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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
暗黒郷
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ウォーターボーディング

「んあっ……」

眩しい。手術台の上にいるような明るさだ。

手を(かざ)そうとするが動かない。それどころか身動き1つ取れない。

足にかなりの痛みは残るが、手当はされたようだ。包帯らしきものが巻かれている感じはある。

「目が覚めた?」

女性刑務官の声が下から聞こえた。どうやら俺は縛り付けられているようだ。

此処(ここ)あ……?」

猿轡(さるぐつわ)のせいで上手く発音できなかった。口が無理やり開けられているのだ。

「隣の拷問室よ」

そう言えば、そんな部屋もあったっけ……。


頭に袋を被せられた。(つい)でに台が少し傾き、逆さ吊りにされた。

「怖い?」

ふふっという笑いを添えて尋ねられた。

怖くはない。自分を犠牲にすることで守れる者があるのだから。

「今から水攻めを行うわ」

水がたぷんたぷんという音を発しているのが聞こえる。

その水で拷問がこれから行われるのだろう。どれ程苦しいのかは俺には全く想像もつかない。

ただ単に呼吸困難という苦しさしか思いつかない。


「先に言っておくわね。外傷のない拷問の中で最も苦しいから」

無邪気な笑いとともに言われた内容のせいで鼓動が早くなる。

余計なことを言う前に早く始めて、さっさと終わらせて欲しい。


「じゃあ行くわよ」

袋の口から水が注ぎ込まれる。水の温度は冷たいな……。

それ以上の事を考えている余裕はなかった。


「がはっ、げほっ」

口は(のど)を閉めれば何とかなったのだが、鼻はどうしようもなかった。

鼻腔(びくう)に入り込んだ水のせいで反射的に(むせ)る。

同時に肺から空気が放出され、息を吸おうと口を使ってしまった。

既に水は口まで届いていて、瞬く間に溺水(できすい)状態に陥った。

苦しい、痛い……。

水が引いた。逆さ吊りが解除されたためだろうか。

「げほっげほっ」

早く酸素を……と、ぜーぜーと荒い呼吸をする。


「それは咽頭(いんとう)反射っていうのよ。異物を追い出そうとする反応ね」

短い解説が終わると同時に再び水が注ぎ込まれる。

足の痛みなんかどうでも良くなる程の苦しみの中で、俺は必至に呼吸うしようとする。

しかし、肺に入ってくるのは水ばかり。

俺の唾液と冷水が()い交ぜになり泡ぶく。


2回めの水攻めが終わった。たった2回で俺は意気阻喪となってしまった。

足の痛みが、生きている実感をくれる施しにすら感じられる。

「これを1日続けようと思ってるわ」

今なんて言った?冗談だよね?

俺はこれから続く地獄を想像し助けを求める。

だが開放はされない。尋問でもなければ拷問でもないので、逃げ道はない。

彼女の遊び道具としてここに居るのだから。


3回めの水攻めが終わった。

「血が登り過ぎないようにという配慮よ」

台を回転させながら余計な事を言われた。


-------------


その後非常に長い時間、数えきれないほどの水攻めが行われた。


「そろそろ休憩にしましょう」

台は最初の状態に戻り、袋が外され光が目に差し込む。

終わった……のか?

良い匂いがする。ご飯のようだ。

どうやら“彼女の”休憩だったらしい。

久々に嗅ぐ、まともなご馳走の匂いについつい(よだれ)が出てしまった。


あなたも欲しいの?と言われ(うなず)いたのだが、全く違うものが運ばれてきた。

「291番君。餌よ。あーんして?」

あーん。というより既に口は開きっぱなしだったのだが、開ききった口にチューブが入ってきた。

咄嗟(とっさ)の事で、吐き気を催してしまった。

「抵抗しないの。余計苦しいわよ?」

そんなことはお構いなしに、グイグイと挿入された。無事に胃に入ったらしい。

そして此処(ここ)に来るときに感じた、本来は気持ち悪いはずの得体の知れない快感に襲われる。

味のしない俺の食事は一瞬で終わった。


「ひどい顔ね」

彼女は鏡を見せてくれた。俺の顔が映っていた。

チューブが喉の奥まで(つな)がり、酷く辛そうな顔だ。

ボサボサの髪、汚そうな肌、口からは(よだれ)が垂れ、口周りには泡の跡がある。

泣いているのだろうか?目が充血していて、(ほお)が少し赤くなっている。

その赤い目は既に生気の大半を失ったような、焦点の合わない様相だった。

舌は白くなり、歯は黄ばんできている。まともな歯磨きも出来ないのだから仕方ないだろうか……。


鏡を見ながら温かいライトの光を浴びて眠気襲う。

「それじゃあ再開しましょうか」

チューブが抜かれ、袋が被せられる。眠る暇など与えられなかった。

最早抵抗する気すら起きない。

水か掛けられるたびに生に獅噛(しが)みつき(むせ)る。心を殺して何度も何度も。

彼女の歓喜の叫びは部屋で反響し、幾重にも重なった。


-------------


永遠とも言える“今日”が(ようや)く幕を閉じた。

俺は精神が分裂したり、幽体離脱したりはしなかった。合わさることで強くなったのだ。

それでも耐え切れなかった。代わりに彼女に従順な犬となって。


「今日からあなたは私のマリオネットよ」

彼女は俺の体を弄くり回す。様々な幹部を。

外界からの刺激をシャットアウトできるようになってしまった俺は微動だにしない。

それを確認すると嬉しそうに喜んでいるのが視界の端に入る。

「はい、ご主人様……」

俺は直立したまま真っ直ぐと遠くを見つめる。完全に人形だ。

「帰って休んでよし」

どうやら彼女の満足は得られたようだ。


すべての感覚が麻痺し、疲れているのか眠いのかすら分からない重い体を操作し、自分の部屋へと機械的に向かった。

俺はその部屋で、271番の隣で崩れるように眠りにつく。


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