私室
労働が終わり、僕は彼女に連れられて特別棟に来た。
刑務官の個人部屋がある場所だ。
彼女の部屋は途中までは普通だった。
写真立もあり、中には家族写真や、他の刑務官も写っていた。
刑務官が写る方にはサインが書かれていた。
左から順に若い男の毒錫、彼女こと三重、老人の男の道珎だった。
まぁ名前で呼びでもしたら何されるかわからないので、覚える必要はないだろう。
途中から非凡な家庭の様相を呈す。
富豪と呼べる程の部屋には、装飾品や絵画のみならず、最新設備も置かれていて、統一感は感じられなかった。
にも関わらず豪華に配置されている辺りは流石というべきか。
「こっちよ」
更に奥の部屋に誘われた。
中は拷問部屋だった。
僕が拷問されるのだろうかと思っていたが、その奥にある扉に彼女は向かう。
一体どれだけ部屋があるというのだ……。
あったのは嘗て学校で見た解剖室に似ていた。
当然、学校の比ではない水準なのだが。
これが彼女一人の所有物だというのだから驚きを隠せない。
「僕が此処で捌かれればいいんですね?」
哲さんのためだ。
健十郎からこれ以上取り上げるのは良くないから。
結局のところ僕の自己満足なのだが。
「違うわ。あなたには彼をバラしてもらうわ」
そう言うと、彼女は箱から人形を取り出した。
本物そっくりな……。いや、本物なのだが。
死が確定したためか、小刻みに震えている。
全身を拘束され、話ができないようにされているため、特に騒がしいということはないのだが。
よく見ると、既に足の親指にはタグが付けられていた。
296番。
番号を見てから顔を覗く。やはり見たことがある。
うーんと何処だったっけ……。
すぐに思い出せた。そう、刑務官に従順な奴らの1人だ。
何でこんなことになってるんだろうか。
「不思議そうね」
彼女は道具の準備をしながら僕に話しかける。
「そう、ですね。彼は何かやらかしたんですか?」
「何も?」
何も……?何も無いのにこうなったということか?
「えっと……」
「説明が必要かしら?」
彼女は作業をやめて僕を見ている。無影灯からの強い光で、表情はよくわからない。
そのせいだろうか?睨んでいるように見えた気がする。
「……できれば、お願いします」
僕は下手に出た。聞かれたくないことを聞いたらまずいから。
「私ね。野獣を調教するのが趣味なの」
彼女は性癖を暴露し始めた。想像しながら発情しているようだ。
「あなたが同室の、それも大切だった人を嬲り殺したって聞いた時は興奮したわ!」
凄く嬉しそうだ。僕は耳を塞ぎたかった。塞ぐならここでするべきだった。
「その後もあなたは続々と囚人を殺していったの」
舌で指を舐めながら、早く早くと言わんばかりの顔だ。と思う。
「そんなあなたを調教できれば最高でしょ?」
そこまではよく分かった。
「それと彼はどういう関係が……?」
「最後まで黙って聞きなさい」
急に声のトーンが下がったので僕はビクッとしてしまい、慌てて頷いた。無言のままで。
「だからあなたを隔離して調教したのだけど、調教しすぎたのかしら」
何がおかしかったのだろう?研究で原因を追究するかのように思案を巡らせている。
「まるで別人のあなたができあがっちゃったわけ。想定外よ」
その影響で嚮後が再び眠り、僕が目覚めたわけか。
それってまずくないか?嚮後が耐えられない程のものが、僕にこれから襲いかかる可能性……。
いや、今は考えないでおこう。自分自身のために。
「ということで、一番のお気に入りになったあなたをマリオネットに加えようと思ったのよね」
僕を見つめている。暗闇から獲物を狙う猛獣のように。
「マリオネット……?」
「6人組の奴らよ。私に襲いかかる獣の排除とかもしているわね」
最初来た時に新入りを殺していた人たちか?
「29番とかの?」
「そうよ」
そう……。僕は彼女の言葉を反復するかのように心の中で呟いた。
「というわけで。あなたを正常に調教する前段階をここでするのよ」
準備ができたようで、彼女は道具を台の横に運んできた。
「解体すればいいんですよね?」
「そうよ。でもただ解剖するんじゃ意味が無いわ」
普通じゃない解剖がよくわからない。そう、表情で疑問を伝えた。
「簡単よ。いつも通りに激しく熱く殺っちゃってくれればいいのよ」
彼女は両手を非常にエロく、ゆっくり組みながらそう言った。
「えっ?」
「要するに下衆な笑いをしながら、愉しそうに殺ってくれればいいのよ。
序でに私も愉しませてくれればいいのよ」
僕に過度の期待が伸し掛かる。
それは嚮後のように僕がしなければならないということ。
僕は恐怖による精神崩壊を、分裂することで回避した。
僕らは再び入れ替わることで“元の僕”に耐性をつけることに成功した。
でも僕は“嚮後”とは違うのだ。何しろ考え方からして別物。
僕に迫真の演技ができるとは思えない。
だから、それを実現するには、融合するか、僕が体を手放すしか無いということ。
「どうした。できないのか?」
「い、いえ。できます。やります」
僕は顔を引きつらせ、体を強張らせ、声を震わせて解剖しようとする。
無理して真似ようとして全く違うものになってしまった。
バンっ。銃声が聞こえた。鼓膜が破れるかと思う程の。
発砲したのは彼女だった。鬼の形相をした刑務官が。
「そうじゃないでしょ?もう一度、最初から。器具を取るところからよ」
彼女は再び微笑んでくるが、細められた目は全く別の感情が宿っていた。
僕もあれくらいできれば……。
と余裕ぶっていると再び銃声が聞こえた。
今度は音以外の刺激があった。右耳の上辺りに風が通ったのだ。
髪が千切れて数本が僕の手の甲に舞い降りた。
どうやら次はない、という警告だったようだ。
彼女は相当の腕を持っている。
何しろ高校では弓道も必修で、狙うことは容易いのだ。
念のためとばかりに、僕の足元にも打ち込んできた。
今度は空を切る空撃のみならず、床の破片が足に降りかかった。
心臓が飛び出そうだ。
嚮後に体を渡すから、助けて欲しい。
そう心で叫ぶが、出てくる気配はない。時計の針は、精神世界に居るかのように止まっているのに。




