無口ちゃんVR
塩番外編ですが塩のシステムとか設定とかあまり関係ありません。あらすじで登場している通りとあるキャラのベータ時代が出るぐらいですね。
どこまでも続く青い空、理路整然と並ぶ白い町並み。そしてその奥に広がる雄大な緑。そのコントラストに心奪われ、しばらくの間、口を開けたまま突っ立ている私がそこにいました。
「あの、君? こんな所でぼうとしていると危険だよ?」
その声にはっとし、正気に戻った私が次に見たのは黒髪黒眼の箒頭、往年の超有名RPGの男勇者を彷彿とさせる風貌のプレイヤーさんでした。
とっさに目が合ってしまったこともあり、変な所を見られた恥ずかしさから頭をぺこぺこと下げて謝ります。
「いや、別に怒っているわけじゃないから」
勇者?さんがそう言ってくれたので、私は最後に1回ぺこりと大きく頭を下げてその場を後にしました。というか逃げました。だって恥ずかしいじゃないですか。だから脱兎の如くです。三十六計逃げるに如かずなのです。
「あ、あの良ければパーティ……」
後方でそんな言葉が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいです。こんな私を誘ってくれる人がいるはずないですし、いてもきっと体目的……は残念ながらないかも知れませんが、悪事の片棒を担がせようとかそんな男に違いありません。
とま、恥ずかしさのあまり町を走り回った結果、迷子になってしまった訳ですが、はてここはどこでしょう。少なくとも勢い余って人がたくさんいる所に駆け込んで恥の上塗りをしなかった自分を誉めてもいいとは思うんですけど、いかんせんここはその真逆、人が一人もいない路地裏です。道を尋ねるようにも誰もいません。
「よう。嬢ちゃん、迷子かい? なら、俺がイイトコ連れて行ってやろうか?」
もう一度言いますが、人は一人もいません。いるのは私なんかに欲情して嫌らしい表情を浮かべている変態ぐらいです。あっ、いまちょっと傷ついちゃいました。これで反撃したら正当防衛になりませんか? なりませんか、残念です。
自業自得で片が付きそうな脳内判決はともかく、さてはてどう致しましょうか。どりあえず首をふるふると振って拒否してみましょうか。
「むふぅ。いいねぇ、嬢ちゃんソソるねぇ。遠慮せずに一緒にイこうぜぇ」
あぁ、やっぱり。予想はしていましたが燃料を注ぐだけに終わりましたね。まだ手を出されてないのでこちらから攻撃することもできませんし、出されてからだとパニックになってしまって手を出せなくなってしまいそうですし。今はまだ冷静でいられますが、いつトラウマが芽を出すがわかりませんし。
「ねぇ、あなた。こんな路地裏に女の子を連れ込んでなにやっているのかしら」
髪をふさっと掻き分けながら、そう問いかけてきたのは天使族の女性でした。碧い眼の長いブロンドヘア、体型は出ている所は出ている私とは真逆な長身のナイスバディ。顔は少しボーイッシュな所が残っているけど間違いなく美人さんです。
「それとも、あなたも合意の上だったりするのかしら」
勘違いされたらたまったもんじゃありません。私は慌てて首を振ります。そりゃもう、ぶんぶんと。
「じゃあ、最後に。ギルディ? ノット ギルディ?」
それはもちろん言うまでもありません。というか言う気はありませんので、態度で示します。
こう右手の親指を立てて左から右へ、首を斬るのように動かします。
「ギルディってことでいいのね」
こくり。
「けど、まだ手を出されてない?」
こくり。
「じゃあ、どうしましょうか」
それなんですよね。まだGMするには証拠不十分な気がしますし、かと言って手を出されたら致命的になりかねません。私は肩の両手を広げてジェスチャーをします。
「ほっといて一緒に来る?」
こくり。
悪い人じゃなさそうですし、それ以外でこの状況を抜け出すのは難しそうですし、事が済んだら解放してくれそうですし。
「そう。……ちなみにさっきからのそれはロールの一種?」
それ、つまり、しゃべらないこと、なのでしょう。それならばもちろん答えはひとつ。
こくり。正解。
でも、そっちのそれもロールですよね? ちょっと無理ありますよ? そういう意志を視線に乗せてみたけど果たして通じるかどうか。
「あはは、触れないでくれると嬉しいかな」
どうやら通じたらしい。なら、お互いに触れない方向でいきましょう。
