表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
暗黒郷
68/87

沈没

俺は酷く揺れる船の、薄暗い雑居房で目が覚めた。

まだ頭が少し痛む。頭を触ると、巻かれた包帯に触れた。

部屋には(うな)される健十郎と、持ち出すものが置かれている。

銃まであるのだが……。後で確認しないといけないな。

よく見ると、部屋の隅にある布団に哲さんが(くる)まっていた。

解錠したまま閉まっている扉を開けると、嵐による凄まじい風が吹きつける。

床は濡れていて、薄っすらとではあるが滑りそうな程反射している。


時計は4時を差している。まだ明るいはずなのに、日の入りのような明るさだ。

揺れの中で足を滑らさないようにと、手摺(てすり)を伝って船首楼(せんしゅろう)へ向かう。

少し船尾側に傾いているのもあって、思っていたより時間がかかった。


「今どんな状況?」

一斉に俺に顔が向いた。

「頭、大丈夫なの?」

苦笑いしつつも、頭をとんとんと叩いてみせた。

「そう、良かったわ。今は手動で操縦してるところよ」


どうやら、此処(ここ)は磁場が狂っていて自動操縦が強制解除されたらしい。

実際、コンパスの針も信じられない程回転していた。

誘爆しないようにと、あの後自動で全弾パージされたらしい。現在は丸腰とのこと……。

しかし速度上昇は愚か、沈没の貴県政は大幅に減ったと思う。

衝撃で海水淡水化装置も故障したようで、タンクにある分だけだと1000リットルくらいしか無い。

ここには水洗トイレしか無いため、お風呂は確実に無理だろう。

海水を()み上げることも考えたが、危険すぎるということで却下された。


「ボートは無事なんだね?」

「少し欠けてるけど、問題はないわ」

ゴムボートではないため、空気が抜けるということは起きないのだとか。

「で、何処(どこ)を目指してるの?」

「一応台風の目よ」

紙に書かれた略図で説明された。

台風は北半球では反時計回りに回転しているので、風向を12時と定義すると、3時方向が台風の目となる。

無論、普通の台風ではないので目は無いかもしれなしのだが……。


「つまり、横に流されつつも中央を向かっているってことでいいんだよね?」

「そうなるわね」

「それにしても、もう12時間位経つよね。そんなに巨大なの?」

そもそも前に進んでいるかもわからないのだが……。

「どう思う?」

疑問は受け流されて操縦者に運ばれる。

「俺にも分からん」

無道寺(むどうじ)にも全く検討がつかないらしい。


そういやこの部屋には5人しかいないな。

六車(むぐるま)はどうしたの?」

「あいつさー、すってんころりんと海に落ちたのよ!まじうけるー」

ミサ婆さんが腹を抱えて笑っている。

「つまり……?」

「「溺死ね(だろ)」」

夫婦にでもなるのだろうかと思うほど、息ぴったりだった。


突如部屋に薄明光線のような光が直撃する。同時に船は更に揺れる。

「まさか追いつかれた?」

俺は慌てて外を確認するが、海しかなかった。何かに獅噛(しが)みつかないと立ってもいられない。

風が弱まっている。とは言ってもまだまだ暴風のレベルだが。

「違うわね。単純に台風の目に入っただけみたいね」

恐らく遠くには陸地があると思う。何しろ灯台らしきものが見えるからだ。

「灯台……?」

太陽のように明るい。温かみすら感じるが、眩しくも熱くもない。

それは、ここに文明があるよと主張している。

「恐らく? でも見たとこないわね」

少なくとも俺らの国ではない。


それよりも、その海だ。流されてるという感じはしない。だが渦潮が、無数の穴のように発生している。

そのせいか、浸水が再び始まる。それもあちこちで。

「すごい勢いで沈降してるけど……」

隔壁の間から侵入されてる感が否めない。

「おい。このペースだと、すぐにでも船を降りる準備が必要だぞ」

確かにすごい勢いで、海水が感知される部屋が増えている。


俺らは慎重に手摺(てすり)を伝いながらも急いで道具を取りに行く。

寝ている2人を叩き起こす。一人は寝ぼけているが、もう片方はぐったりしている。

「健十郎、頑張って」

返事はない。しんどそうだ。内容物が無いために嘔吐(おうと)が無いのは良かったが。

「ねぇねぇ。こんな危ない海水に飛び込む予定はなかったんだけど、浮き輪とかはないんだっけ?」

流石にボートに獅噛(しが)みついていられるか謎だ。

「ライフジャケットのこと? 確か持ってきたはずだけど……」

部屋には見当たらない。

「哲、知ってる?」

布団を指差す。大量の布団の下からオレンジ色のそれは出てきた。


全員これを装着して、各自1袋を担ぐ。俺は防災リュックだ。

発泡ウレタン樹脂の、硬くて丈夫な沈まないボートに乗り込む。

「別れる前に確認するけど、あの灯台のある島を目指す方針でいいよね?」

「そんなところでしょうね」

スイッチを押すと、ボートが降下し、徐々に海面に近づく。

船は後方が沈みかかり、全体としては船首が持ち上げられつつある。

禁書には豪華客船沈没の項目があったっけ……。ふと思い出した。

船の沈没に巻き込まれるから、早めに離れるぞと言われた。

「それじゃあ、あの島でまた!」

「お互い無事に、ね」

俺らは荒れる海を()ぎだした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