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#11

「馬車が無い?」

 宿で一泊した翌朝、三人が集まっての朝食の席で俺が訊ねると、ディーノは困ったような表情でうなずいた。

「リュネットさんが行きたがっている『もっとずっと西の方』を目指すとなると、この先はもうウエストエンドの街しか残っていないんです。街道はあるにはあるんですが段差やら木の根やらが蔓延っていて、車輪付きの馬車を走らせることができないんです」

「えーと、この中で馬に乗れる奴は?」

 そう訊ねてみるも、二人とも首を横に振るばかりだ。俺は一応最低限の訓練を積んではいるものの、誰かを同乗させたまま段差の多い道を進める自信は全くない。

「となると徒歩か……テントと寝袋買ってくるか。あと保存食もだ。金足りるかなぁ」

「それくらいなら出せますよ」

 その言葉を発したのは意外にもリュネットだった。

「どうしてお前が金を……あ、荷袋の中に財布が入ってたのか」

「魔法屋で思わぬ掘り出し物に遭遇した時に備えて、普段から現金は多めに持ち歩いているんです」

「魔法屋の掘り出し物……べらぼうに高そうな印象しかないな」

 今リュネットが使っている最低限の杖でさえ一千もしたことを考えると、一体こいつは普段からどれだけの金を持ち歩いているのかと心配になる。もっとも、見るからに魔法使いとわかる相手を襲うような奴など、よほどの馬鹿か自殺志願者か一流の賞金稼ぎのどれかだろうが。


 そんなわけでテントを購入し――もちろん背負うのは俺である――騒がしい街を後にし、荒れた街道をひたすら西へと向けて歩き続けた。

 ディーノは同時に購入した寝袋の方を、そしてリュネットは布で包まれた何やら長細い物体を背負っている。

「あれ、いつの間にそんなの持ってたんだ?」

「杖の材料です。この機会にいっそのこと前のより凄いのを新調しようとして、昨日のうちに街で買い集めていました」

「杖って自分で作るもんなのか!?」

 俺は思わず驚きの声を上げてしまった。てっきり店で完成品が売っているのが普通だと思っていたからだ。

「完成品として売っているのは、ごく一部の初心者用です。中級品は部品単位で買って組み合わせて作るのが普通ですが、その上を目指そうとするとまずは部品作りから必要になってきます。既にある程度部品は作り上げたので、あと一晩か二晩で組み上がるはずです」

「お、おう……?」

「これさえ完成すれば賞金稼ぎが襲って来ても大丈夫です。今日明日中に来てしまわないことを祈りましょう」

 得意げに薄い胸を張って語るリュネットのその胸元に、首から下げた金属製のアクセサリのようなものが銀色に輝いている。よく見るとそれは魔法学院の紋章の形をしており、おそらくこれが学生としての証なのだろう。

 その輝きに何とも言い難い違和感を抱えながらも、俺はそれを振り払うようにして黙って歩き続けた。


 途中で食事休憩などを挟みながらも、俺たちはひたすら西に向かって歩き続けた。

 当面の目的地であるウエストエンドの街まで三分の一ほど進んだところで空が赤く染まって来たので、暗くならないうちにテントを組み上げた。たき火を起こしたあたりで空には星が輝き始め、木の枝が爆ぜる音だけが静かな大地に染みわたる。

 三人でたき火を囲み、保存食を温めながら食べるうちに、リュネットは当初の約束通りいくつかの情報について語り始めた。

 その中には昨夜の《智慧の大樹》で得た情報と一致するものもあり、逆に食い違いのある部分は今のところ一つも無い。つまり、少なくとも大半の部分について、リュネットは正直に話しているということだろう。

 もちろんそれだけではなく、新たな、そして最も重要な情報――つまり今、何のためにどこを目指しているのか、という点についても聞くことができた。

「ここまで来てはっきりしました。行くべき場所はウエストエンドの街より更に西です」

「いや待て待て、ウエストエンドってその名の通り中央大陸の西端だぞ?」

 俺はそう突っ込みながらも、リュネットの言わんとしていることを理解していた。

 中央大陸の西端から海を越えて更に西に何があるのかといえば、それはもう西大陸があるに決まっている。

 そしてそれは決して遥か海の彼方にあるわけではない。天気が良ければウエストエンドの岬から肉眼で見える程度の距離に、その大陸はある。


 ――通称『魔境』と呼ばれる地が。


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