漁業戦艦
終皇80年8月30日 曇
小雨の中、暴風により風浪が生じている。
午前3時。1つ目の漁網を設置した。
「軍は余裕そうだな」
目視でも分かる光の玉が、船の後方に見える。
「あれが沈むなんてまず無いだろうからね」
赤白青の3色の光を発する軍艦はジパングの最新兵器である証なのだ。
「ついてないな……」
「そうだね……」
俺らは溜息をつきながら、黙々と漁網の準備を進めている。
「この水雷って意外と小さいよね」
ボーリングのボール程度の大きさだ。
「そりゃあ最新技術で小型化してるからな」
「あっ……」
水雷を1つ落としてしまった。
健十郎を視界に捉え、不器用だなと考えていたのだ。
「おい、気をつけろよ。あぶねーだろ?」
健十郎は足元に転がってきた水雷を括りつけ始める。
「あんまり驚いてるように見えないよ?」
「死を身近に感じてるからかもな」
「まぁ焦った所で爆発してたら終了だったし、一緒か」
俺も健十郎を見習って余所見しないでおこう。
無事、2つ目が海に投げられた。
早速、艦砲の準備に取り掛かる。
とは言っても、基本的に装填は自動なので、ゲームのように撃つだけだ。
やりたいというので健十郎に任せることにした。
めちゃくちゃ楽しそうなので、やや不安だ。やや? いや、相当かもしれない。
「ちゃんと狙えよ」
俺は健十郎の隣に座り、頬杖をついて見守る。
「威嚇射撃だろ?」
「そうだけど?」
健十郎の視線を感じるが、俺は生憎海に浮かぶ光を見ているのだ。
「なら、当てない方が良いだろ」
「狙って当てられると思ってるの?」
「自信はねーな」
「じゃあ狙ってけばいいんじゃない?
最初から外しにかかって、威嚇にもならなかったら意味ないし」
どうやら納得したようだ。
「撃つぜ」
「どうぞ」
レバーが引かれ、艦砲が発射された。凄まじい音だったが、防音構造のためか、鼓膜が破れはしなかった。
俺はそれを双眼鏡で追っている。
3色の光がある場所から、強烈は黄色の光が放たれるのが見えた。着弾したようだ。
命中しちゃったよ……。肝を潰してしまった。
「お前が当てるつもりで行けって言ったんだろ?」
健十郎も驚きを隠せないようで、そわそわしている。
「そうだけど、どうしよう」
「どうするもこうするも、相手次第だろ」
夜明けとともに本格始動する予定だったから、今は皆寝ている。
起こすべきか? そして、報告するべきか? ……迷う。
「あっ……」
健十郎が口を開けて見つめる先を俺も見ると、目の前で光が炸裂した。
同時に船体に強い衝撃が走る。艦砲が直撃したのだ。
国有の戦艦故に今回は耐えたが、同じ場所にもう一度当たれば完全に貫通するのは目に見えている。
追加で船体に衝撃が走る。見えなかったことから、魚雷の可能性が高い。
夜明け前に開戦してしまった。
「どうするよ」
「こうなったら撃ち返すしか無いよ。健十郎は艦砲を。俺が魚雷を発射するから」
俺は魚雷を操作する席に着く。左右にある全部の開口部を開き、球数を確認する。
全部を開いたため、ここからも見える場所でも何かが開いた。
今気づいたが、ミサイルもあるようだ。
小型魚雷16384発
小型ミサイル1024発
中型ミサイル20発
中型魚雷8発
大型ミサイル1発
想像以上に搭載されていた。何処に収納されているのやら……。
「何事なの?」
発射ボタンを押す直前に、突然開けられた扉から声が聞こえる。
「開戦しちゃったんだ……」
説明してよ、というサシャの顔が目に入る。
「威嚇射撃がさ、命中したんだぜ? 俺才能あるかもな!」
「オートだから、素人にでも簡単に当てられるわよ」
「えっ、そうなの?」
健十郎ではなく俺の方が驚いた。完全に俺のミスじゃないか……。
「兎に角、迎撃するのね?」
「うん。弾数はここに出てるよ」
俺の目の前の画面に注意を促す。
「全然足りないわね」
俺の感想とは逆だった。俺の疑問を察知したのかな?
