#18
すっ――と腰を落とし、グローリアがハルバードを構える。見た目は静かな構えだが、そこにただならぬ殺気を感じたのか、三兄弟は慌てて剣を構えて陣形を整えた。
「やるぞ! フォーメーション二番だ!」
三人は見事な連携で、グローリアから一定の距離を置いて取り囲んできた。グローリアがどう動いても、最低でも二人同時に迎え撃てる位置取りだ。
「あー、キミたち慣れてるね。三人で一人を確実に仕留める、そんな戦いを何度も繰り返してきたんだろうね。たった一つの間違いを除けば、ほとんど模範的と言ってもいいくらいの素晴らしい仕事ぶりだ」
そう言いながら、グローリアは一直線に突進を始める。重武装とは思えない身軽さと、重武装ならではの前進圧力を併せ持つ、傍から見ているだけで背筋が寒くなるような進撃だ。
しかし、さすが情報屋で危険と名指しされるだけのことはあって、三兄弟の対応の見事なものだ。グローリアの正面に二人が同時に回り込み、更に横からもう一人が攻撃を仕掛けるという、これ以上無いほどに有利な態勢で迎え撃つことに成功している。
その時、グローリアの身体と、そして大きく振りかぶったハルバードが一瞬、鈍い光を纏ったように見えた。
「うらああああああっ!」
グローリアが叫びとともにハルバードを振り回すと同時に、三兄弟は黙って長剣でグローリアに斬りかかる。互いの攻撃が交錯し、派手な金属音が辺り一帯に響き渡った。
一瞬の静寂。それから少しだけ遅れて、再び時が動き出す。
グローリアの正面で待ち構えていた二人が、揃ってバランスを失い、ほとんど同時に馬から転げ落ちた。
二人の鎧は完全に両断されていて、あれでは中の胴体もほとんど繋がっていないだろうと思える。
そして残りの一人は無傷のようではあったが、グローリアに向けて剣を突き出した姿勢のまま恐ろしい物を見てしまったような表情で慄いている。
「……おい、ど、どうなってるんだ……俺は確かに脇腹に……間違いなく当たった……なのに……」
そこまで言って、ようやく残る二人の末路に気付いたのか「ひっ」と声を上げて仰け反る。
「お、お前……こ、殺したのか? 弟たちを無残にも殺したのか……!?」
それに対し、グローリアは平然と笑みを浮かべて返す。
「殺した、といえば殺したのかな。そりゃこっちだって、自分を殺そうって相手にはそれなりの対応はさせてもらうよ」
「あ……ああっ……」
「キミたちの仕事ぶりは素晴らしかったよ。たった一つの間違い、つまりあたしに戦いを挑んだことを除けばね。次からの教訓にするといいよ」
「く、来るな……や、やめてくれ……」
「あー大丈夫、キミまで殺したりしないから。だってほら、こいつらちゃんと連れ帰ってもらわないといけないし」
そう言いながらグローリアが視線を向けた先では、鎧ごと胴体を両断されて倒れたはずの二人が、揃って泡を吹きながらピクピクと痙攣している。
「……生きて……る?」
「どうだろうね。さっきの手ごたえからすると……あの鎧、なかなかいい値段だったんじゃない? ああ、さっき『殺した』って言ったのはもちろん経済的な意味で、だよ」
グローリアの言葉に、弟たちが生きていた喜びに染まりかけていた男の表情が、一直線に絶望へと転じて行く。
「ついでに言っておくと剣も一本折れて一本曲がってるから。それだけの武器防具を揃えるのに何年かかったか知らないけど、まあ何というかご愁傷様」
それだけ言うと、グローリアはもはや三兄弟には興味が無いとばかりに背を向けてこっちに戻ってきた。
「お待たせ。それじゃ行くとしますか」
「えーと、今のは……」
「そりゃあもちろん企業秘密だよ。元弟子といえどそう簡単に教えてあげるわけにはいかないね。ああ、あの二人はちゃんと生きてるし明日には歩けるようになってるだろうから心配は要らないよ。落馬した時に変なところ打ってなければね」
「はぁ……」
「さて、キミたちのその様子だと、荷物はどこか別の所に置いてあるらしいね。早く回収して出発しよう、急げばもう一泊して明日の夕方には着けるはずだからね。あ、でもその前に朝飯かな?」
そう言いながらスタスタと歩いて行くグローリアの背を、俺たちは慌てて追いかけて行く。
「ああ……グローリアさんやっぱり格好いい……」
ディーノは相変わらず心ここにあらずといった様子で、ふらふらとグローリアの後に付いて行く。これまでディーノが担ってきた、俺たち一行の冷静な判断力担当としての役割は、残念ながら当分の間は微塵も果たせそうにないだろう。
一方、さっきまでグローリアに敵愾心を燃やしていたリュネットはというと、今度は何事かを真剣に考え込んでいるようだ。
「あの光……魔法に似ていたけど呪文なんて唱えてなかった……それにあの二人はどう見ても致命傷……でも実際に断たれたのは鎧だけ……」
「何かわかったのか?」
「……いえ、さすがに情報が少なすぎてこれだけでは。もう少し観察する必要がありそうです。正直あのような恵まれた肉体に物を言わせて力で押し通るようなタイプの人間は苦手なのですが、知的探求のためには仕方ないですね。ふぅ」
いかにも残念そうにため息をつくと、リュネットはテントに戻る道をとぼとぼと歩き始めた。