「お、おい。お前ら、俺を無視するんじゃねぇ!」
残念、私たちのやりとりに呆然としてた変態が正気に戻ってしまったらしいです。
が、天使族の彼女は少し眼を細めただけで、何事もなかったかのようにそのまま変態の横をすり抜け私の手を取ります。
「じゃあ、行こっか」
あっ、このまま無視するんですね。
もちろん私も異論はないのでこくりと頷いておきます。
「こ、このっ、俺を無視するんじゃねぇ。ネカマ野郎!」
瞬時、辺りの空気が2、3度下がったような気がしました。これはマズいです。私でも分かります。変態は彼女の言ってはいけない《タブー》を踏み抜いてしまったのでしょう。マズいです。
何がマズいって、まだ正当防衛が成り立っていません。ここでもし彼女がキレて変態さんをPKしてしまったら、悪いのは彼女の方になってしまいます。
「理想の女を演じて楽しいか、ネカマ野郎。女ってのはもっと丸っこくてぷにっとしてて小さく可愛い、そこの嬢ちゃんみたいな子を言うんだぜ。この偽物が!」
確かに彼女の今の姿は彼女の理想なのでしょう。それは私も想像出来ます。でも、きっと方向性は間違ってます。私も同じようにしようか迷いましたから。
あと、ド変態。気づいてますか? あなたは私のコンプレックスも踏み抜いてくれちゃっていやがるんですよ?
まだ決定打ではありませんし、横でぷるぷる震えている彼女が気になるのでキレるのは我慢しますが、一応GMしときますね?
と、彼女の方が限界の様です。ヤバいです。なので、私は彼女の手をぎゅっと握りしめます。
「ボ、ボクは女だぁっ!!」
その叫びを号砲として私は駆け出します。攻撃する隙は絶対に与えません。もちろん『彼女が』です。幸い彼女も私と同じ魔法使いだったらしく、すれ違い間際の一撃はなかったので良かったです。まあ、予想外の私の行動に驚いて混乱してた感もあるでしょうけど。
それにしても、やっぱり彼女は生粋の『ボクっ娘』だったのですね。
どうにか先ほどの路地裏を抜け出し、ド変態も撒けた様なのでどこか落ち着ける場所を探した結果、行き着いた先は別の路地裏。し、仕方ないじゃないですか。二人で落ち着いて!お話できる場所が他に見当たらなかったんですから。
「……」
彼女のじと眼が私に突き刺さります。何を言いたいのかだいたい分かります。だから、私は誠意を見せようと思います。そうすればきっと彼女とは友達になれそうな気がしたから。だから……。
「ごめんなさい」
私の口から漏れる久しぶりの声。自分でも聞き慣れぬその声は私のコンプレックスを刺激してきますが、でもこれが私の誠意の証。あっ、もちろん、頭をぺこりと下げるのは忘れていませんよ? 態度で示すのは基本です。
「私はあなたをPKにしたくなかった。だから逃げた。ごめん」
私の言葉に彼女は眼を丸くします。
「私もあなたの気持ちわかるつもり。だからこれは誠意の証」
私も彼女と同じ。ここ、塩でいやな現実を隠したかった。まあ、結果として私の声色を変えることはできなかったのだけれども。
「ロール……。いいの?」
彼女の問いかけ。『これ』の意味をきちんと理解してくれた証拠。
「あなたに対して仮面はいらない。そう思いましたから」
「そう……」
ロールは仮面。素顔を隠すもの。私は彼女の真実を確認したい。だから、いまは仮面はいらない。じゃないとフェアじゃないから。
しばらくの間。けどその間に彼女の方も意を決してくれたようだ。
「ううん。こちらこそありがとう。PKになっちゃう所だった」
さっきまでの女性を意識した口調ではなく、どこか子供っぽいおそらく彼女自身の口調で。
だから、私は首を振り気にしてない体を示す。
「信じてくれないかも知れないけど、ちゃんと女だから」
余程のコンプレックスなのだろう。自信を無くしてしまっているみたい。
「信じる」
「ほんと?」
間髪入れず問いかけてくる彼女。そこまでか。
「実は私、男性恐怖症。あなたに触れてもぜんぜん怖くない。だから間違いない」
そう言って手を伸ばし彼女の顔に手を触れる。
私の言葉にきょとんとした彼女だったけど、すぐに吹き出し表情を崩しました。
「ぷっ、あはは。なにそれ」
むぅ。いいじゃないですか。本当のことなんだから。というかほんとに本当。男性に触られたらパニックになってしまうくらい本当。VRじゃどうかわからないけど試そうと思えないくらい重傷なんですよ?