「台風に入るまでの時間稼ぎをするには、って事よ」
補足をくれた。確かのそうだ。距離はまだある。3時間位か?
敵艦が光る。撃たれたのかと思ったら、トラップが爆発したようだ。
「トラップはいい仕事してるわね」
「艦砲は何発ある?」
海を見ているサシャを余所目に、健十郎に向けて大声で叫ぶ。
「残量不明だな。メーターが壊れてる」
主力武器の残量が不明。発射は可能。難しいな。
「取り敢えず、トラップをもう一つ置いた方が良いよね。魚雷防衛になるかもしれないし」
「そうね。私がやっておくわ」
「そういや他の人は誰も来ないけど……」
依然として3人しかいない部屋に疑問を感じる。
「あー……。衝撃で全部屋の開閉権限が此処に集約されてるんだわ」
確かに左隣には船の構造が映っている。
「こっちで解除かな?」
椅子を乗り換え、操作し始める。スマホを弄るような、拡大縮小が可能だった。
「全部開けちゃダメよ?」
既にサシャが戻ってきている。もう発射し終わったらしい。
「どうして?」
「水が流入した時のためよ」
サシャは3つの部屋を解錠した。よく知ってるな……。
再び衝撃が走る。魚雷が着弾したようだ。
ミサイルも近傍で爆発し、船が大きく揺れる。
「トラップ3つ使い終わってから発射でいいかな?」
「良いと思うわ。配分はどうする?」
うーん。小型魚雷は弾数が多いので、常時発射でいい。恐らく、これだけは最後まで持つはずだ。
小型ミサイルは10秒毎に1発の計算だが、その他の弾の配分というか使い所がわからない。
「どういうタイミングで撃つのが良いと思う?」
俺はサシャに助言を請う。
サシャの意見も、小型に関しては俺と一緒だった。
「艦砲がわからない以上、偶に中型を混ぜつつ……」
「おい、何やってる?」
無道寺の声が響く。漸く全員揃ったようだ。
簡単に説明をし、俺らが避難するための準備をお願いした。
「大型は、取り敢えず残しだな」
無道寺は此処に残るらしい。
「中型はどうするのが良いと思うの?」
サシャも自信がないらしく、無道寺に妙案を求める。
「中型魚雷は小型と混ぜて偶にでいいだろうが、中型ミサイルは半分は温存しておきたいな」
ここぞという時に一気にぶち込みたいらしい。
本当は前段一斉に撃ちたいんじゃないだろうか? と思ったが、それは健十郎だけのようだ。
俺は説明を聞きながらも、小型ミサイルを数発発射した。
タイミングを同じにして、第2トラップが敵艦と接触したようだ。
2つが相まって、心なしか揺れたように見える。結果的には無傷にしか見えないのだが……。
「悪い……。無理してたけど、そろそろ限界だわ……」
健十郎の顔色が良くない。今にも吐きそうだ。
そう言えば、乗り物に弱いんだったっけ……。
「大丈夫なの?」
「ただの船酔いだよ。こいつは揺れる乗り物が苦手だから」
「今まで平気だったわよね?」
「戦闘の揺れが効いたんだと思うよ。平時は殆ど揺れてなかったしね」
取り敢えずは納得したようで、サシャは安全ボートに一番近い部屋に健十郎を連れて行ってくれるとのこと。
そこには持っていくものも置いてあるらしいので、後で行ってみないといけないな。
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現在、艦砲は選手交代して無道寺である。
3つのトラップが接触し終わったので、小型魚雷の自動連射を開始している。
当たっているのかはよく判らないが、先程よりも揺れているからあたっていると思いたい。
小型2種の残弾は約半分だ。それ以外は艦砲を1発撃っただけである。
「他のはどうする?」
望遠鏡で距離を確認している無道寺に声をかける。
「必要はないかもしれん。距離が縮まってないからな」
確かに、隣のレーダーに映る相対距離は数字が固定されている。
もしかして罠のせいで抵抗が発生している?
