首の折り方
【本日の天気予報】降“血”確率 90%以上。
洗濯物は干さないようにしましょう。また、足元を滑らせないように注意しましょう。
女性が騒いでいる。正直騒いでる内容は此処ではありきたりだ。
俺にとって重要なのは、それが処刑対象になるかならないかだ。
危害を加えてないので、処刑対象にはならないが……。
前回は気に入らないからと、煩いからと、大勢が巻き込まれた形で殺された。
今回はどっちだ?そう思っている俺を余所目に、肉倉が刑務官達に話しかける。
あの、殆ど……、いや全く喋らなかった肉倉が、だ。
肉倉は淡々と報告しているにすぎないといったところか?表情が全く無い。
女性は頷くが、老人は拒否しているようだ。
再び口を閉ざす肉倉を放置し、2人の刑務官が何やら言い合っている。
方向性の違いだろうか?
老人は焦っているかのような表情だ。
結局、老人は折れたのか何処かへ行ってしまった。
その間にも、沢山の袋を開封した。更に騒ぎは大きくなっている。
その轟音の中、彼女は俺に近づいてくる。
「ちょっといいかしら」
小声で、周囲になるべく聞こえないように声をかけてくる。
心配しなくても周囲の音で聞こえないと思うのだが……。
「はい。何でしょうか、メシア……」
「早速呼んでくれるのね。嬉しいわ」
お母さんのような、温か味のある笑顔だった。俺の顔はピクリともしない。
その温か味が俺の心に響いてこないのだから……。
俺は彼女に連れられ、部屋の端まで連れて行かれる。肉倉が居るところに、だ。
「彼も言っていたんだけど、あの騒音源の駆除で授業を行おうと思うわ」
だろうな。それについて言い争っていたんだろうか?怖くて聞けはしないが。
「肉倉さんが教えてくれるんでしょうか?」
彼は首を振る。俺には口を利いてくれないようだ。
「鬼束に教えてもらいなさい」
288番!と凄まじい声量で呼ばれ、鬼束は仕事を投げ出してこっちへ来る。
一瞬だが注目を浴び、静まり返った気がしたが、気がついた時には既に元通りだった。
鬼束は来るなり跪く。
「彼に、素手での殺し方を教えてあげなさい」
「どの殺し方でしょうか?」
素手での殺し方もいくつかあるのか……。
「首をちょっと捻って即死させるやつよ」
「仰せのままに、メシア……」
漸く伏せられた顔を上げ、立ち上がると俺に顎をしゃくって指図してきた。
まだ下に見られているようだ。上下関係は正直どうでもいいのだが……。
音源に近づくにつれ、耳が痛くなる。
女性同士が抱き合い、何か騒いでいる。泣いている物もいるようだ。
僕らが集団に接触する直前に乾いた音が響いた。
乾きすぎた俺の心にもよく響く。
彼女は煙の出る銃火器を手に持って、右手を大きく挙げている。
隣には無言の29番が居る。
「諸君、おはよう」
既に誰もしゃべっていない。
「これから291番への授業を行う」
指を差されてしまったために、俺に注目が集まる。ほんの一瞬だけ。
「そこで騒いでいた君たちには、教材となってもらう」
そこ、と呼ばれた場所に居た物達には動揺が走る。
「動いた場合は射殺なので、大人しくする事。以上だ。それでは始めよ」
一般大衆向けには彼女の言葉は規律正しいものなのだろうか。威厳が少しはあった。
鬼束はいきなり一番近い女性を引っ張り出す。
凄く痛そうな顔をしている。俺に泣きついてくるなよ?
「こいつを抑えてろ」
俺は言われるがまま抑えこむ。柔道の応用だ。
俯せになったそれの背中に跨がり、腕を捻り痛みで拘束する。
「よく見ておけ」
鬼束はそれの顎を右手で、頭頂部を左手で掴む。
一瞬だった。骨の折れる鈍い音がしたと思った時には、それの顔は天井を向いていた。
顎が俺の方に突き出し、首は絞られたように少しだけ細長く引き伸ばされている。
「瞳孔と脈を確認しろ」
暫くそのままの状態を維持された。
脈はないが、瞳孔にはまだ僅かに反応がある。
軽く小声で説明された。
骨折音は頚椎が折れる音らしい。
頚椎が骨折する事で頸髄も損傷を受け、神経も断絶する。
断絶したせいで脳から体に命令が行かなくなり、心肺停止になるようだ。
首を捻る事で気道や頸動脈も塞がれ、一瞬で脳死状態になる。
あとは放置しておけば、勝手に息絶えるとの事。
何ともあっさりしていた。あっさりしすぎて、感想が浮かばない。
仮に生き返ったとしても植物状態になるだろう人形は、首が捻れたまま放置されている。
「そっちの奴でやってみろ」
先生は俺の練習台を連れてくる。
今度は俺と先生の役割が逆だ。
それは口をパクパクさせ俺に何かを訴えるが、気にせず捻る。
俺も生きるのに精一杯だ。悪く思うなよ? だから、手加減はしない。
……。
失敗だった。
頚椎は折れた。だが、脳死状態にはさせられなかった。
折るイメージ横に捻ったのだが、捻りが甘かったか?
「ポイントは、顎の先端を耳がある所へ向け、瞬間的に強い力で練り上げる事だ。
頭頂部はその逆へ動かすと良い。上手く行けば苦しませずに一瞬で意識がなくなる」
先生からアドバイスがもらえた。
苦しませずに、か……。滑稽だが、それでもその中で精いっぱいの配慮をしているのだろう。
「まぁ苦しもうが俺らには関係のない話だがな」
余計な一言だったな。どっちにしても、せめて苦しまないようにと、やる気が出たのは確かだ。
3体目は拘束から殺すところまで一人でしろと言われた。
俺はそれの腕を捻じりつつ引っ張り、同じように拘束する。
今回は腕を脚で挟んで状態の維持に務めた。
おかげで両手がフリーだ。
助言通りに捻ると綺麗に折れた。最初のお手本ように良い具合だ。
上手くいったせいか、気分がいい。
棒状のお菓子を折るよう簡単に折れる気もする。
俺は愉しそうに、288番は終始黙然と作業を続ける。
外野と目があった。それらは化物を見るような顔をしている。
俺の事かな? そんな視線が心地よい。
虐げられる側から、一瞬でも虐げる側になれた事で箍が外れたようだ。
今日の天気予報は外れた。肌色の雪が積もった。
静まり返る此処で今日、俺は一人前の兵士になった。




