またしても敗退
ここは関東地方のとある県、そして私立英誠学園高等学校である。
その英誠学園高校野球部に所属する勇士、健大、啓太、圭介、さらに護の五人は全員二年生。
今日、夏季県大会に敗れて夢の甲子園出場のチャンスは残すところあと二回になってしまった。
何としても甲子園に出たい、しかし今のチーム力ではなんとも心もとないのであった。
そんな時、ある転校生が「野球の達人」であることを知った五人は
無理やり彼を野球部に引っ張り込もうとする。
果たして彼は「入る」のか?彼らは甲子園に出場することが出来るのか?
高校球児たちの夢や苦悩、友情と恋愛。そして努力の素晴らしさ。
そのようなものを描いていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願い致します。
空って、こんなに青かったんだ。
第1章
「カッキィーン!」
それはまるで青空に大きくかかった七色の虹のように、なんとも理想的な弧を描いて夏空のかなたへと飛んで行った。
そして灼熱の太陽に照らされたかと思うと、ほんの一瞬、夜空を切り裂く稲妻のように閃光を放ち、やがてぶ厚い入道雲の中に消えてしまった。
飛んでいったのは、本人?の意思にまるで関せず、いやいや、蹴り飛ばされたのはみじめにも道ばたに捨て去られていた清涼飲料水の空き缶である。
その空き缶に見事なペナルティキックを加え大気中という見えないゴール目がけて放物線を描かせたのは、ほかならぬこの男、龍ケ崎勇士である。
彼がその空き缶にケリの一撃をくわえた時のその音は、金属バットが真芯でボールを捉えたときの、あの気分爽快ともいえる会心の一発の音とそっくりであった。
彼の氏姓は「りゅうがさき」名は「勇士」と書いて「ゆうじ」と読む。文字通り勇ましい名だ。
まあ実際に、諸々の面で勇ましいことは確かなのだが・・・・
かと言ってこの男、決してサッカー部員ではないのだ。すでに学校の制服に着替えているのでひとめではわかりずらいのだが、れっきとした野球部員である。
そしていちめん田んぼの中の、まるでそこだけ無理やりにでもアスファルトで舗装されて、そう、飛行機の離着陸でもできそうな壮大ともいえる一本道を、黒の大きな野球バッグを背負いながら勇士といっしょにだらだらと歩いているのが、平山健大、刀根護、久保田圭介、金子啓太の四人である。
勇士と他の四人、総勢五人はよくもここまで怠惰に、だらしなく、かつやる気のかけらも無いような歩き方が出来るな、というくらい全員が砂漠で疲れ果てて息も絶え絶えのラクダのように、燦燦と降り注ぐ真夏の太陽の下を足を引きずりながら亀のような遅々とした速度で歩を進めていた。
「なあ啓太、あとどのくらいだっけ~」 しゃべるのも命懸けなのか、というくらい元気のない声で勇士が啓太に訊く。
「はあ?あと十分くらいじゃね?」
「ざけんなよ・・・・。じゃね?ってお前んちだろうがよ・・・・」
啓太があまりにものんきに、かつ無責任に答えるので、すかさず健大からジャブを飛ばしていきなりのストレートが入った。
ちなみに「健大」と書いて「たけひろ」と読むのだ。
「ビールくらい冷えてんだろうな?」
勇士がホントに今にも死にそうに訊いた。 「馬鹿か?お前は。そんなもん、あるわけないだろ?」
今度は啓太が呆れ果ててものも言えない、とでも言いたげに勇士に向かって答えるのだ。
どこからかまだ七月だというのに、蝉の大合唱が耳に痛いくらいのボリュームで聞こえてくる。
きっと向うに見える林の方からに違いない。いったいあの林の中には何匹くらいの蝉がスシヅメ状態で声をからすように鳴いているのだろうか?