「罠が効いてる?」
「分からんが、可能性はあるな」
「そろそろ日の出よ」
サシャが戻ってきた。確かに明るくなってきてはいる。
「結構長かったね」
「あなたの連れがゲロぶちまけたからよ」
あー……。口調が少しきつかった気がする。
「ごめん……」
「あなたが謝る必要はないわ」
やはり怒っているのだろうか?
4時53分。日の出を迎えた。
俺の右から、暖かくはない眩しい光が差す。予想以上に眩しくてカーテンを張る。
「そろそろ何か来ても可怪しくないわね」
「おい、撃ってきたぞ」
そんなフラグに依って、5時丁度に総射撃が来た。
朝日を浴びた赤黒い物体から火が噴いている。艦砲も撃たれている。
ミサイルの数が多すぎる。恐らく一度に撃てる最大数を叩き込んできているようだ。
「迎撃よ、迎撃。あんなの食らったらまずいわ」
サシャが焦るように言う。言われなくても分かっているから。俺は一斉に押す。
「魚雷もでしょ?」
忘れてた。慌てて中型魚雷2も発射する。
飛んでくるミサイルは空中で爆発して数を減らす。それでも目算で、1/3は残っている。
「衝撃に備えろ。それと何かの下に入れ」
俺はレーダーの下に隠れる。同時に衝撃が入る。
衝撃で窓ガラスが割れた。船も大きく揺れる。
船底に数カ所穴が空き、浸水が始まった。隔壁が自動で降りたため船体には殆ど影響はない。
しかし速度計の数字が減少している。
「失速してる」
床にはガラスが散らばっている。強化ガラスとは思えないレベルで粉々だ。
「此処はもう使えないわ」
「そうだね。前へ行こう」
船尾楼は放棄した。
船首楼に来て驚いた。
「台風はこんなに近かったっけ?」
数分から十数分で接触しそうな距離まで迫っていた。
「膨張だろ。この距離なら間に合うな」
各々の座席に座る。俺はミサイルと魚雷だ。
「じゃあ撃ち切ればいい?」
「そうだな。序でに艦砲も撃ち切ろう」
早速艦砲が放たれる。凄まじい音だ。
「さっきまでいた場所が邪魔で見えないね」
船尾楼が軍艦を遮っているのだ。
「距離はメーターに出てるだろ?」
「あー……。おっけー。行けるよ」
再び一斉にミサイルが放たれた。
今回はこちらが先手だ。中型2種は底をついたが、敵艦に大打撃が入ったはず……。
「おい、気を抜くな」
艦砲の連射が飛んできた。初弾は外れたが、弾が徐々に戦艦を捉える。
「もう少しよ」
後ろには台風が迫る。
自棄糞だ。大型もぶち込んでしまえ。
戦艦のド真ん中が大きく開き、巨大なミサイルが顔を出した。
ミサイルの発射と同時に速度が微増する。
それは空中で爆発し、第3の総射撃を一網打尽にした。
「すっご……」
と一人で喜んでいると、艦砲が船尾に直撃した。
衝撃で船首が突き上がり、再び落下する。
俺は無重力を体験した後、叩きつけられる。頭も打ってしまった。
「うっ」
一瞬意識が飛んだ。気分が悪い……。頭を打ったせいだろう。
速度は正常になったが、戦艦の後方が大破している。浸水領域も拡大しているようだ。
そんな中、戦艦が大きく右に曲がる。台風に接触したようだ。
間に合った!と思ったのも束の間。急カーブのせいで壁に激突し、今度は気を失ってしまった。




