統合
ふと思い出した。
弾かれている精神は、肉体から拒絶されているということを。
もしそうなら、今の僕が嚮後を受け入れればきっと……。
受け入れ方がわからない。
そう、受け入れ方がわからないのだ。
そもそも拒絶も意識的にしたわけではないのだから、逆だと言っても難しい。
「どうした。早くしろ」
彼女の声で我に返る。
器具を取り、急いで振り下ろす。
発狂するしか無い。だから大声を上げて。
296番の腸が顔を見せる。と同時に2人の悲鳴が聞こえた。
1つは296番の。もう1つは……僕のだった。
勢い良く割いたと同時に落ちた器具の音に混ざって銃声がよく聞こえなかった。
弾は足を貫き、血が滴っている。
痛みを意識したせいで崩れ落ちそうになるが、彼女が弾を詰めているのが目に入り、踏みとどまった。
はぁはぁ……。息が荒い。僕の息がだ。296番のもだが、僕の方が荒い……気がする。
彼女は僕の頭蓋を狙う。次の失敗は即、死に繋がると容易に想像できた。
時間を稼ぐ。落ちた機材を拾うことで。
不自然ではない程度に時間を稼ぐ。ゆっくりと元の場所に戻し、綺麗に汚れを拭き取って。
「なんだ、騒がしいな」
僕の声が聞こえた。それは嚮後のものだった。
痛みに反応して出てきたのだろうか?
「僕を助けて欲しいんだ」
僕は懇願した。
……。
だがなかなか返答を貰えなかった。
「助けて欲しいんだ」
もう一度僕はそういう。
「誰をだ?」
誰を?僕に決まってるじゃないか。
「僕を……」
「嫌だ」
僕が言い終わる前に即答された。死んでも嫌だという声色で。
「どうして?このままじゃ死んでしまう……」
「お前にとって、俺はお前じゃない。他人だ。だから助けてやる義理はないな」
切り捨てるように言い放った。どうでもいいことのようだ。
「僕が死んだら嚮後も死ぬんだよ?」
「それは結果的に俺も死ぬんであって、生きながらえたとしてもお前とのシーソーゲームに延々と囚われる。
うんざりだろ?いっそ楽になってしまおうぜ」
自殺発言をされてしまった。
嚮後を味方にできそうにない。ならばせめて……。
「分かった。この体を君に明け渡すよ」
嚮後が僕を見つめてくる。僅かに興味を持ってくれたようだ。
「当たり前だろ。助けてやる。俺の身体を、な」
嚮後は僕を身体から引き離そうとする。
そんな嚮後の腕を僕は掴み、
「代わりに、健十郎と哲さんを守ってほしいんだ」
「何で俺がそんなことしないといけねーんだよ」
嚮後は僕の腕を振り払おうとするが、僕は必至に獅噛みつく。
「お願いだ!このくそったれな世の中で、せめてもの希望がほしいんだ。
嚮後の中で地獄を死ぬまで見るなんて、僕には無理なんだよ……」
僕は嚮後に泣きつくが、顔を背けられた。
「百合さんの時みたいに何も出来ないなんて嫌なんだ……」
言ってから気付いた。あの時僕を守ってくれたのは嚮後だったのではないか?
「嚮後は本当に僕を助けてくれたの?」
嚮後は依然として顔を背け無言のままだ。
「そうなんだね?じゃあお礼を言わなきゃね。遅くなってごめんね?ありがとう。
僕はもう諦めるよ。だからさようならだね」
僕は嚮後から手を離し、嚮後を僕らの身体に押し込もうとする。
だが、嚮後の背中に触れた手を掴まれた。
彼は真剣な眼差しだった。
「気づくのがおせーんだよ」
殴られた。精神世界でも痛みはあった。
「お前は心が弱い。だから俺が肩代わりしてやったんだ」
「うん。ごめん」
僕は俯く。顔を直視できないからだ。恩人に仇なすようなことを言っていたのだから。
「あやまんな。俺は肉体の痛みに弱かったんだ。だから拷問に耐え切れなかった」
僕は嚮後の顔を覗き込むが、それを見られまいと顔を逸らされた。
「どういう……」
「お前が目覚めた理由だよ。言わせんなよ恥ずかしいな」
僕の知らない間に拷問されて、それに耐え切れなかったようだ。
「俺が手伝ってやる」
そう言うと裕さんを殴り殺した時のような状況になった。
意識はハッキリとしているのに、身体は楽しそうに。僕じゃないみたいな……。
「俺を受け入れろ」
裕さんの事を思い出しているのを感じ取ったようだ。
「今は余計なことを考えるな。生き残れないぞ?」
僕はその声に従い身体を半分明け渡す。初めての共同作業だった。
僕は気分悪く、嚮後は愉しそうに解体する。
僕は痛みが気にならないかのように、逆に嚮後は痛そうにしている。
僕らの奇声と彼女の笑い声と296番の悲鳴が綯い交ぜになった時は程なくして終わった。
296番の声が消え失せたのだから。
彼女は相変わらず笑い、僕らは愉快に分別を始めている。
「いいわ。ぞくぞくした。私の目に狂いはなかったようね」
褒められた気分がしない。嚮後も同感だったようだ。
「ちっ。あの尼。さっさと死ねばいいのにな」
「裕の事はすまなかったな」
突然、再度の謝罪が来た。
「だが生存戦略だ。俺を恨むなよ?」
許すかどうかは置いておいて、理由がわからない。
「どういうこと?」
「幽体離脱はお前も知ってるだろ?」
近場を浮遊してみるあれか?
「そうだ」
心を読まれた。まぁ同一の体に居るのだから当然といいえば当然なのだが……、僕には出来ないな。
「再び俺とお前が一つになれば分かることだ」
今なんて言った?僕はそんな顔をしたと思う。
「俺の方がお別れだ。いや、寧ろ俺ら2人共がお別れかもしれないな」
意味深な発言だった。
「それはどういう……」
最後まで言い切る前に頭痛が走った。
記憶が流れ込んでくるみたいに……。
衝撃に耐え切れず、倒れてしまった。
トレーをひっくり返し、パーツが顔にかかったところで意識が遠退いた。




