砂のお城
さらさらの砂では盛り上がらず、海水の触れる砂はその場で積み上げても直ぐに波で壊れてしまう。
「濡れた砂を向こうに持って行って組み立てようか」
哲さんは首を1回だけ傾げるが、俺の意見に反対はないようだ。
哲さんがせっせと砂を穿って持ってきて、それを俺が組み立てる寸法だ。
小さな盛り上がりを作り、徐々に大きくしていく。
「大分大きくなったかな?」
俺の胸の高さくらいまであるから、1メートル弱といったところか。
灯台は相変わらず幻想的な光を放っている。
俺の知っている灯台とは違い、回転しているようには見えないな。光の線が2本程伸びている。
線は伸びているが、伸びてきていない俺等が居る場所でも灯台の大元の光は見える。
全体に光を拡散させつつも、線が見えるようにという事なのだろうか?
「立派なお城が良い!」
哲さんは目を輝かせて、お城の形を妄想している。
「どんなお城が良いかな? 絵に書いてみよっか」
うん!と元気に返事をすると、濡れている場所へと走っていく。
俺も追いかけては行くが、奇妙な海に注意を奪われ歩調はゆっくりとなる。
本来ならば海に近づくな!と言わなければならない所なのだが、渦を巻く程荒れ狂う海水が浜までは来ないのだ。直ぐそこまでは穏やかな日の波そのものだ。
「こんな感じ!」
歯並びの良い歯が恥じらいも無く俺の目に飛び込んできた。
良い歯ブラシも、良い歯磨き粉も無いから気をつけないと虫歯になってしまうな。
僅かに黄ばんで見える哲さんの歯を見て、多少の心配を抱く。手触り舌触りの確認だけでは心許無い。
鏡が欲しかったな……。船の風呂場辺りのを割ってでも持って来るべきだったかな?
「良いんじゃないかな。それで作ってみよっか!」
元気な良い返事をして、駆けて戻って行く。
「そんなに慌てたら転けるぞ……」
行ったそばから転けやがって……。急いで駆けつける。
「げほっげほっ」
口や鼻に砂が入ったのか、咽ているので背中を軽く叩いてやった。
効果があるかは分からないが、ゲップを出させる時に使われる方法だ。しないよりはマシだろう。
「目が痛い」
砂まみれの手で目を擦ろうとしている。
「哲くんダメだ!」
年齢差で力負けしそうだが、腕を必至に押さえつける。
「擦ったら目が見えなくなるかもしれないぞ!?」
「嫌だ! でも目が痛い……」
痛さで涙が出てきたようだ。反射は正常に機能しているようだ。
目を瞑る哲さんを連れて、海に逆戻りだ。真水を使うのはできるだけ避けたい。
手と顔を洗わせた。次に目を洗わせたが、若干染みたようで呻いていた。
「我慢して? うん、いい子いい子」
頭を撫でてやると喜んでくれた。健十郎よりは茶に近い茶髪だ。
昔はやんちゃな短髪だったが、今ではボサボサの短髪だ。
髪が伸びてないのは、監獄の中では坊主になっていたからだな。
俺のも大分伸びてきている。あと1ヶ月以内には整えたいかな……。
ちょっと前までは考えられなかった贅沢な悩みだ。
「目は開けられる?」
「うん」
全開とは行かないが、半分くらいを痛そうに開ける。
「貴重な水だから、少ししか使えないけど」
紙コップに水を少しだけ入れ、目だけをピンポイントで雪ぐ。
目をパチパチしながら目脂を取るように目尻などを綺麗にしている。
「ありがとう、飛鳥お兄ちゃん!」
「走っちゃダメだからね? 言うことちゃんと聞けるならお城を作ってあげる」
「分かった! ちゃんということ聞く!」
現金なやつだ。ワシワシと髪を弄りながら哲さんの胸に飛び込んだ。
中身はともかく、体は逆に俺を慰めてくれた。
「よし、再開するか」
後ろで楽しみに待つ子のために、せっせこせっせこ俺は城を作る。
3本の塔?がある、山の字のようなお城だ。無難なお城の1つかな?
