初めての。
硬い床に落ちた。
「っつー。」
辺りを見回すと細長い通路と、明るい光が差す出入り口がある。
ここはその通路の一番奥で、上を見ると先ほど落ちてきたと思われる穴があった。
どうやらボッシュートされたようだ。
ギィーン。振動とともにそんな音がした。
ガッガッガッガ。床が振動する。
よく見ると通路の真ん中が開き、その空いた部分がまるで車線境界線のようである。
下を除くと何かがうごめいている・・・。
「これ、ゴキブリじゃねーだろうな・・・」
どんどん開き、止まる気配がない。
「やべー」
悪寒を感じ、慌てて走るものの、とうとう床に乗っていられなくなり、滑って落ちた。
プチプチ。そういう音が聞こえたと思う。
ゴキブリの海で溺れかけ慌てて顔を出すす、数匹が口に入り、しかも1匹飲み込んでしまった。
「うっ、おえーー」
人生で初めて吐いた。
昼に食べた物ごと吐いてしまった。
虫が服の中に入ってくる。
股間付近にも入ってきて気持ち悪い。
早く出なければ。そう思い必死に前に進む。
ゴキブリを掻き分け、通路の真ん中までどうにか泳いでこれた。
「だ ず げ で・・・」
そう聞こえたと同時に服を掴まれた。
振り向いた先に居たのは、ゾンビのような物体であった。
全身は腐り毛も僅かに残るばかりである。
骨と皮という状態で、歯は何本も取れていて、瞼はなく片目もない。
無い方の目からは虫が飛び出している。
手は非常に冷たく、しかししっかりと服を掴んでいる。
「ひいいいあなせよ、離せよ」
それは更に近づいてきて抱きついてきた。
「お゛、ね゛、が、い゛・・・」
「ひいぃぃ。このっ!このっ!死ねやあ」
生きるのに必死の様相で、ゾンビの頭部を破壊してしまった・・・
はぁはぁ、と息が上がる。
再び進み始めると、今度は声音の違う複数の
叫び「「「だ ず げ で・・・」」」
が聞こえた。
「ひぃっ」
光を目指す。
あそこが出口に違いない。
ゾンビも追いかけてくる。
「「「お゛、ね゛、が、い゛・・・」」」
もう少しだ。
風が流れてきている。
景色も見える。
うっ。涙が出てしまった。
怖くて泣くのは初めてかもしれない。
外へ出るために登ろうとすると足を掴まれた。
振り返るがゾンビとはまだ距離があった。
更に引っ張られ顔が海に浸かった。
両手で踏ん張る。力の限り。
しかし遅れてやってきたゾンビにより手を捕まれ、手が外れてしまった。
ゴキブリの海の底。
息はできるが、口を開けようものなら大量のゴキブリが口に入る。
引っ張られた勢いで底に頭を打った。
一瞬意識が遠のく。
もうどうでもよくなる、そんな感情に飲まれ、ひどく心地よい。
だが、違和感を感じる。
そう、絶叫マシンに乗っているかのような加速度を感じるのだ。
どうやらゴキブリごと動いているようだ。
ズシャー。グレーチングに叩きだされた。
次々と落ちてくるゴキブリの滝に打たれ、なかなか動けない。
這いずりながらゆっくりと抜け出た。
隙間を通ってゴキブリは全てグレーチングの下に落ちていく。
流れは、留まることを知らないようだ。
床は全てグレーチングだが、また長い通路に出た。
壁には少し横に長い長方形が縦に2段、それが殆ど隙間なくある。
その何れもが磨りガラスのように向こう側が見えず、仄かな光が漏れている。
一番奥には「こちらへどうぞ」と書かれている。
その周辺の1箇所だけ妙に明るい。
覗いてみると名前が書かれていた。
「牧長哲五郎 享年17歳」
「はっ?」
わけがわからない。
隣を見ると爺ちゃんの名前があった。
軽く触ると透明になり中が見えるようになった。
中で安らかに眠る爺ちゃんの顔が見えた。
【当館は遺体安置所となっております。お客様のお席もご用意しております】
アナウンスが終わるとすぐ横にあった行き止まりと思われた壁がシャッターの様に上がり始め、向こうから光と影が差し込む。
光はかなり強く、暗順応していた目には眩しすぎた。
見える影の正体は、朧げながらも例の骸骨であるとわかるには十分であった。
大剣を引きずりながら歩いてくる音がする。
よく見ると反対の手にはナイフが・・・
そう思うと同時にそれを投げる動作に入った。
「うわあっ」
後ろに下がろうとするも転けたため、縮こまり頭を手で抱える。
何処か遠くにぶち当たった音が聞こえた。
目を開くと真っ暗になっていて何も見えない。
ただ大剣を引き摺る音だけが聞こえる。
音がする方の反対側に向けて、壁伝いに進む。
例の骸骨も暗くて見えないのかゆっくり進んでくるようだ。
突き当りまで来ると分かれ道になっていた。
左は真っ暗、右はよく見ると非常灯が見えた。
右へ進むと、廃病院のような場所に、無数の扉が有った。
呼吸は大分落ち着いてきたように思う。
鼓動は相変わらず早いが、疲れが出てきたせいだろう。
倦怠感が酷い。
追いつかれないように一番奥の右の扉を開けてみる。
ベッドがある普通の病室だった。
鍵はあるようなので、中に入って戸締まりをして凌ぐことにした。
徐々に大剣が擦れる音が大きくなる。
息を殺して待つと、例の骸骨は折り返していったようだ。
ホッとしていると、背中に冷たい冷気が流れた。
「ひっっ」
声が出てしまい両手で口を抑える。
大剣が擦れる音が止まっている。
俺のことを音で探していると直感した。
再び息を殺していると、また冷気が背中を走る。
振り向くと死にかけの自分が居た。