まあそんなことは今の五人にはとんと関わりも興味もないことなのであろうが。
青々と茂った田んぼからはむせ返るような熱気と湿気が立ち込めてきて、五人を襲っている。
関東地方の内陸部の夏は、今や熱帯地方と何ら変わらない。
まさに殺人的な暑さなのだ。その猛烈な暑さの中、一同の体力もそろそろ限界に近づいているようだった。
「だれか、おんぶしてくれよ~」
と勇士がだれにともなく言うのだが、結局誰にも相手にされない。
もう五人にはそんなヒマも体力も、そして友情のかけらも残ってはいなかったようだ。
「シカトかい?」
勇士がポツリと、しかしさして恨みがましいというふうでもなく言う。
そんな時、首に巻いていたタオルを左手から右手に持ち替えて、元気なくグルグルと廻しながら圭介が言った。
「オレは卵入りのリポビタンでいいや」
一瞬のうちに空気が南極化する。
圭介が何かしゃべるといつも瞬時にサムクなるのだ。
それは毎度のこと、そして誰からともなく発する言葉が圭介にオソイカカルのだ。
「お前、それいったいいつの話題だよ?」
「大丈夫か?」
圭介のテンネンは今に始まったことではナイ。
しかしさすがに疲労困憊の極致での起死回生の一発に、野球部の豪傑たちもいきなりのマワシゲリを後頭部に食らったくらいの衝撃だったようだ。そしてしばらくの沈黙のあと、誰かが言った。
「あれ、あんまり美味くないよな・・・・」
でも、もうだれもその話題には触れようとはしなかった。
一同にとってもトドメの一発だったようだ。まさに九回、もともと十対0で負けている試合でさらにダメダメ押しの満塁ホームランを浴びたピッチャーのような気分だ。
もう無意識に、ただ足だけを前に動かす、それだけで精一杯の野球少年たちだったのだ。
大きなケヤキの木の向こうに、やっと啓太の家が見えてきた。
「金子自動車」と黒く書かれた看板と共に、古風でまるで武家屋敷のような門構えの立派な和風の二階屋である。
啓太の父親は車の販売と修理工場を経営していて、今日は啓太の部屋で反省会の名を借りた打ち上げ兼グチのいい合い会が催されるわけである。
それじゃあいったいナンのハンセイなのかと言えば、今日は高校球児ならばだれもが夢見る夏の甲子園出場をかけた県大会の三回戦があったわけで、そして五人の所属する英誠学園野球部は見事にその夢を強豪校に打ち砕かれ、五人は水気を失ったカエルのように無残にも炎天下を歩いて球場を後にして来たわけであった。
しかし捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、敗北後の簡単なミーティングが終わって各自このあとどうしたものかとうずくまっていた時、啓太の父親から啓太の携帯にメールが入ってきた。
「どうせクスブッテンナラろくなことになりゃシナイ。今日は家で飯でも食え、みんなも呼んで来い」
といつもどおりの絵文字なし無愛想とぶっきら棒なメールであった。
が、さして家にも帰りたくなく、このイライラをどこにぶつけようかと爆発寸前であった面々には、最高のオヨバレであった。
勇士や健大などいつものメンツに声をかけて、速攻、話はまとまったのだ。
ではなぜ啓太の家が毎回「反省会会場」に選ばれるのかというと、家と敷地が大きく母屋と啓太の部屋が離れていること、そして啓太の両親が小うるさい事をいちいち言わないホウニン主義、いやいや、子供の事情を理解したリッパなご両親だからである。
何しろ父親などは勇士が相当に荒れているときでも
「リュウ、ほどほどにしとけよ。ちゃんと自分の領分ってモンをわきまえてなきゃダメだぞ」
などと言って勇士の肩をたたいて
「いいか、酒とタバコはダメだぞ。そのかわりお前が卒業したらとことんヤラシテやる」
なんて言って何をヤラシテやるのかわからないのだけれど、そんな優しいひと声をツケタスのだ。
