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#21

 結局、テント内で喧嘩が起きるようなことも、互いを気にして眠れないようなことも無かったらしく、次の朝は平穏に迎えることができた。

 しかし、暖かい季節とは言っても、さすがにテント無しで外で寝るのは結構身体に堪えた。ディーノも朝から何度かくしゃみを繰り返している。こういう状況に慣れているグローリアはともかく、野外活動の経験があるとも思えないリュネットが外で寝ていたら、あまり良くないことになっていたかもしれない。

 俺たち四人は再び西を目指し、街道をひたすら歩き続ける。この状況でもう一泊野宿をするのは勘弁、という点で全員の意見が暗黙のうちに一致していたので、自然とかなりの速度で足が進んでいた。

 その甲斐もあって、街道の先にウエストエンドの街が小さく見えてきた時には、まだ日は十分に高かった。風にも磯の香りが混じり始め、周辺にいくつか見かける農村の建物も東の方とはずいぶんと趣が違う。

「まさに西の果てって感じだなぁ」

 俺が何気なくそう呟くと、リュネットがそれに答えた。

「私もここまで来るのは初めてです。しかも、私が目指さなければならない場所はさらにもっと西の先です。学院から王国に派遣された時点では、まさかこんなことになるなんて全く想像もしていませんでした」

「僕は一度だけ、巡礼団に加わっていた時に来たことがあります。何ていうか、質実剛健っていうんでしょうか、そういうお国柄だったはずです」

 ディーノの言葉に、今度はグローリアが反応する。

「国? あそこって独立国家だったのか。前に行った時もやたらと兵士の多い国だと思ったけど」

「いわゆる都市国家というやつですね。しかも為政者を市民の投票で選ぶという珍しい政体です。兵士が多いのは、歴史的に周囲の列強から脅かされ続けたからというのも無くはないんですが、それ以上に……」

 ディーノがそう説明しかけたところだったが、俺は街道の先の物陰に、複数の殺気のような気配を感じた。

「待て、あそこの岩山の陰に誰か隠れてる」

 俺が小声でそう言うと、気付かれたことを察したのか、隠れていた連中がぞろぞろと姿を現す。

「……ちっ、気付かなけりゃ丸ごと焼き殺してやったのに」

「だから言っただろ、そんな簡単に殺れるような奴に七万も賞金がかかるほど世の中甘くねぇってよ」

 そんな悪態をつきながら出てきた二人は、いかにもな魔法使い風のローブを身にまとい、そして立派な拵えの杖を握った、おそらく三十歳前後と思しき男たちだった。

 そしてその二人を守るような位置に、鎖帷子と簡素な兜に身を包み、いかにも軍からの払い下げ品を改造したと思しき歩兵槍と大盾を構えた三人の戦士が立っている。

 前衛に三人の戦士、後衛に二人の魔法使いという陣形を崩さぬまま、五人は俺たちに向かって歩みを進めてくる。そしてその最中に、魔法使いのうちの一人がこちらに向かって宣告してきた。

「おいお前ら! 死にたくなけりゃ、大人しくそこの娘の首を渡せ!」

 しかしこっちが反応する前に、もう一人の魔法使いが異論を挟む。

「なあおい、あの娘、似顔絵の印象よりだいぶ可愛いんじゃねぇか? 殺すとか勿体なく思えてきたんだけど」

「生きてて八万、首で七万だろ? たったそれだけの差じゃ生かしたまま連れて行くだけの危険に見合わねぇよ。あいつの首を見てみろ」

「首? ありゃ学院の……銀の紋章、ってことは高等科生徒か? 初等科ならともかく、高等科となるとさすがにちょっと厄介だな」

「まあ、降伏を呼びかけるだけ呼びかけてみるか。うまく行けば道中の“お楽しみ”も増えるわけだからな」

 後ろの魔法使い二人がそんな会話をしている間にも、前の戦士三人は一言も口を利こうとしない。気のせいかもしれないが、戦士たちは魔法使い二人のことをひどく恐れているようにも見える。

「そこの娘! 死にたくなけりゃ、大人しく杖を捨ててついて来い!」

 その言葉に、リュネットが口を開いて何かを答えようとしたが、先に反応したのはグローリアだった。

「おいおい、勝手に話を進めてもらっちゃ困るよ。あたしらだってはいそうですかと黙って引き渡すわけ――」

「今は魔法使い同士で大事な話をしてるんだ! 肉壁は引っ込んでろ!」

「……んだと?」

 相手の魔法使いの言い様に、グローリアの殺意が見る見るうちに高まって行くのを感じて俺の全身に鳥肌が立つが、向こうはお構いなしにべらべらとしゃべり続ける。

「ちょっと待て、あの肉壁女のツラを良く見てみろよ。結構な上玉じゃねえか?」

「確かに顔もいいしと胸はすげぇけど、あのムキムキの筋肉は正直いただけねぇよ。腹筋とか六つに割れてそうだしな。って、んなことはどうでもいいんだよ。どっちにしろ用があるのはそっちの魔法使いの娘だけなんだから。おい娘!」

 そう言いながら男が掲げて見せたのは、自分の首からぶら下げていた金色の紋章だった。遠目にはわかりにくいが、どうやらリュネットのものと同じ、学院の紋章の刻まれた首飾りらしい。

「高等部の生徒だってのなら、こいつの意味がわかるよな?」

 そこでリュネットはようやく答えを返す。


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