#14
その問いにリュネットが口を開こうとした瞬間、遠くからかすかに物音が響いてきた。
視線を向けると、確かに遠くの方に何かがいるが、朝靄のせいでなかなか姿が分からない。
「馬の蹄の音、でしょうか?」
「だとすると全力でこっちに向かって来てるみたいだけど……」
二人とも街道から少し脇に逸れた場所に立っているにも関わらず、謎の人影は一直線に俺たちの方に向かっているように見える。
そしてそのまま近づくにつれ、徐々にその姿がはっきりしてきた。どうやら相手は馬に乗った人間のようで、他に誰かを連れているようには見えない。騎手は鎧兜を身に着けており、そして何より特徴的なのは抱えている武器だった。どう見ても両手でなければ振り回せない大きさに見えるが――
「……信じられません。まさか馬を乗りこなして来るなんて……」
その声の元に目を向けると、リュネットがただでさえ白い顔を更に蒼白にして、呆然と目を見開いていた。しかしすぐに我に返ると、練習用の杖を掲げて呪文を唱え始めた。
リュネットが一体何を慌てているのかわからないが、賞金稼ぎが馬に乗って追ってきたところで特に驚くようなことじゃないだろう。確かに走って逃げるのが絶望的という意味では厳しい状況ではあるけれど、一対二ならいくらでもやりようがある。
となると、何か別の心当たりがあるということか。しかしそんな心当たりがあるのなら事前に教えておいてくれれば良かったのに――いや、リュネットは昨晩の情報屋で、確かに何かそれらしいことを言っていた。
そんなところまで思いを巡らせている間に、馬はかなりの距離を詰めてきていた。もはや朝靄に遮られることなく、その相手の姿がはっきりと目に映る。
馬上の戦士は鎧兜に身を包んでいたが、兜は顔の見える解放型で、鎧は肩や胸など限定的な部分を強固に守る部分板金鎧のようだ。抱えている武器はなんとハルバード――槍と斧を組み合わせた強力な大型長柄武器だが、普通は歩兵が使うものじゃなかったか?――そんな代物をまるで騎兵槍のように構えている。
「……まさか、あの人は……!」
しかし、それ以上俺が何かを言う前に、リュネットは杖を振り下ろしながら叫んだ。
「黒き戒めの蛇よ、我に従え! 《ディープ・バインド》!」
同時にリュネットの杖から放たれた黒いうねりが、馬上の戦士の身体にまるで生物のように巻き付く。その光景を前にした馬が驚きの余り進路を急転換するが、束縛され動けない戦士はそのまま馬から転げ落ちて行った。
が、戦士が頭から地面に激突する寸前、大音量の叫び声が辺りにこだました。
「うらあああああああああっ!」
それまで戦士を包んでいた黒いうねりが弾け飛び、そして頭から落ちたように見えた戦士の身体はそのまま地面を一回転半、その勢いを殺さないまま立ち上がると、武器を構えたまま今度は自分の足で突進してきた。
「解除されるなんてっ……見誤ったっ……!」
リュネットは歯を食いしばりながら再び杖を振り上げ、続けざまに魔法を放つべく呪文を唱え始める。
「待てっ! あの人は話の通じる相手だ!」
俺は慌ててリュネットを後ろから抱き止めつつ、こちらに向かって反撃すべく突っ込んでくる戦士に向かって声を張り上げた。
「俺だ! ピエトロだ! こっちは抑えているから止まってくれ!」
「……なんだと?」
幸い、向こうは俺のことを覚えていてくれたらしく、武器を構えたままの姿勢で走る速度を緩め、あと数歩というところで足を止めた。
「……おお、本当にピエトロじゃないか! しばらく見ないうちに大きくな……ってないなあんまり。うん」
「ええと……お久しぶりです、グローリア教官」
俺がそう声をかけると、目の前の戦士は――自称『放浪の騎士グローリア』と名乗っているが本名ではないしそもそも騎士として誰かに認められたわけでもない――ものすごく嫌そうな顔をした。
「キミに今更そんな改まられると背中がかゆくなっちゃうよ。いつもの“可愛い顔してクソ生意気”な感じでよろしく」
「……黙ってれば美人なのに、どうしてクソとか平気で言うんだあんたは……」
俺は深々とため息をつく。
先程俺が『教官』と呼んだ通り、この人は俺が異端審問官としての訓練を受けていた時、戦闘技術の訓練を担当していた人だ。俺のたった三つ上、つまり当時十八で今は十九という若さにして、わざわざ戦闘教官として教皇庁に招かれるくらいなのだから、その実力は推して知るべきである。
と言っても、戦い方を手取り足取り教わったわけじゃない。ひたすら追いかけ回されしばき倒される中、死ぬ気で自分の力で反撃の糸口を掴まなければならないという、今でもあまり思い出したくない代物だった。最初は仮にも『教官』に対してということで礼儀正しく接していたものの、途中からとてもじゃないがそんな気になれなくなったのはそんな理由だ。
もっとも、この訓練の中で編み出した暗器術は、既に俺の身を何度も守っているので、役に立っているかと言われれば首を縦に振らざるを得ないところが余計に癪である。




