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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
暗黒郷
59/87

首の折り方

【本日の天気予報】降“血”確率 90%以上。

洗濯物は干さないようにしましょう。また、足元を滑らせないように注意しましょう。


女性が騒いでいる。正直騒いでる内容は此処(ここ)ではありきたりだ。

俺にとって重要なのは、それが処刑対象になるかならないかだ。

危害を加えてないので、処刑対象にはならないが……。

前回は気に入らないからと、(うるさ)いからと、大勢が巻き込まれた形で殺された。


今回はどっちだ?そう思っている俺を余所目に、肉倉(ししくら)が刑務官達に話しかける。

あの、(ほとん)ど……、いや全く(しゃべ)らなかった肉倉(ししくら)が、だ。

肉倉(ししくら)は淡々と報告しているにすぎないといったところか?表情が全く無い。

女性は(うなず)くが、老人は拒否しているようだ。

再び口を閉ざす肉倉(ししくら)を放置し、2人の刑務官が何やら言い合っている。

方向性の違いだろうか?

老人は焦っているかのような表情だ。


結局、老人は折れたのか何処(どこ)かへ行ってしまった。

その間にも、沢山の袋を開封した。更に騒ぎは大きくなっている。

その轟音の中、彼女は俺に近づいてくる。

「ちょっといいかしら」

小声で、周囲になるべく聞こえないように声をかけてくる。

心配しなくても周囲の音で聞こえないと思うのだが……。

「はい。何でしょうか、メシア……」

「早速呼んでくれるのね。嬉しいわ」

お母さんのような、温か味のある笑顔だった。俺の顔はピクリともしない。

その温か味が俺の心に響いてこないのだから……。


俺は彼女に連れられ、部屋の端まで連れて行かれる。肉倉(ししくら)が居るところに、だ。

「彼も言っていたんだけど、あの騒音源の駆除で授業を行おうと思うわ」

だろうな。それについて言い争っていたんだろうか?怖くて聞けはしないが。

肉倉(ししくら)さんが教えてくれるんでしょうか?」

彼は首を振る。俺には口を利いてくれないようだ。

鬼束(おにつか)に教えてもらいなさい」

288番!と凄まじい声量で呼ばれ、鬼束(おにつか)は仕事を投げ出してこっちへ来る。

一瞬だが注目を浴び、静まり返った気がしたが、気がついた時には既に元通りだった。


鬼束(おにつか)は来るなり(ひざまず)く。

「彼に、素手での殺し方を教えてあげなさい」

「どの殺し方でしょうか?」

素手での殺し方もいくつかあるのか……。

「首をちょっと(ひね)って即死させるやつよ」

「仰せのままに、メシア……」

(ようや)く伏せられた顔を上げ、立ち上がると俺に(あご)をしゃくって指図してきた。

まだ下に見られているようだ。上下関係は正直どうでもいいのだが……。


音源に近づくにつれ、耳が痛くなる。

女性同士が抱き合い、何か騒いでいる。泣いている物もいるようだ。

僕らが集団に接触する直前に乾いた音が響いた。

乾きすぎた俺の心にもよく響く。


彼女は煙の出る銃火器を手に持って、右手を大きく挙げている。

隣には無言の29番が居る。

「諸君、おはよう」

既に誰もしゃべっていない。

「これから291番への授業を行う」

指を差されてしまったために、俺に注目が集まる。ほんの一瞬だけ。

「そこで騒いでいた君たちには、教材となってもらう」

そこ、と呼ばれた場所に居た(もの)達には動揺が走る。

「動いた場合は射殺なので、大人しくする事。以上だ。それでは始めよ」

一般大衆向けには彼女の言葉は規律正しいものなのだろうか。威厳が少しはあった。


鬼束(おにつか)はいきなり一番近い女性を引っ張り出す。

凄く痛そうな顔をしている。俺に泣きついてくるなよ?

「こいつを抑えてろ」

俺は言われるがまま抑えこむ。柔道の応用だ。

(うつぶ)せになったそれの背中に(また)がり、腕を(ひね)り痛みで拘束する。

「よく見ておけ」

鬼束(おにつか)はそれの(あご)を右手で、頭頂部を左手で(つか)む。

一瞬だった。骨の折れる鈍い音がしたと思った時には、それの顔は天井を向いていた。

(あご)が俺の方に突き出し、首は絞られたように少しだけ細長く引き伸ばされている。

「瞳孔と脈を確認しろ」

(しばら)くそのままの状態を維持された。

脈はないが、瞳孔にはまだ(わず)かに反応がある。


軽く小声で説明された。

骨折音は頚椎(けいつい)が折れる音らしい。

頚椎(けいつい)が骨折する事で頸髄(けいずい)も損傷を受け、神経も断絶する。

断絶したせいで脳から体に命令が行かなくなり、心肺停止になるようだ。

首を(ひね)る事で気道や(けい)動脈も塞がれ、一瞬で脳死状態になる。


あとは放置しておけば、勝手に息絶えるとの事。

何ともあっさりしていた。あっさりしすぎて、感想が浮かばない。


仮に生き返ったとしても植物状態になるだろう人形は、首が(ねじ)れたまま放置されている。

「そっちの奴でやってみろ」

先生は俺の練習台を連れてくる。

今度は俺と先生の役割が逆だ。

それは口をパクパクさせ俺に何かを訴えるが、気にせず(ねじ)る。

俺も生きるのに精一杯だ。悪く思うなよ? だから、手加減はしない。


……。


失敗だった。

頚椎(けいつい)は折れた。だが、脳死状態にはさせられなかった。

折るイメージ横に(ひね)ったのだが、(ひね)りが甘かったか?


「ポイントは、(あご)の先端を耳がある所へ向け、瞬間的に強い力で練り上げる事だ。

頭頂部はその逆へ動かすと良い。上手く行けば苦しませずに一瞬で意識がなくなる」

先生からアドバイスがもらえた。

苦しませずに、か……。滑稽だが、それでもその中で精いっぱいの配慮をしているのだろう。

「まぁ苦しもうが俺らには関係のない話だがな」

余計な一言だったな。どっちにしても、せめて苦しまないようにと、やる気が出たのは確かだ。


3体目は拘束から殺すところまで一人でしろと言われた。

俺はそれの腕を(ねじ)じりつつ引っ張り、同じように拘束する。

今回は腕を脚で挟んで状態の維持に務めた。

おかげで両手がフリーだ。

助言通りに(ひね)ると綺麗に折れた。最初のお手本ように良い具合だ。

上手くいったせいか、気分がいい。

棒状のお菓子を折るよう簡単に折れる気もする。


俺は愉しそうに、288番は終始黙然と作業を続ける。

外野と目があった。それらは化物を見るような顔をしている。

俺の事かな? そんな視線が心地よい。

虐げられる側から、一瞬でも虐げる側になれた事で(たが)が外れたようだ。


今日の天気予報は外れた。肌色の雪が積もった。

静まり返る此処(ここ)で今日、俺は一人前の兵士になった。

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