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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
定常台風
82/87

村長

体を揺すられる。

「今日は日曜日だよ? もうちょっと寝かせてよ……」

むにゃむにゃと、夢の中は気持ちがいい。

「起きろよ、馬鹿」

(ほお)から脳へと覚醒の信号が強烈に届き、不本意ながら目が覚めた。

「何!?」

痛みが残る左(ほお)を右手で擦りろうと左手を動かすと鈍い痛みが走る。

骨折していたんだった。上げかけた左手を下ろし、右手で擦る。

「あれを見ろ」

増水してきた川だな。移動しようって事か?

「川じゃねーから」

向こう岸の森から木造の何かが見えているが……。


凝視していると、それを引く黒影が姿を現す。大雨の中は、種の特定すらままならない。

「狼!?」

「どうする?」

肯定はされないが、そうである前提で話が進む。

「どうするって言われても……。哲さんは?」

「哲兄は持てるだけのバナナを収穫しに行ってる」

全員が怪我をしているから、袋にでも詰めるんだろうな。ここにない袋を考えれば妥当な線だろう。

「そもそもあれは何をしてるの?」

「分かんねーよ。ただ、」

言葉に詰まる。焦らさないで欲しい。

「ただ、何?」

「ただ、俺には船にしか見えないな」

言われてみればカヌーっぽい。渡って来るつもりなのか?

もしそうなら、補食しに来るというのか!?

「どっちにしても増水で水が溢れかえるから、ここは離れるしか無いよ」

「だな。だが、その後はどうする?」

海に戻ることは出来ないし……。

「ここまで来たら、灯台を目指す以外ないんじゃない? 何しろ、」


ガサッ。

背後から急に音がし、飛び上がってしまった。

「て、哲兄。脅かすなよ……」

俺は健十郎に抱きついてしまっていた。

「悪い悪い。あれが渡って来る前に、移動しよう」

「そう……だね」

移動するなら早い方が良いだろう。


健十郎は一人で歩けない。こんな視界が悪く泥濘(ぬかる)んでいたり、草木が鬱蒼と生い茂る場所で、杖もなく片足で歩くのは無理がある。

俺が健十郎の左肩を支えて歩く。哲さんが肩を貸そうとしたが、身長差でやりにくかったので消去法で俺がすることとなった。

(わり)ぃ」

あぁ本当に悪いよ。今回に関しては全部健十郎の……。

元はといえば俺のせいだから、何も言えない。

「気にしてないよ」

顔は隣にあるのに鼻すら見えない。

「もし……もしもの話だが、狼と鉢合わせしたら俺を餌にして逃げてくれ」

はぁ、お前ももしも病かよ。

「お前だって分かるだろ? この脚じゃ……」

「分かってるよ、そんな事。でもさ、そういうもしもの話は止めてくれない?」

気分が悪いとか言う問題ではなく、陰鬱な雰囲気が常にまとわりついてしまう。

そんな事では俺もいつ発狂するか分かったもんじゃない。

「また何か言い残して、勝手に1人満足して俺達を置いていくの?」

「そういうつもりじゃ……」

「つもりがなくても、結果的にそうなってたからやめて欲しい。勝手に死んで俺が泣くとでも思ってるの?」

「泣いてくれないの?」

「いや、泣く事は泣くけど……。そういう事じゃなくって」


「お前ら静かにしろ」

黙って前を歩く哲さんがお冠のようだ。狼は耳が良いからな……。

「お前らは何か勘違いしてるぞ? 飛鳥のせいでも健のせいでもない」

狼は関係なかった。つまり、世の中のせいって言いたいんだよね?

「そんなの分かってるよ。おかしな社……」

社会だったもんね、と言い切れなかった。

「その間にもう1つ有るだろ?」

何の話? 健十郎に顔で尋ねても、知らないと顔で返された。

「俺が弱いせいで、少なくとも4人は巻き込んでしまった」

俺、健十郎、百合さん、裕さん……。後は誰? 他にも誰か居ると思ってるの?

「少なくともってどういう事?」

「俺達かお前の家族もって事だよ」

「……」

可能性はなくはないが、いやまさか……。


「哲兄のせいじゃない」

今手の届く唯一の血縁だからか、心の底からの否定が放たれる。それを(うらや)ましく思った。

「なら飛鳥のせいでもお前のせいでも無い」

「そうだね。3人共怪我をしたのは健十郎のせいじゃないよ」

なるべくしてなった事。必然とも不可避ともとれる物事に相当するだろう。

「でもさ、自殺は悪くない選択肢……だったろ?」

死んだ後みたいな会話だよ?それ。

「そう……かもね。死ぬ過程には恐怖はあるけど、仲良く安楽死するなら(むし)ろ楽かもしれないね。家に戻れもしないし、生きる意味がもうないよね」

「だな」

哲さんは肯定も否定もしない。実際、戻る方法はないし、あっても脱線者(アウトレーラー)の住む場所はない。

「まぁでも? 2人が生きている内は()くつもりはないよ」

「俺も!」

「嘘つくなよ? 抜け駆けは無しだからね?」

「分かってるって!」

絶対分かってない。俺の気持ちが、な。

「指切りしよう」

健十郎の右脇を支えている手の小指をチラつかせる。

「小学生じゃあるまいし……」

「健。あんな身勝手なことする奴は小学生と大差ないぞ」

うんうん。その通り。

「それに、俺達は中学生になってまだ半年も経ってないよ?」

「そうだっけ? もうずーっと昔の事のような気分だよ」

無理やり俺達は成長させられたような、そんな気分だ。

濃厚な経験のせいで、そうならざるを得なかった気もするが。

「かも!」

意見が合ったのが嬉しいの分からないが、笑い合えた。仲直りも十分だろう。


林冠を貫通して雨粒が打ちつけてくる。こんな大雨が長時間続くのは初めてだ。

国外で間違いないだろう。

「それで、どこ向かってるんだ?」

俺も聞きたい。

「あれだ」

「空?」

見上げた所には雨が降ってくる林冠しかない。

「よく見ろ、光の筋が見えるだろ?」

いや、全く。健十郎は? あぁ絶対見えてないな。口が開きっぱなしだ。

舌が白くなっている。歯垢のような物が溜まってきているんだろう。

鏡を見たわけではないけど、俺も人の事は言えそうにないが。

まぁ要するに、

「灯台に向かってるの?」

「あぁ。それしか無いだろう」

俺もそう思ってたところだ。反対はない。健十郎も賛成だよね?

「それはやめた方が良い」

左から聞こえてきた。健十郎は右に、哲さんは前に居るというのに。


「誰だ!?」

哲さんが警戒心剥き出しの野生のような威嚇を飛ばしている。

敵だったら俺も怯んでいたかもしれないレベルの、が。

それよりも、暗くて見えない何者かは僕等と同じ言葉を話している。

日記には、外なる国にはその国の言葉があるとされていた。

「初めまして」

暗闇から毛むくじゃらの人影が近づいてくる。

「近寄るな」

目の良い哲さんはそれを捉えたようだが、俺には未だ見えない。

「ポクはジャン・ドゥ・ロール。こないだ来た村の村長をしている者だよ」

毛むくじゃらで人型。崖の上でみたばかりの者と酷似した生物しか居なかったのに、俺は全く気づかなかった。


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