そんなとき啓太は自分の父親をどう評価して良いものやらわからなくなり頭がゴチャゴチャになってしまうのだ。
しかし、バーサス大人となれば誰彼かまわず反抗的な態度をとる勇士が、自分の父親には従順で素直に接しているのを見ると、社会の中では良い大人なのか?とも思ってしまう自分がいるのをまたまた嫌な目で見てしまうのだ。
さっきまで随分と遠くに見えていたケヤキが、もうすぐ手の届きそうなところまでになった。やっと着いたか。
家の門をくぐる時に啓太は
「俺はオヤジのことが好きなのか?それともキライなのか?」
とふと、考えてみたがやっぱりよくわからなかった。まあいいか。
啓太は気を取り直して庭の中へと入って行った。啓太ほか野球部員一同はまず全員で母屋に挨拶に行くと、父親は出かけていておらず母親が出てきて
「はあい、ご苦労さんだったねえ。おかえり~。冷たいもん、飲みなさ~い。で、順番にお風呂入ってぇ~、あとで部屋に食べるもの持って行くからぁ~」
と、いつも通りの呑気さと手際の良さで五人を迎えてくれるえわけだ。
何といってもついさっきまで球場で応援をしていたくせに、きちんと縁側には数種類のジュースとスポーツ飲料、そして烏龍茶に圭介御用達のリポビタンまで、すべて冷やされた状態で並んでいるのである。
「ありがとうございます!生き返る~~~」
五人は異口同音に唸るように声をしぼり出すと、冷えたビンやペットボトルを一気に喉に流し込んでまたたく間に用意された飲み物はあれよあれよという間に減っていき、そして我が家で遠慮のない啓太は冷えたスポーツドリンクをボトルごと頭からかぶってしまった。
「ツメテえ~~~」
「おい!俺にもよこせヨ~」
啓太以外の四人がボトルの獲得合戦になってあたりは瞬く間に殴り合いの寸前と化す。
「ほらほら、あ~あんたたち~そんなもん頭からかぶったら髪の毛ベトベトになるじゃないよ~ホンと、馬鹿ね~」
啓太の母親は台所から追加の飲みものをカゴに入れて持ってきてくれたついでに、大笑いしながら声をかけた。
「あとでちゃんと、おふろで頭、洗うんだよ~。わかってんの?」
五人はボトルを争いながら
「はっい!」
と声だけは大きい、しかし大人の言うことなど話半分のいつも通りのいい加減さで返事をする。
おかげであたりは水浸しならぬジュース浸しになり、縁側の板間は歩くとまるで接着剤を塗りこんだが如く足の裏に貼りついてきた。
もちろん、そんなことの後始末をするのも啓太の母親のいつもの仕事だ。
五人は飲むだけ飲んで騒ぐだけ騒ぐと順番に風呂へと向かっていった。
そこには五人分のバスタオルと着替えが用意されていて、バスタブには良い香りのする入浴剤までが入っている。そう、やることすべてにソツがナイノダ。
啓太の家の風呂はというと普通の家に比べるとかなり大きいほうなのだけれど、それでも五人いっぺんでは到底無理なので順次、入れ替わりながら入るのがいつもの彼らのやり方だ。
今日もそうして適当な順番で入って、上がったものから啓太の部屋に行くことになっている。
べつに誰が決めたわけでもなく、いつの間にか彼らの中で出来上がったオキテ、のようなものだ。
おのおのが風呂から上がって部屋に入ると、啓太の母親が準備をしてくれていたのか、ちゃんと冷房が入っている。部屋はまるで天国のように涼しくて気持ちがイイ。
そしてこれもいつものことなのだけれど、テーブルには家畜のエサかと思うほどの大量のお菓子が置かれており、さらに追加の飲み物も用意されているのだ。
そう、ここはまるで一流ホテル並みのサービスなのである。
風呂から出て台所の横を通る時
「今日は泊まって行くんでしょ~?」
と啓太の母親が声をかけた。
もちろんまだそこまで誰もが決めていたわけではないのだが、結局全員が
「は~い」
と返事をした。
「明日、どうせ練習ね~じゃん」
「もう帰るの、めんどくせ~し」
などと言いながら部屋でゴロゴロしだしたのである。
