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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
暗黒郷
58/87

傀儡子(くぐつ)

終皇80年8月27日 不明


日付を見て分かったが、丸1日は眠っていたようだ。

休息が取れたおかげで少しだけ正気が戻った気もする。

271番は相変わらず寝ている。額は汗と混ざった皮脂のお陰で少し粘っこい。

それを()めると(しょ)っぱかった。塩分補給は必要そうだな。

熱は大分下がり、咳も(ほとん)どしていない。明日にでも治りそうだ。


「いいかしら?」

空いている扉をノックしながら女性刑務官が入ってきた。

靴を脱ぎ、それをしっかりと揃えて……。

若い男性刑務官は土足だったのを思い出し、自分の靴を見ると……汚い脱ぎ方だった。

脱いであるだけマシか?


「これを飲むように」

黄色の錠剤が3粒、白色の(あめ)が3粒手渡された。袋などには入っていない。

「これは何ですか?」

「小さい方はビタミン栄養剤で、大きい方は塩(あめ)よ」

ビタミンCの色で黄色になっているのだろうか?

「今この部屋には3人居るわね?」

彼女は部屋を見回し、寝込んでいる271番と歯磨きをしている1番に目をやる。

「はい、その通りです」

「特別よ? 1人それぞれ1粒ずつ飲みなさい」

彼女は無い眼鏡をクイッと上げる。

「はぁ……」

俺は6つの粒を眺めている。

「不満そうね?マリオネットには支給しているわ」

「不満など一切ありません」

不満はないのだが、疑問に思っただけだ。今後は疑問を持つこともやめた方が良いかもしれない。

知ったがために俺は此処(ここ)に居るのだから。


「1番」

怒鳴ってはいないのだが、それに準ずる大きさだった。

その声に反応し、歯磨き中の1番は歯ブラシを口からスッポ抜きつつこちらに顔を向ける。

「はい」

機械のような返事が返ってきた。

「この事は他言無用よ。いいわね?」

彼女は親指で俺の掌にあるものを指す。何とも(たくま)しい仕草だ。

「それを食べればいいんですね?」

「飲むのよ」

無い喉仏(のどぼとけ)を指差す。再び親指で。

ゴクンと(つば)を飲み込み、「分かりました」と(かしこ)まる。

(あめ)は飲めないだろう……とは言わなかった。言えなかった。


「271番は今すぐそれを飲んで、ついてきなさい」

錠剤を飲み込み、(あめ)を口に含む。

「これを271番に……」

「飲ませりゃ良いんだろ?任せな」

俺は言い終わる前に返答が返ってきた。少し心配だが待たせられない。

脇目も振らずに部屋を出た。


連れてこられた先には、一人減った元6人組が居た。マリオネットだ。

「今日からこいつがリーダーだ」

こいつとは俺のことなのだが、彼女は急にそんなことを言い出し、少し驚いてしまった。

幸い誰も見ていないようで助かった。誤解すらも面倒だ。

「そこで此処(ここ)での全てを叩き込んで欲しい」

「「「仰せのままに」」」

綺麗に揃った礼だった。2人程は無言だったように思う。

彼女はそのまま早足で労働の監視に向かったようだ。


日留川(ひるかわ)の代わりにこいつか。使い物になんのか?」

255番が俺を品定めするかのように全身を隈無く見ている。ズボンの中まで見られた。

見られて困るものはないので、好きにさせておこう。

「まだお子様だよね。毛も生えてないよ」

404番も股間を(のぞ)き込んで好き勝手に言い放つ。

「てめーら、メシアの言うことに異論でもあんのか?ええっ!?」

厳つい顔の288番が狂信者の如く言い寄る。怒号の方が正解か。

255番と404番は言い訳をしている。固有名詞が飛び交うが、誰が誰か全くわからない。

その間も29番と301番は終始無言だった。この2人が先ほど無言だった者だろうか……。


「あのー……」

「何だ?」「何?」と3人が俺を(にら)んできた。288番だけが無言で。

「誰が誰か分からないので、自己紹介しませんか?」

全ての視線を受け流し、泰然自若とした態度で少し殺気を混ぜてみる。

そのせいかは(わか)らないが、すんなりと名前を聞くことが出来た。


上から順に、29番肉倉(ししくら)、288番鬼束(おにつか)、404番幽鷲(たまわし)、255番タグ、301番岩澤(いわざわ)と紹介された。

マリオネットにも階級があり、296番は最下位だったので俺の代わりに消えたらしい。


卍山下(まんざんか)にはまず規則を説明する」

鬼束(おにつか)は顔の割にはまともだった。説明も分かり易くを心がけている。


-------------


【規則】

刑務官に危害を加えようとした者は、その場で処刑せよ。

勝敗がなかなか付かない喧嘩では、その参加者全員をその場で処刑せよ。

病になった者は、その場で処刑せよ。

正当な処刑で生じた死体は食べても良い。

サボりには体罰を与えよ。

マリオネットは単体相手に負けてはならない。負けた場合は除名処分となる。

規則を口外してはならない。口外した場合は除名処分となる。


-------------


体罰は死なない程度の重症のことで、手足の骨を折るのも自由だそうだ。

除名処分は死刑宣告に(つな)がるので、絶対に負けてはいけないらしい。

処刑とは首の骨を折るらしいが……。


(ちな)みに、メシアは女性刑務官の事だった。

何と呼んでも良いらしいが、メシアと呼ぶと喜ぶとのこと。


「今日は新入りが来る日だ」

新しい囚人だろうか? 俺が入ってから、初めてだろうか。

また事故が起こるのだろうな。まぁ俺には関係のない事だ。

卍山下(まんざんか)にはそこで処刑の練習をしてもらう」

だろうな。予想出来ていたので全く驚かなかった。

要するに残念な新入りの処刑でもって、俺を教育するということだろう。

どうやって殺すのかはまだ知らないが。


歩きながら囚人の拘束具の解除方法も説明された。

手伝えということだろうか。

実際着くと何人かの先輩囚人が手伝っていた。

そのまま俺も手伝うことになったのだが、幾つか新たな発見があった。


1つは天井に絵があったということ。

誰がなんのために()いたのかは不明だが、確かに絵があった。

メビウスの帯が巻かれた一本の樹の絵だ。林檎(りんご)が実っている。


もう1つは、袋から出された囚人にはタグがついていたことか。

死体につけるような感じで足の親指に軽く巻かれている。

出荷される肉に付けられていると捉えてもいいだろうか。


俺は袋のチャックを引き下ろして足元まで開く。

「賞味期限?」

タグにはそう書かれていた。もう一つ消費期限も書かれていた。

「ああこれか?」

俺とペアで開封していた鬼束(おにつか)が答えてくれた。

賞味期限は美味しく食べられる期限。つまり食肉に出来る時間らしい。

消費期限は労働として使えるだろう期限。つまり奴隷として扱える時間だという。


誰か判定しているのか。知る日は来るのだろうか……。

そんな思いを抱きつつも、黙々と作業を続ける体は動きを止めた。

聞き覚えのあるような無いような。そんな悲鳴のせいで。


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