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#16

 慌てて振り返ると、そこには何につまづいたのか、見事に顔面から全身でずっこけたディーノの姿があった。

 三人の視線が集まる中、ディーノは慌てて立ち上がると、服の泥もずり落ちた眼鏡もそのままで、息も絶え絶えに訴える。

「め、目が覚めたら誰もいなくなってて、ぜぇ、ぜぇ、慌てて探して、走り回って、やっと、見つけ……そ、そこにいるのは、もしかして、僕たちを追ってきた、賞金……」

 そう言いながら顔を上げたディーノは、そこでようやくグローリアの顔を見て、そして視線が合った。

「あ……あ……」

 見る見る間にディーノの手が震え始め、そして同時に顔がものすごい勢いで真っ赤に染まって行く。

「グ、グローリアさんっ!? ど、どど、どうしてここここにっ?」

「お前、グローリアに会ったことあるのか?」

 俺が訊ねると、ディーノは首の部品が壊れてしまったかのようなぎこちない動きで何度も頷く。傍から見ていると完全に挙動不審者である。

「じゅ、巡礼団に参加していた時に、一度護衛としてグローリアさんが加わっていたことがあるんだ。街から街まで、み、三日ほど御一緒してもらって……」

「あー、あの時の助祭の坊やか! あたしみたいな臨時雇いの護衛にわざわざ話しかけて来るなんて、変わった聖職者なぁとか思ってた覚えがあるよ」

 グローリアの方も顔を覚えていたみたいで、納得したように頷いている。

 一方、ディーノのうろたえぶりを見て毒気を抜かれてしまったのか、リュネットの方も杖を下ろしてため息などをついている。

「はぁ……で、グローリアさんでしたっけ? 私に用があるんですよね?」

「おっと、大事な用事を忘れていた。でもあたしが用があるのはキミというより、どっちかというとお金の方なんだよねぇ」

「要するに、やはり賞金目当てですか?」

 鋭い視線を向けるリュネットに、グローリアは「やれやれ」といった調子で片手を挙げて見せた。

「キミが一人ならそれもアリだったかもだけど……いやダメだ、依頼元のバックはどうせ宮廷魔術師連中でしょ? あんなふんぞり返った胸糞悪い超エリート連中の得になるようなことなんて、ただの一つだってやりたくないからね」

 そういえばグローリアは、俺たち異端審問官候補生の戦闘教官をやっていた時も、事あるごとに魔法使いの悪口を言っていた気がする。その矛先は特に宮廷魔術師や貴族お抱えなどのお偉いさんに、次いで恵まれた学院出の魔法使いに向けられていたような覚えがある。

「十日ちょっと前くらいから、王国と学院の間がキナ臭くなってるって聞いたから、こりゃ絶対教会の連中が絡んでるな、って思って、だったら単純に捕まえるよりもっと稼ぐ方法があるんじゃないかと思って、こうしてはるばる追いかけてきたんだよ。まさか、一緒にいるのが元・教え子だとは思わなかったけどね」

「もっと稼ぐ……? ええと、まさかとは思うけど……」

「そのまさかだよ。あたしを護衛として雇わない?」

「そんな金あるわけないよ」

 俺は即答せざるを得なかった。

 何しろリュネットにかかっている賞金額は、高い方で五万である。グローリアが「もっと稼ぐ」と言っている以上、少なくともそれよりは高い額を吹っかけてくるのは間違いないだろう。下っ端の三等官である俺にそんな金を動かす権限は無いし、おそらく准司祭のディーノにも無いだろう。

「まあキミの懐には最初から期待してないけどね。あれ貸して、あれ。その、なんだ、もしもしするやつ」

 一瞬何を言われているのかわからなかったが、グローリアの何かを持って顔の横に持って来るジェスチャーでようやくわかった。

「これ一応、教会機密の神具なんだけど……」

 そう言いながらも、俺は懐の奥から真鍮製の通信神具を取り出し、グローリアに手渡そうとした。

「おっと、受け取る前にキミの上官にそれ繋いでくれないかな?」

「上官って……今は教皇庁にいるはずだけど、ここからじゃちょっと遠すぎて多分通じないぞ?」

「いいからいいから」

 仕方なく、俺は上官であるネロ一等官に繋がる番号を読み上げる。しかし、神具からは雑音が聞こえてくるばかりで繋がる気配はまるで無い。

「おっと、その状態でいいや。貸して貸して」

 何をするつもりなのかはわからないが、とりあえず言われた通りに神具を差し出す。

「こういうのはね、こうやって――」

 グローリアは受け取った神具を左手で持つと、おもむろに右手でガンガンと叩き始めた。

「こう、斜め四十五度から叩いてやると動いたりするんだよ」

「何やってんの!?」

 俺は思わず叫んでしまった。仮にも神具である以上、人間の力で叩いた程度では壊れたりはしないはずだが、しかしグローリアの馬鹿力については俺が身をもって知っている。何があってもおかしくは無い。そう、何があっても――

『……ピエトロか? 繋がりが悪いな……かなり遠いのか?』

 そんな声が神具からかすれかすれに聞こえ始めた時には、さすがに腰を抜かしそうになった。グローリアはこっちを見てにやりと笑うと、そのまま神具を耳元に寄せて会話を始める。

「あー、あたしあたし。そうだよ『放浪の騎士』グローリアさんだよ、よく声だけでわかったね。お察しの通り、今はピエトロのやつを借りてるんだ。で、今は金髪眼鏡の助祭くんと紫の魔法使いサマと一緒に……あ、そういえば名前まだ聞いてなかった」

 そんな感じでグローリアがネロ一等官と会話を初めてしまったのを尻目に、俺は残りの二人に視線を向けた。

 ディーノは顔を真っ赤にさせたまま完全に茫然自失状態に陥っている。一方のリュネットは、あからさまに嫌そうな表情を隠す気もないようだ。

 怒った顔も可愛い、などと言ったらもっと怒られるだろうか――などとどうしようもないことを考えながら、俺は念のためリュネットに訊ねる。

「ええと、やっぱりグローリアが付いて来るのは嫌か?」

「嫌かどうかと言われれば嫌に決まっています」

 あまりにもそっけない答えだが、この言葉を額面通りに受け取るわけにはいかないだろう。俺は質問を変えてみる。

「じゃあ、交渉を止めさせて追い返すか?」

「……」

 今度は黙って後ろを向いてしまった。

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