「えっと、私、アリス。君は?」
アリスに聞かれ、少し躊躇する。辺りを見回し、頭の上に名前を浮かべたNPCを見つけて閃いた。
私はコンパネを操作して名前の表示をオンにすると頭の上を指さした。
「クチナシ? って、そこはしゃべらないんだ?」
こくりと頷いて、名前の表示をオフに戻す。常に表示とか恥ずかしくてしょうがないですし。
「折角可愛い声しているのに勿体ない」
彼女、アリスにそう言われた私は、とっさに胸を押さえてその場にうずくまる。小さく『う゛っ』と言う声も漏れてたかも。
そのジェスチャーで彼女も私の事情に気づいてくれたようです。
「あっ、ごめん。それが君……、クチナシの?」
なので、私はすぐに立ち上がり、こくりと頷いたのでした。
そうこの声が私最大のコンプレックスなのです。そりゃもう一生聞きたくないレベルです。
「うわっ、なんかすっごい嘘くさい気がしてきた」
むぅ。失礼ですね。私はぷくぅと頬を膨らませて抗議します。
「あはは、じゃあ、フレンド登録しない? メールならわざわざしゃべらなくてもいいよね? フレチャなら他に聞かれることもないし」
それは是非もなし。私はこくこくと頷いてすぐにフレンド申請をとばしました。
「承認っと」
無事承認された様なので、早速、自己紹介メールを送っちゃいました。
「って、クチナシも魔法使い専攻なの?」
こくり。
確かにその通りなのですが何を驚いているのでしょう。
「えっと、魔法使うのに詠唱、いるよね」
……。そ、そうです、失念してました、魔法を使うには声を出さないといけません。どうしましょう。
あっ、でもきっとあのスキルがあるはず。
「無詠唱とか」
「うん。きっとあるけど、まだ見つかってないから魔法才能とかの先じゃないかな?」
えっと、つまりそれまでは詠唱必須? と言うことは……。
私の問いかける眼差しにアリスが容赦なく答えてくれる
「人に聞かれないような所でスキル上げ?」
ですよねー。
むぅ。ソロプレイ確定ですか。しょうがないですけど、なんだかやるせないです。
「まあ、ボクも時間が合えば付き合うから一緒にがんばろ?」
うぅ。持つべき物はフレンドです。でも。
「アリスは今の口調の方がいいかもです」
ネカマだと言われる度合いは変わらなそうそうですし、何よりギャップ萌えって言葉もありますしね。
「そうかな?」
もちろん、そのアリスの問いかけには力強く頷きました。当然ですね。
こうして口調を新たにしたアリスとパーティを組み、運命の"六色災厄"を乗り越えて最終的に塩でも有数の魔法特化クラン《本気GIRL》のサブマスとしてアリスと共に頑張る事になるのですが、それはまた別の話。
無口な女の子。大好きです。
でもこの主人公クチナシちゃんは本編に登場しません。
だって、ソルトと無口キャラ被ってしまいますし。orz
彼女用のネタスキル思いついてはいるもののどうするべきか、ぐぬぬ。