#17
おそらくリュネットにもわかっているのだ。これから向かう西の大陸――通称『魔境』は、瘴気に汚染されて変質した危険な生物が闊歩する大変危険な領域だ。そんな中で、腕の立つ護衛が居ると居ないとでは、生き延びられる確率は雲泥の差だろう。
ましてや、魔法使いが本領を発揮するためには、呪文詠唱の時間を稼ぐ壁となる戦士の存在が不可欠だ。俺もディーノも戦いで全く役に立てないわけではないが、少なくとも壁としての役割には全く向いていないことくらいは誰が見てもわかる。
そんなやり取りをしているうちに、グローリアとネロ一等官との通話が終わったようだ。グローリアは俺に神具を返しながら、にこやかな笑みを浮かべて見せてきた。
「いやー、まさか言い値が通るとは思わなかったよ。今回の件は教会にとってかなり重要視されてるってことかな? ただ、一つだけ条件を出されたよ」
「条件?」
「ピエトロの同意があれば、だってさ」
そこで俺に判断を振るのか、と思わず頭を抱えたい気分になったが、現地指揮官の判断が最重視されるのが異端審問官の基本的な姿だ。今回の仕事については、形式上は俺がメインでディーノが補佐役兼監視役ということになっている以上、最終判断は俺が下すしかないということになる。
俺は恐る恐るリュネットに訊ねる。
「というわけだから、リュネットに異論が無ければグローリアも一緒に来てもらうことにするけど……」
それに対し、リュネットが口を開こうとしたその時だった。
いつの間に近くに来ていたのか、複数の馬の足音が響き渡る。慌てて振り向くと、そこには鎧兜で完全に武装した戦士が三人、それも馬用の鎧まで身に着けた見事な軍馬に跨り、こちらに向かって歩みをを進めていた。
鎧はグローリアが身に着けているのと似たような部分板金鎧で、違いと言えば胸部の膨らみが無いこと――というより全員が無精ひげを生やしたおっさんである――と、空いた部分はきちんと鎖帷子で守られているという点だ。そして三人とも、背中に馬上用と思われる長剣を背負っている。
「こんなところで人に会うとは思わなかった。一つ訊ねたいことがあるのだが」
馬の上から、三人組の一人がよく通る声で話しかけてくる。
「このあたりで、紫色の髪の娘を見なかったか? 十五歳くらいで、ああ、そういえば瞳も紫で……」
続いて、もう一人が馬を進めて続けてくる。
「魔法使いって話だから、もしかしたら杖を持ってるかもしれねぇな。多分西に向かってるはずなんだが」
そして、最後の三人目も口を開く。
「顔も結構可愛い感じで……そうそう、そっちのフード被った娘さんみたいな」
それに対し、リュネットは普段と変わらない声色で平然と答える。
「いいえ。街を出てからここに来るまで、私たち以外の人たちは誰も見ませんでした」
ある意味嘘は言っていないが、こういうことを堂々と言えてしまうあたりがこいつの恐ろしいところだ。
「そうか、それなら仕方ない……訳があるかっ!?」
馬上の三人は慌てて身構えると、背中から長剣を抜き放った。どれも先端の鋭く尖った長細い剣だ。こういうのは簡単に曲がってしまわないように鍛えるのが結構大変で、見た目よりもかなり値の張る代物だと聞いたことがある。
「娘さん、どうか抵抗せずについて来て欲しい。そうすれば手荒な真似はしない」
「生かして捕まえれば六万……だったか? いや六万五千に上がったんだったっけかな」
次々に口を開くが、顔も声もそこはかとなく似ているので誰が誰なのか微妙にわからなくなってくる。そうか、こいつらが情報屋の言っていた『なんとか三兄弟』なのか、と思い出しているうちにも男たちの口上は続く。
「どうしても抵抗するというなら、殺してでも連れて行かなければならない」
「殺して証拠品でも持っていけば四万五千……いや今は五万か。そもそも殺しちゃいけない方とは依頼元が別なんだっけ?」
「またお前はそうやって場を弁えずに金の話を……」
「いやほら、騙す気は無いってことを手っ取り早く伝えるためには……」
そんな感じで言い合いを始めてしまった三人の前に、グローリアがゆっくりと歩み出る。
「まさか、早速仕事の出番が回って来るとはね。ああ、安心していいよ。何度戦っても特に追加料金とか取らない定額課金の契約だから。存分にこき使ってくれたまえ、ってね」
「あれ? 馬には乗らないのか?」
俺が何気なく訊ねると、グローリアは苦笑する。
「ああ、こいつは街で適当に借りてきた普通の乗用馬だからね、上で武器なんか振り回したら怯えちゃうよ」
言われてみれば、グローリアの乗って来た馬はいまだに少し離れた所でプルプルと震えている。
一方、一人で戦う気満々のグローリアを前にした三兄弟は、呆れたように目と口を見開いていた。
「おいおい、三騎相手に一人とか正気かよ……」
「それ以前にその隙間だらけの、というか隙間の方が大きい鎧が明らかに正気じゃねぇ……」
「あのな? 別にお前ら取り巻き連中については金になるわけでもないし、俺たちは別にどっちでもいいんだぜ? 抵抗しなければこのまま見逃してやるし、邪魔するなら死を覚悟してもらうことになる。言葉の意味通じてるかな?」
口々に言われながらも、もちろんグローリアは歩みを止めようとしない。
「あーキミたち、惜しいけど少し間違ってるよ。邪魔するなら死を覚悟してもらう、ってところだけどさ。死を覚悟するのは――キミたちの方だ」




