまりその呼び名は使われません」
「そういえば、リュネットは自分からは『学院生』って名乗ってたっけ」
「はい。ですが最近、先程の二人みたいな輩のせいで、学院出身の魔法使い全体が恐れられたり嫌われたりしていて、どうにも肩身が狭いのが辛い所です」
そう言いながらリュネットは小さくため息をつく。俺も、理由は違えど何かと恐れられたり嫌われたりする立場なので――というか当のリュネットにすら嫌われていた気がする――何となく気持ちはわからないでもない。
「さて、あんな連中のことは忘れてさっさと進みましょう……どうしました?」
リュネットがそう問いかけたのは、先程から実に不満そうな表情を隠そうとしないグローリアに対してだった。
「……指差して腹抱えて大爆笑する予定だったのに……まあ、奴らに一泡吹かせただけでも良しとするべきか……」
「どうでも良さそうなので進みましょう。明日はいよいよ西の大陸です」
そう言ってずんずん進んでいくリュネットを、俺たちは慌てて追いかけた。