いちばん最初に風呂に入っていちばん初めに啓太の部屋に飛び込んだのは勇士だった。
「はあ~天国だなあ~ココは」
それに続いたのが健大、それで早速、ふたりの間で再度のぐちり合いが始まった。
「なんであそこでセカンドに投げるかね?」
「正真正銘のアホだな」
「あの人のああいうプレー、見飽きたし~」
「それにいつもミスったあと、ミット見るし。ミット、関係なくね?」
いつの間にか部屋に戻ってきた圭介と護がここぞとばかりに相槌を打つようにして話しに加わる。
この話題は帰る道すがら、散々と勇士が怒りまくった本日の敗因トップ1である。
1、2回戦をなんとか無事に勝ち上がって3回戦に進んだ英誠学園は今日、優勝候補筆頭の作川学院とあいまみえたのである。
ここ二年連続で県大会を制し、夏の甲子園に出場している県下随一の強豪校だ。
当然のごとく戦前の下馬評は圧倒的に英誠不利であったが大方の予想を大きく裏切り、なんと六回終了時まで三対二で英誠がリードしていたのである。
しかし迎えた七回、相手七番から始まった攻撃でワンアウト一塁三塁と攻め込まれた英誠はベンチからの指示で、一塁ランナーがスタートを切ったときはキャッチャーはランナーを刺すことを狙わず、ショートがセカンドベースとマウンドの中間に入りキャッチャーからの送球をカットして三塁ランナーの本塁突入を阻止する、またはランナーが飛び出したときは挟殺するプレーを選択したのであった。
これはベンチの監督からの指示をキャッチャーの、しかもキャプテンを兼ねる石神くんがブロックサインで自ら内野手に指示したものであった。
しかしキャプテンを兼ねる石神くん、ベンチの予想した通り一塁ランナーがスタートを切った時、いったい何を血迷ったかあるいは何を夢見ていたのか、自分が指示した作戦などすっかりと忘れてしまい、無人の誰もいないセカンドベース目がけて精一杯の全力投球をしてしまったのである。
慌てたのは本来、来るはずのない自分のところにボールが転がってきたセンターの柴田先輩となんとなくバツの悪いセカンドの土井先輩。
そして呆然とボールの行方を追うことしか出来なかったのが、自分の頭の上を綿密な打ち合わせとサインに反してボールが素通りして行ってしまったエースの沢村先輩とショートの広岡先輩。
そしてベンチの監督はじめ選手一同であった。
「もうひとりイタロー!」
と、勇士が呆れるように、しかし怒鳴って言ったのは肝心な人を忘れていたからだ。
何を隠そう、いちばん呆気にとられていたのはキャプテン本人、その人であったのだ。
そしてキャプテン石神くんがぼーぜんと自ら投げ放ったボールが転々とするのを見守っている間に、ボールは芝生の上を転がりながら柴田先輩のもとまでたどり着き三塁ランナーは歓喜小躍りしながら同点のホームイン。
駿足の一塁ランナーは快足を飛ばしてセカンドベースを蹴り、あまり肩の強くない、いやむしろ弱肩と言ったほうがより正しいのかもしれない柴田先輩の懸命のバックサードをものともせず三塁をおとし入れたのだ。
「あいつ、あのあと、また右手でミット叩いて首かしげてたぜ・・・・」
寝転がりながらチョコレートを美味しそうにむさぼっていた圭介が合いの手を入れるようにつぶやいた。
それは石神くんのいつものルーチンワーク?とも言える仕草で、ミスをしたときは必ずそれをするのである。
結局、英誠の必死の健闘もここまで、気落ちしたエースの沢村先輩が連打を浴びてなんと五失点、リリーフした宮田先輩も火のついた相手打線を抑えることは出来ず二失点、合計で七点をこの回に取られてそのあと多少の反撃はこころみたものの終わってみれば十一対五の完敗。
前半の接戦と健闘はどこへやら?見事に粉砕されてしまったのである。
まあ、そんな中で健大と勇士は代打でともにチャンスメークの二塁打とタイムリーヒットを放ち溜飲を下げたかに思われたが、少なくとも勇士に至っては全くその気配は無かった。
