2つの恐怖症
「うわああああ」
哲は叫び声で目覚めた。
「哲、大丈夫?」
哲は放心しているかのようだ。
「おーい哲、聞こえてる?」
「う、あぁ・・・」
「びっくりしたよ。マスターが終わってみたら、哲が倒れたって係員に呼び出されたし」
哲は無言で周囲を見回と、溜息を付いた。
「他に誰か居るのか?」
そう小声で尋ねてくる。
「百合姉たちは後で来ると思うよ。哲のスマホで連絡しておいたし」
「そうか・・・」
「それで、何があったの?」
「言いたくねぇ」
心做しか震えているように見える。
「なんでさ。兄弟だよね?」
「・・・笑わないか?」
「保証はできないかな。でも努力するよ」
「じゃあいい」
「つれないなあ。俺は嘘つかないだろ?いつだって哲の味方だよ!」
「胡散臭。・・・実は、」
哲は軽く話してくれた。
ところどころ記憶が欠如していて曖昧な所があったが、大体の事はわかった。
「なるほどね。それ、演出だよ?」
「演出だっつっても、マジで怪我したんだぞ!?」
「最初に同意書に署名したよね?」
「いやいや、当たりどころ悪けりゃ冗談抜きで死ぬから」
「大丈夫だって。万が一死んじゃったら脱線者として処分されるらしいよ」
「それがそもそも可笑しいだろ。俺は脱線者なんかじゃねえ」
「違うよ。結果論なんだって。
問題のある人は実際に死んだり消えたりするけど、死んだり消えたりした人が問題があったっていう事になってるんだよ、この国では」
「じゃあ、俺は・・・いや、何でもねえ」
ドタドタと騒がしい音が聞こえる。
勢い良く扉が開く。
「ちょっと、哲。あんた気絶したって聞いたけど・・・大丈夫そうね」
「あぁ・・・、全然平気だ」
「哲兄、ホントに大丈夫?」
「勿論だ」
哲が見栄を張っているのがわかっていたのに・・・
「わっ!」
後ろから冗談交じりで驚かしてみただけだったのだが・・・
「うわああああああああ」
哲が発狂したかのような奇声を上げる。
「えっと・・・ごめん」
哲の顔は恐怖一色であった。
「哲兄、ズボンが・・・」
「2人共何やってるの?裕ちゃんは急に変なことしだすし、哲に至ってはお漏らしまでするし・・・」
「うっ・・・。俺がちゃんと哲をバスまで連れて行くから」
「そうしてもらえると助かるわ。じゃあ私達遺骨貰ってくるから。後で連絡頂戴ね」
「うん、わかった」
「哲兄、ホントに大丈夫?」
「大丈夫よ。あれでも心身共に頑丈だから」
直ぐに2人とも出て行った。
「とりあえず、このまま歩くのも恥ずかしいだろうし、ズボン買ってくるから待ってて」
「・・・」
哲は半泣きだった。
そんな気はしたが、目を合わせ辛かったので確かではない。
ネズミーランドに売ってたお土産用のズボンを買ってきた。
似合わないかと思ったら、案外似合ってて吹きそうになった。
今笑ったら空気読めない奴になってしまうな・・・。
着替えてからバスに帰るまでいつもと違う哲を更に感じた。
いつもなら我先にと前を行く哲が、後ろを歩いていた。
しかも無言なのだ。
更に言えば地面を見ている。
いつもの堂々と前を向く哲の面影が全く無かった。
百合姉は、俺も変だと言っていたな。
実感はないが、何かから開放されたそんな気がする。
付け加えるなら、スリルを味わっている時に生きた心地がするのだ。
百合姉は俺のことを対抗恐怖症だと、また言うのだろう。
客観的に見るなら俺と哲の性格が逆転したようにも見えるのだろうか。
今の俺なら怖いもの知らずで行けそうだ。
その意味では哲そのものだな。
「哲、バスに着いたよ?」
「・・・ありがとう」
「えっ?やけに素直だね。明日は雨かな!」
「俺はバスで少し休むから、お前は戻っていいぞ」
華麗にスルーされた。
ちょっと悲しい・・・。
「いやー、すっごい心配だからそれは無理かな」
「勝手にしろよ」
哲は座席に座ると目を閉じた。
俺も後に続き隣りに座る。
「もう誰も居ないよ」
そう一言掛けると、哲は声を殺して泣き出した。
余程怖かったのだろう。
だが、いつもの自分を取り繕って無理していたようだ。
ギャップのせいか、少しキュンとしてしまった。
「よしよし」
頭を撫でるが嫌がらない。
これは本当にまずいかもしれないな・・・。
しばらく撫でていると少し落ち着いたようだ。
「ちょっと百合姉に連絡するね」
そう言って哲のスマホを手に席を外そうとすが、哲は何故か俺の手を掴む。
「どうしたの?」
「俺を一人にしないでくれ」
酷く震えた声で。
「心配だから皆が戻るまでここにいるよ?ちょっと連絡するだけだから・・・」
逼迫した形相で見つめてくるのでこれ以上は何も言えなかった。
哲は暫くして寝付いた。
非常に深い眠りに。
俺の手をしっかりと握ったままで。
健も絶叫マシン程度で音を上げたが、哲も意外と見栄を張っていただけなのかもしれない。
「俺の方が年下なんだけどな・・・」
ポツリと独り言を呟いてみる。
百合姉には悪いが、メールでも送っておこう。
【哲が心配だからこのままバスに居るね。裕六郎より】
送信っと。
これで大丈夫だな。
他にすることがなく、非常に暇だったので哲を眺めていた。
それにも飽きたため俺もいつの間にか寝てしまったようだ。
起きたら既に日が暮れていた。
相変わらず哲は深い眠りに付いている。
何人か戻ってきていた。
「あんたたちそんなに仲良かったの?」
「何が?」
「哲兄と裕兄が手繋いで仲良く寝てた事だよ。珍しかったから写メ取った」
「ちょ健、あんた私がちょっとお手洗い言ってる間にそんなくだらないことしてたの?」
「レア画像はちゃんと撮っとかないと損だし」
「はぁー。あんたさー。いややっぱり良いわ。何でもない」
「ははは・・・」
俺は苦笑いしか出来なかった。
一応百合姉に簡単に説明したが、百合姉はあまり周りに言いふらさない方が良いと言ってきた。
案外哲の事を心配していたようだ。
今日は色々な事が起こり、色々な発見があった。
良かったのか悪かったのか・・・。
兄弟の距離が縮まったのだから良かったのだと思う。