色付けできないのは残念だが、代わりに表面を頑張ってみるか……。
石垣から始め、屋根へと向かって凡その形を整える。
指で削っていたが、爪が伸びていたのに気付かなかった。
このまま伸びていくとまずいよな……。でも爪切りはないし……。
寝る前にでも歯で噛み切っておくかな。窓やら屋根瓦を爪で丁寧に掘りながら考えていた。
「頑張りすぎだろ」
何時の間にか2人が帰ってきていた。
「これお前が作ったのか?」
ジロジロと俺だけでなく、砂の城をも見ている。
「他に誰が居るの?」
哲さんに顎をしゃくって指し示す。俺は無い無い、と手と首を横に振る。
「これだけできれば取り敢えずは使えそうだな」
恐らく? 正直記憶が少し……かは分からないが、欠損しただけでかなり心細い。
「城作るのに夢中で、見張り全くしてなかったとか無いよな?」
「えっ? う、うん! 勿論、ちゃんと見てたよ!」
若干キョドってしまったが、不信そうに睨みつつも見逃してくれた。
あれは絶対バレてた。哲さんみたいに全部忘れてる状態なら大目に見てもらえるんだろうが。
今更ながら海を見渡すも、さっきと何も変わらない。
灯台もさっきと同じで……。
「あれ?」
光の線がこっちに向かって伸びている……?
「どうした? 灯台に何かあるのか?」
俺と灯台の間に入り、それぞれを交互に見てくる。
「いや、灯台から光の線が伸びてきてるよね?」
「ああ、あの白だか虹色だかの筋か?」
「うん。あれがもしかしたら、ゆっくり回転しているかもしれない」
2人が出かける前と戻ってきた後の違いを簡単に説明した。
「となると、時計の役割も果たしている可能性はあるな」
俺も無道寺と同意見だ。
「星どころか、太陽も月も出てないからな。その割には快晴で明るい。
少し調べて見るのもありかもしれないな」
「それは俺が担当してていいよね?」
「いいけど、遊びすぎるなよ?」
悪戯坊主に釘を差すような感じを受ける。
「わ、分かってるってば」
視線が痛いので、目を逸らしながら努力すると付け加えた。
食事の準備のために焚き火を作るのだが、そんな都合よく乾いた木があるのか?
「枯れた木なら沢山あったぞ」
結構な割合であるらしく、倒れてくる事もあるから注意して守りに入らないとダメだったらしい。
火はライターで点け、その火でお湯を沸かす。お湯はフリーズドライにかける予定だ。
軽いし美味しいし、何より嵩張りにくいのが高得点。
入るだけ詰め込んで正解だった。リュックだけでは4人では1日使か持たないからな。
とは言っても節約したいので、乾パン少々と味噌汁のみだ。
「美味しい?」
「うん!」
余程美味しいのか、すぐに食べ終わってしまった。量が少ないので俺も程なくして食べ終わってしまう。
「でも……食べ足りないよ」
哲さんはお腹を擦りながら、反対手の親指を咥えている。
「ごめんね? 食べ物が確保できてないんだ。俺も我慢してるから、ね?」
ぼーっと火を眺めながら、軽く頷くのみだった。
「そういや、人が住んでいる形跡が見つかったぞ」
はっ? 今なんて言った?
「何でそれを早く言わなかったの?」
「そりゃあ今から行っても時間的に厳しいからな」
空を見上げるも、まだ全然明るい。
「明るさの問題じゃねーから」
「分かってるよ、そんな事は。それで?」
冗談だっての。冗談が通じなくて、俺も若干イラついてきた。
「明日はもっと奥まで行きたいが、そうすると1日じゃ戻って来れないかもな」
「俺等もついて来いってことか?」
「当たり前だろ? それ以外に何があるってんだよ」
口調と顔、それから小刻みに振動する足を見ていると胸糞悪くなる。
「何でそんなに怒ってるの?」
「起こってねーよ。お前こそ、怒ってるんじゃねーのか?」
「俺が? いつ怒ったって言うんだよ」
「おいよせ。そこのが怯えてるぞ」
誰がだよ?と思ったが、哲さんが萎縮していた。俺と男の子を交互に見ながら。
「今日はもう寝る、お休み」
「俺も寝るわ」
腹が減っているせいだと思いたいな……。
それにしても無性に苛々(いらいら)する。こんな中で寝られるはずがない。