そもそも捕手としての才覚は肩、リード、そして打撃と、全てにおいて勇士の方が石神先輩を凌駕しており、じゃあなんで石神先輩が出ているのかと言えば今となっては誰もその理由をよくは知らないのであるが、なぜか石神先輩はキャプテンを仰せつかっており、お母さんはと言えばあまり活動していない父母会のお母さんグループのリーダー的存在であって、そして勿論石神先輩は三年生であり、勇士は二年生であって、まあそんなことで監督も勇士を控えにせざるを得なくてみたいな・・・・
しかし勇士の性格上それは許せない、いや、絶対に許されてはいけないことであってタイムリーの一本や二本では到底腹の虫がおさまらないわけである。
そしていつものトドメの言葉と突入していくのである。
「なんであいつが出てるんだ?」
勇士はため息ともイカリともつかない声で柿の種をつまみながら大袈裟に嘆いてみせた。
「でも、石ちゃんのあの間抜けたプレーも、もう見納めなんだなあ~」
また言わなくても良いことを圭介がつぶやいてしまったようだ。
一同はまたまた一瞬で凍りつき、自分にとバッチリが来ないようにと誰からともなくそっと圭介から離れて行くのだ。
そして誰もが圭介から身をよけて行った次の瞬間、勇士の見事なサソリ固めが圭介の下半身に決まっていた。
「えっ?何でだよ~~~~」
「オマエガ俺のイカリに油をソソイダからだ~~~~」
その勇士のサソリ固めはビッチリきっちりと決まっていて、今まで逃れることが出来た野球部員はただのひとりもいない必殺技なのだ。
到底圭介も痛みに身もだえし最後にはイキタエタのであった。
「うおっ~」
「まじスカッ?」
「オレ、うなぎ、はじめてかも~」
その日の五人衆の夕食はなんと鰻だった。
圭介がイキタエ、その流れで皆が呑気に夕食前の昼寝におちいってからどのくらいの時間が経ったのか?
啓太の母親の
「晩ご飯、デキたよ~」
の声でみんなが起きだして眠い目をこすりながら食堂に行くと、食卓に並んでいたのはなんと鰻、だったのである。
それを見た瞬間、彼らは思わず歓声を上げ誰からともなく手をたたいて感動した。
「お前、毎日こういうもん食べてんの???」
感激のあまりしばし呆然としていた護が啓太の顔を仰ぎ見た。
「なわけね~だろ」
何を隠そう、はっきり言って五人の中でいちばんびっくりしていたのは、ほかならぬ啓太なのである。
だから思わずあたりを憚りながら家計を気遣ってしまい、啓太は恐る恐る母親に聞いてみたのだ。
「これ、買ったの?」
そうすると啓太の母親は
「さあ、どうしたと思う~?」
と逆に息子をイライラさせる作戦に出てきた。
「そんなのいいから、どうしたんだよ?」
と啓太がめんどくさそうに言い返すと
「お父さんが杉山くんのお父さんから貰って来たんだよ」
と言ってまたあわただしく台所仕事にとりかかってしまった。
「ふ~ン、ナルホドね」
杉山っていうのは五人と同じ二年生の外野手で名を「駿斗」とかいて「はやと」と読んだ。
大人しくて目立たないけど学業のおいては常に学年トップで野球部員らしからぬ秀才である。
「でも、なんだって駿斗の親父サンが?」
母親の話によると魚を扱う仕事をしている駿斗の父親が今日、五人が啓太の家で「ハンセイカイ」の名を借りた宴?を催すことを知って仲の良い啓太の父親に差し入れをした、ということらしかった。
もともと駿斗もこのメンバーなのだが今日は祖母の具合が思わしくなく、試合のあと祖母が入院している病院まで見舞に行ったわけである。
そんなことで「ハンセイカイ」モトイ、宴には不参加となったのだが、義理堅く情に厚い駿斗の父親は、我が子不参加でも差し入れをしたということらしかった。
「みんなも、お礼、言っとくんだよ!」
啓太の母親は事情を説明すると五人にそう言って諭した。
「一年分食った~」
「オレ、もう今月は何も食えね~」
などと五人はため息をつきながらおのおの、自分のハラをさすっている。
