沈没
俺は酷く揺れる船の、薄暗い雑居房で目が覚めた。
まだ頭が少し痛む。頭を触ると、巻かれた包帯に触れた。
部屋には魘される健十郎と、持ち出すものが置かれている。
銃まであるのだが……。後で確認しないといけないな。
よく見ると、部屋の隅にある布団に哲さんが包まっていた。
解錠したまま閉まっている扉を開けると、嵐による凄まじい風が吹きつける。
床は濡れていて、薄っすらとではあるが滑りそうな程反射している。
時計は4時を差している。まだ明るいはずなのに、日の入りのような明るさだ。
揺れの中で足を滑らさないようにと、手摺を伝って船首楼へ向かう。
少し船尾側に傾いているのもあって、思っていたより時間がかかった。
「今どんな状況?」
一斉に俺に顔が向いた。
「頭、大丈夫なの?」
苦笑いしつつも、頭をとんとんと叩いてみせた。
「そう、良かったわ。今は手動で操縦してるところよ」
どうやら、此処は磁場が狂っていて自動操縦が強制解除されたらしい。
実際、コンパスの針も信じられない程回転していた。
誘爆しないようにと、あの後自動で全弾パージされたらしい。現在は丸腰とのこと……。
しかし速度上昇は愚か、沈没の貴県政は大幅に減ったと思う。
衝撃で海水淡水化装置も故障したようで、タンクにある分だけだと1000リットルくらいしか無い。
ここには水洗トイレしか無いため、お風呂は確実に無理だろう。
海水を汲み上げることも考えたが、危険すぎるということで却下された。
「ボートは無事なんだね?」
「少し欠けてるけど、問題はないわ」
ゴムボートではないため、空気が抜けるということは起きないのだとか。
「で、何処を目指してるの?」
「一応台風の目よ」
紙に書かれた略図で説明された。
台風は北半球では反時計回りに回転しているので、風向を12時と定義すると、3時方向が台風の目となる。
無論、普通の台風ではないので目は無いかもしれなしのだが……。
「つまり、横に流されつつも中央を向かっているってことでいいんだよね?」
「そうなるわね」
「それにしても、もう12時間位経つよね。そんなに巨大なの?」
そもそも前に進んでいるかもわからないのだが……。
「どう思う?」
疑問は受け流されて操縦者に運ばれる。
「俺にも分からん」
無道寺にも全く検討がつかないらしい。
そういやこの部屋には5人しかいないな。
「六車はどうしたの?」
「あいつさー、すってんころりんと海に落ちたのよ!まじうけるー」
ミサ婆さんが腹を抱えて笑っている。
「つまり……?」
「「溺死ね(だろ)」」
夫婦にでもなるのだろうかと思うほど、息ぴったりだった。
突如部屋に薄明光線のような光が直撃する。同時に船は更に揺れる。
「まさか追いつかれた?」
俺は慌てて外を確認するが、海しかなかった。何かに獅噛みつかないと立ってもいられない。
風が弱まっている。とは言ってもまだまだ暴風のレベルだが。
「違うわね。単純に台風の目に入っただけみたいね」
恐らく遠くには陸地があると思う。何しろ灯台らしきものが見えるからだ。
「灯台……?」
太陽のように明るい。温かみすら感じるが、眩しくも熱くもない。
それは、ここに文明があるよと主張している。
「恐らく? でも見たとこないわね」
少なくとも俺らの国ではない。
それよりも、その海だ。流されてるという感じはしない。だが渦潮が、無数の穴のように発生している。
そのせいか、浸水が再び始まる。それもあちこちで。
「すごい勢いで沈降してるけど……」
隔壁の間から侵入されてる感が否めない。
「おい。このペースだと、すぐにでも船を降りる準備が必要だぞ」
確かにすごい勢いで、海水が感知される部屋が増えている。
俺らは慎重に手摺を伝いながらも急いで道具を取りに行く。
寝ている2人を叩き起こす。一人は寝ぼけているが、もう片方はぐったりしている。
「健十郎、頑張って」
返事はない。しんどそうだ。内容物が無いために嘔吐が無いのは良かったが。
「ねぇねぇ。こんな危ない海水に飛び込む予定はなかったんだけど、浮き輪とかはないんだっけ?」
流石にボートに獅噛みついていられるか謎だ。
「ライフジャケットのこと? 確か持ってきたはずだけど……」
部屋には見当たらない。
「哲、知ってる?」
布団を指差す。大量の布団の下からオレンジ色のそれは出てきた。
全員これを装着して、各自1袋を担ぐ。俺は防災リュックだ。
発泡ウレタン樹脂の、硬くて丈夫な沈まないボートに乗り込む。
「別れる前に確認するけど、あの灯台のある島を目指す方針でいいよね?」
「そんなところでしょうね」
スイッチを押すと、ボートが降下し、徐々に海面に近づく。
船は後方が沈みかかり、全体としては船首が持ち上げられつつある。
禁書には豪華客船沈没の項目があったっけ……。ふと思い出した。
船の沈没に巻き込まれるから、早めに離れるぞと言われた。
「それじゃあ、あの島でまた!」
「お互い無事に、ね」
俺らは荒れる海を漕ぎだした。




