フラッシュバック
気持よく目が覚めると、一番大きい体だけ無かった。
気持ち良いは良いのだが、股間あたりだった。男の子が俺の大事な物を、大事そうに握っている。
ちょっと、離せよ……。
引っ張ったらスポンと抜けた。
朝起きたせいなのか、握られて刺激を感じたせいかは不明だが、聖剣は硬く鍛えられていた。
裸のまま、洞窟から出ると清々しい……朝?昼? よく分からない、変わらない天気が迎えてくれた。
「ん? 寄り添う前に確かこの辺に服とかを抜いだよな……」
独り言をつぶやいた所で事実を知る者は居らず、洞窟洞窟の入り口に振り返っても放置してあったはずの物が見つかるはずもない。
取られた? 誰に? と言うか、何の目的で?
「おはよお!」
洞窟の中に戻りかけた俺に、頭上から声が聞こえてくる。
洞窟から顔を出すと、ひょっこり哲さんの笑顔が見下ろしていた。
「そこで何してるの?」
振っていた手で、おいでおいでしている。来いって事だろう。
更に後退ると、洞窟の上で枝にぶら下げて服を乾かしていた。
「自分でしたの?」
「うん! 僕も何かしなくちゃって……」
んー愛してる! 哲さんが成長したよ! 距離がありすぎて抱きつけないのが残念だ。
洞窟は土に埋まる形のため、その土を登れば簡単に上に上がれるようだ。
触った感じ、明日には乾くかな? 真水で洗えたためか、海水での塩吹きがなくなっていた。
「それは?」
哲さんが半分黄色で半分緑の細長い、湾曲している木の実?を持っていた。
「そこの木に生ってたんだ!」
ペロッと皮を剥くと、白くて柔らかい実が現れた。
「バナナ?」
齧りかけを貰って食べると、林檎のような酸味がほんのり感じられる。
「美味しいな! 哲くん、でかしたよ!」
「えへへ!」
ポリポリと背中をかいて照れくさそうにしている。実際、此処に来て初めての食料確保だ。
喜んで当然だろう。ここには飲水もあるときた。後は火をどうにかしたいな……。
鞄の中には食料とペットボトル飲料が3本。それから方位磁針付き懐中時計と湿ったマッチ、サバイバルナイフが見つかった。
「たったこれだけか」
時間と方角が分かるだけでも十分成果だろう。マッチは乾かせば付くのかな?
他にも入れたはずだが、流れてしまったのか入っていなかった。
バナナの葉を広げ、マッチを乾かす事にした。流石に1から点火するのは俺達では無理だろう。
1時間位経ったが、男の子は起きてくる気配がない。そーっと近づくとスヤスヤと寝息が聞こえる。
狼の問題を除けば理想的な環境だ。しかも近寄ってくる気配はない。
取り敢えずは寝かせておこう。疲れていては逃げも出来ないからね。
「哲くん、バナナ1房くらい洞窟に運んでおいてくれるー?」
洞窟の上から元気の良い返事が聞こえてきた。俺も川魚くらいとれるか見てみるか。
「終わったら川で見張り頼めるかな?」
「わかったー!」
更に返事は遠くなっていたが、ちゃんと伝わっただろう。
川を覗くと……やはり何か泳いでいるな。あれを捕まえて、火にかければ栄養、ボリューム、味の全てが自給自足できそうだ。調味料がないけど、塩は海水を運んでくれば……。
却下。狼が居るから無理だ。動物の肉? 狼が跋扈している時点で厳しいな。
調味料はこの際無視しよう。取捨選択だ。
このまま裸というのもあれだな……。木の葉で服でも作るか。
バナナの葉は大きく、綺麗なテカる深緑色で、非常に丈夫そうだ。
パンツの代わりくらいは欲しいよね。
沢山葉を取り、並べる。糸はその辺に生えていたよく分からない蔓を用いた。
まぁ問題はないだろう。アレルギーが出たら……その時はその時だろうな。
蔓が丈夫なため、しっかりしたものが出来そうだ。
試作1号完成!
試しに履いてみるが、付け根だけ縛るんじゃスカートみたいに風で捲れてしまうな……。
急いで試作2号を作る。改良点は風が吹いても平気という事。
更に沢山の葉を結び、葉同士も絡め、繊維のように織り込んだ逸品!
履いてみると、スースーする。トランクスみたいでいいけど、葉で作る以上もう少し絞めたほうが良いかな?
改良を加え、試作3号が出来た。
筒のような試作2号と違い、ちゃんと股間を支えるような部分がある。
勿論、大振りなために支えることは事実上不可能だが、ブリーフを参考に作ると良い感じでトランクスができた。手先無きような俺なだけあって、順調だ。と思っていると、ずり下がってきた。
ゴムが無いから、上手くフィットしないな。そう、ゴムのように紐を通したズボンがあったな……。
試作4号を縫った。籠を参考にした、最早プロレベルの編み物ができあがる。
編んだ物自体がパンツを形成し蔓を通す事で、型崩れしにくくしつつもずり落ちなくなった。
ここまでで大体2時間か。この時計を入れるポケットも欲しいが……、落としたら大変だ。
2度と手に入らない物だから、リュックにでも入れておくかな。
同じ物を作るだけだから、後2時間もあれば完成するかな?
取り敢えず、先に男の子の様子でも見てこようっと。
川に戻ってきたら、哲さんが川を覗き込んでお魚?をつついていた。
「川に入り過ぎるなよー」
いじめ過ぎたら魚が居なくなるから、注意して欲しいな。
急に賢くなってきた哲さんを放置し、洞窟の中に入る。寝息は聞こえているが、こんなに寝こむなんて……。
哲さんの記憶分離の時を思い出してしまう。
そうでないと信じ、コンパス部分を見る。
俺達が来た方角は恐らく北東だな。
海岸を南とした場合、北→北東→東と来て此処へ到着したはずだ。
そして、川の向こう側は北東を指しているのだから間違いようもない。
森の方向感覚が間違っていなければ、だけどね。
そう言えば、5年生の時に3人で町の地図づくりなんてしたっけ……。
コンパスを片手に鉛筆でスケッチブックに書いて回る地味な作業だった。
少し頭が痛くなってきたので横になり、時計をコロコロしながら眺める。
防災グッズがちゃんと利用できるようにって事だったのだろうか?
あの時は遊んでる俺達を尻目に、絵里が一人黙々書いていたっけ。
俺達はあの時も今みたいに……。
更に頭が痛くなってきた。そう、健十郎だ。
良かった、脳の壊死ではなかった。
健十郎! そう言おうと思った時、過去最高の頭痛が襲う。
「う゛ああああああああ」
頭が割れる程痛い。激しい耳鳴りまでする。“僕”に“俺”の記憶が流れ込んできた時の比ではない。
それだけの量が健十郎との間にはあるって事だ。
誰かに抱え上げられた、恐らく軽いはずの衝撃が俺の頭に止めを刺す。
薄れる意識の中で分かった事が1つあった。夢の中で感じたフワフワ感は喪失感だったのだと。