買ったらいったいいくらくらいするんだろう?と思ってしまうほど上等で美味だった鰻が、なんとひとりにつき一人前半ほどあって、その他にも啓太母の手作り料理で五人は超満腹となり、すっかり巨大化した腹部を両手で支えながら桃太郎に出てくるモモのように啓太の部屋にもどって行った。
そして部屋にたどり着くなり誰もがゴールテープを切ったマラソンランナーのように一気に床に倒れ込んでしまった。
そのまま五人ともジッと動けず腹ばいや仰向けなどおもいおもいの格好で横になっていたのだけれど、しばらくして健大が口を開いた。
「なあ、さっきお前の母ちゃん、なんか言ってなかった?」
それは隣に寝転んでいた啓太に向かってなされた質問のようだった。
「ああ、言ってたな」
「なんだって~?」
「あとで夜食、持って行くからね~、って」
「そうか~リュウのぶんか~」
健大がそう唸るように答えるとゾンビのようにコロガッテいた勇士が
「お前だって食うだろ、いつも~」
と唸り返してきた。
そして五人は前回の宴?の時の夜食は何であったか、の話題へと入って行き、ラーメンと餃子だったろ?いやいやピザだったよ、馬鹿言え、豚汁だよ、などどまるで記憶にないのか、いい加減で勝手な言い分をぶつけ合いながら食後の腹ごなしをするわけだ。
しかし結局、答えは出ず最後に出た圭介の「メロンパンだろ」という意見を皆でキャッカしたあと本題の野球部の今後についての話題へと知らず知らずのうちに変わっていったのである。
「チキしょー甲子園行きてえ~」
「オレもだ~」
「ざけんじゃねーぞー!」
「クソッタレー」
最初に啓太が叫び声を上げると、それに護と健大、そして圭介が続いた。
やはりいくらイイカゲンが服を着て往来を歩いているようであっても、そこは高校球児。やっぱり悔しいのだ。毎度毎度、最後はコテンコテンにされるんじゃ。
叫ぶようにわめいた四人はいつの間にか壁に寄っかかっていた勇士に視線を注ぐ。
そしてしばらく黙ったままの勇士をしばらく見ていたが、やがていちばん鋭い視線を浴びせていた健大が口を開いた。
「オマエはどうなんだよ」
勇士は勇士で下を見たままだったんだけど、他の四人が自分の方を注視していることだけは分かっているみたいだ。
そして返事のない勇士に健大がシビれをきらそうとした瞬間、勇士が小声で言った。
「このままじゃ、ミジメすぎねーかよ?オレタチ。ジョーダンじゃねーぞ、いつもいつも引き立て役でよ~。オレ、行ってやる。甲子園、死んでも行ってやる!」
それは強い決意のようでもあり、かといってあるいはまだ決めてないけど自分に言い聞かせているようでもあり・・・
聞いた四人には何とも半信半疑で自信なさげで、ある意味曖昧にも聞こえた。だから、健大が念を押すように勇士に訊きなおしたんだ。
「オマエ、行くのかよ。甲子園?」
勇士はまだ、下を見たままだった。しかし、次の言葉を発する時には、もうまっすぐに上を見て、力強く答えたのだった。
「ああ。行ってやるよ。甲子園。必ず、行ってやる!」
皆んなは、そんな勇士を見て口々に言葉をつないだ。
「オレも行ってやる!」
「俺も行く!」
「お前が行くってんなら、俺も行ってやるぜ!」
啓太が応え、護が受けて、健大が意思表示した。
「なら、おれも一緒に行くかな~」
最後に圭介がもののついでのようにさもノンキそうに言う。
と、思ったら次の瞬間、ほかの四人の気持ちが一致した。
「オマエは連れてイカネ~よ!」
そして一瞬の間があって五人は爆笑した。
見るといつのまにか圭介の右腕は勇士の首をギュウギュウと締め上げていた。そこに護と啓太が加勢して、勇士は笑い転げながら悲鳴をあげ始めた。
その夜、五人は明け方まで語り合い、枕を投げ合い、空が白くなる頃にやっと寝息を立て始めた。
野球について、異性について、将来について、彼らは時が経つのも忘れて夢中になって語りあったのだった。