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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
定常台風
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もしも病

急ぎすぎたせいで考えなしに飛び込んだと後悔した。

結果論から言えば、健十郎が抵抗したおかげで無事だったのだが、あれ以上速度が出ていたら反対側の崖に激突死していたかもしれない。

崖スレスレの所に落ちた。幸い岩はなかったが、水面に叩きつけられた衝撃が走る。

どこか骨折したかもしれない。あちこちが痛む。

その痛みは一瞬だけで、すぐに酸素不足に依る警告が脳を支配した。

何処が上かわからない。藻掻けば藻掻く程分からなくなる。

増水し始めたせいか、水の流れが思っていたより早かった。

左手が思うように動かない。右手と足を必死に動かすも、あと10秒も息を止めていられない。


早計だった。救いを求めた手は握り返され、空気の授受を許可された。

噛まれた腕で痛みを必死に堪えつつも俺を引き上げてくれたようだ。

「ありがとう……」

遠くには崖から見下ろす狼らしき人影が幾つもあった。

追いかけてこないだろうな? 匂いで追ってくるとしたら、川と雨のお陰で大丈夫だろう。

だが問題はそこではない。川の両方に狼が生息しているという事実だ。

このまま下流へ流されれば洞窟辺りまで行けるだろう。

その時どちら側に上がるか、今決めなければならない。


健十郎は気絶しているようだが、上半身を見る限りは無事で息もしている。

「哲さん、右か左。どっちに降りるべき?」

俺の提案は関係なく、哲さんが降りてしまった方に到着するわけだけど、一応意識を向けさせた。

俺が言うまでもなくわかってるとは思うんだけど……。

「右だな」

確信しているように思う。聞きたいけど理由は聞かない。

理由攻めにしていいことがないって、ついさっき体験したばかりなのだから。

「分かった。“信じてるよ”」


どんぶらこ、と川のカーブを曲がると程なくして洞窟が見えた。

(あらかじ)め右によっていたためスムーズに岸に着いた。

上がろうとすると左手が痛くてどうしようもない。

同じくらい痛いはずの哲さんがまたもや引き上げてくれる。

先に打ち上げられた健十郎は足が折れているようだった。

「当て木をしないとな」

傷の手当をせずに何処(どこ)かへ行こうとしている。

「それもそうだけど、傷口洗わないの?」

「痛くないのか?」

「痛いけど、ここじゃあ骨折よりも傷の方が危ないよね?」

俺の腕と健十郎の足、それから自分の傷口を確認して悩んでいる。

「痛みなら我慢するし、安静にして待ってるから大丈夫だよ」

凄く痛いけど、大根役者程度には笑えたと思う。

「……分かった」

論理的に考えてもそれしかない。

僕らが生きる上で哲さんには万全の状態で居てもらわないと……。


哲さんが川で腕を痛そうに洗っている間、俺には疲れが襲ってきていた。

瞬間的な疲れと、慢性的な疲れの板挟みなのだから仕方ない。

腕の痛みが、その疲れを癒やす眠りにつかせまいと妨害してくる。

気絶できた健十郎が羨ましい。

寝顔は可愛いのにな。濡れた髪を退()かし、額を撫でる。

俺もだが、健十郎の肌も少し荒れてきたな。

ストレスが原因なのか、十分な手入れができていないせいなのか、年齢的なことなのか。

いや、全部かもしれないな。

潰さないほうが良いんだっけ……。日に当てたらダメなんだっけ……。

まぁいっか。どうせ見せる相手はこの2人しか居ないしね。


「終わったぞ」

包帯など高級な物はない。

「バナナの葉っぱででも傷口覆った方が良いんじゃない?」

パンツ代わりに履いているバナナの葉を指差した。

「丈夫そうだな。そうするよ」

実際に触っているのだが、俺が履いているという事を忘れているんじゃないだろうか?

よりにもよって股間のあたりを触っていたが、華麗さが微塵もないワイルドなスルーをされた。

「骨折を当て木で固定するが、その紐丈夫そうだな」

当て木は折れた骨を固定する枝の事か。仕草で大体わかった。巻く物が必要だわな。

「この(つる)? その辺に生えてると思うよ」

「そうか。いくつか集めてくるから、注意しろよ」

「注意も何も動けないから、もし……。いや、なんでもない。努力するよ」

こんな状況だから、ついつい“もしも病”を患ってしまう。

哲さんも何か言いかけたが、やめていってしまった。


雨はどんどん強くなってきている。

未だ増水が始まったばかりだろうから大丈夫だが、今いる場所は水没しそうだな。

空は雲でいっぱい。雨雲かは分かりかねるけど、台風と合わせたら完全に雲に密閉された事になるな。

灯台の光はかなり弱まっている。暖かさも少し消え、若干の寒さを覚える。

恐らく濡れているせいだけではないと思う。

体調不良? いやいやいや。そんなはずはないだろう。

強風ではないので風邪はすぐに引きそうにないが、健十郎に覆いかぶさり暖を取る。

弱まったから雨が降ったのか、雨が降ったから弱まったのか、定かではない。

全体的に仄暗いくなってきている。


大分暗くなってきた。雲も黒く染まりつつあり、墨でも降ってきそうだ。

森からガシャガシャを音がする。狼かと思ったが、哲さんだった。

身構えている俺が目に入っていたらしく、苦笑いしながら森から出てくる。

「おかえり」

「ああ。腕を見せろ」

(つる)やバナナの葉が沢山あるが、ついでとばかりにバナナの実も持ってきていた。

本当に気が利く。

哲さんの腕にはまだバナナの葉は巻かれていない。片手でするのも大変だからな。

かと言って俺も片手しか使えない。

腕を持ち上げられて小さな悲鳴を上げてしまう。

腕が僅かに(ねじ)れている。それを戻した時に更に痛みが走った。

「大丈夫か?」

声を殺して耐えているのを余程心配したのか、顔色を(うかが)っている。

「気にせずやってください」

俺の腕によく分からないが丈夫な木を当て、そこに(つる)で巻いて固定する。

痛いはずの腕を平然と使いこなせる哲さんは褒めるべきなのだろうか?怒るべきなのだろうか?

本当は両手が平気な健十郎にして欲しいんだけどな……。


健十郎の足も同じように固定した。

意識がないおかげで俺とは違い物の数分で終了する。

「その腕の傷を塞がないと」

バイ菌が入って壊死でもし始めたら大変だからね。

「片手じゃ……」

「俺の右手も使ってやってよ」


自分じゃない手との共同作業は予想以上に困難を極めた。

特に、結ぶという作業は“細かい作業”に分類されるだろう。

何しろ通すだけでも、輪を作るだけでも、ちょっとタイミングがずれると失敗する。

そでれも、時間を掛けてナントカ施術完了する。

後半はやや苛ついてきていた。勿論自分に対してだ。

それについては、苛ついてる自分の声が漏れた時に慌てて弁解したのできっと水に流してくれたと思う。

「やっと終わったね。クタクタだよ……」

痛みが和らいだせいと、取り敢えずの問題が処理されたせいでどっと押し寄せる。

「栄養取らないとな」

バナナを差し出された。お腹は空いてる気はしないが、喉は乾いているかな。

バナナを食べた後、水を飲みに手で(すく)うが、片手では全然満足に飲めない。

面倒くさいので、顔を突っ込んで呑んだ。

溺れてる時とは違い、水は最高だ! 体が潤うからね。


雨宿りの意味も込めて、川から見える範囲で一番根本が高い木で雨宿りを兼ねて横になる。

また明日も元気出会おうね。

「お休み」

「あぁ」

健十郎は結局、その日は起きなかった。


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