番号呼び
僕は目覚めた。真っ暗で良くわからない部屋の中で。
痛い。起き上がれそうにない。全身が痛いのだ。
殴り疲れたというような感じではない。
寧ろ殴られたかのような……。
僕は鈍い呻き声をあげていたんだと思う。
不意に光が差し込んだのだ。
突然のことで、目を細め、手を翳してしまった。
「あら。起きたの?」
その声は女性刑務官だった。
「ここは……?」
僕は首だけを少し上げて彼女を見る。
ポストのような所から僕を見ているのだ。僕からは目しか見えなかった。
「独居房よ」
一筋の光を頼りに見渡すと、確かにここはそれを連想するには十分だった。
小さな洋式トイレ、硬いベッド……。それくらいしかなかったのだから。
「僕は一体……?」
「あら。覚えてないのかしら?あなた、同室の505番を殺したのよ?」
「505番?」
番号はよく覚えていない。何しろ本名で呼んでいたのだから。
「それは誰ですか?」
「君よりずっと体格の良い子ね。痣だらけだったわね」
恐らく裕さんだろう。僕が……、いや、奴が殺したんだ。
「よくあの体格差で殺れたものね」
彼女は感心しているようだ。
その止めを受けて、僕は息を殺して泣き始めた。
「あら、泣いてるの?もう少しの辛抱よ。そうすればまた元の部屋に戻してあげる」
殺したのだから僕も処分ではないのだろうか?
泣き止み、彼女を見つめる僕の心を読んだのだろうか。
「505番の彼を殺しちゃった事は、隔離とは関係ないわ」
「意味がよくわからないのですが……」
「何体も殺しちゃったからよ。監獄の中で殺害狂になるなんて珍しいわね」
彼女は寧ろ喜んでいるようだ。
「そんなことをして、何故僕は生かされているのですか?」
小さな、しかし大きな疑問をぶつける。特大のだったかもしれない。
「そんな事は些細な問題だわ。あなた達は最早、法律上は“人”では無いのだから」
そう。僕らは脱線者。あの上っ面の幸せすら、僕は否定しまったのだから。
「それに、死んじゃったらただのお肉よ。505番もちゃんと皆で頂いたわ」
それを聞き、僕は吐き気を催した。便器へと駆け込み、出ないゲロを吐こうとする。
「今頃気持ち悪くなったの?」
えっ?僕は涎を滴らせながら振り向いた。
「あなたが一番美味しそうに食べてたわ。何度思い出してもゾクゾクするわね」
今正に見ているかのようだ。
「大事な人だったんでしょう?大事な人の味ってどんな感じ?」
興味深そうに、愉しそうに問いかけてくる。
彼女“も”イカれていたようだ。
僕から回答が得られないと思ったのか
「取り敢えず、ご飯は置いておくわね」
臭い飯。その一言に尽きる物体が部屋に挿入された。
「後数日の辛抱よ。そしたらまた殺れるわ」
それじゃあね。と、僕に得体の知れない期待を抱いて去っていった。
僕はその飯を味わわずに飲み込んだ。
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終皇80年8月23日 不明
昨日よりは明るい。
今日は独居房から開放されたのだ。
雑居房に移ると、部屋の前にあっただろう物がなかった。空欄となって。
あるのは1番、271番、291番の3つのみだった。
部屋の中には誰もいない。どうやら労働中らしい。
裕さんの匂いが微かに残る。
健十郎の匂いの方が強いため、そろそろ掻き消えそうなのだが……。
今日は仕事が割り当てられていない。だから雑居房で寛いでいた。
独居房ではほぼ休憩できたと捉えられるのに、だ。
寝ていると誰かが戻ってきた。
僕の知る2人だ。
大きい方の一人はぐったりしている。
小さい方の一人は感情がないかのようだ。
小さい彼は僕と目があった。
無視されるかと思ったが、寧ろ近づいてきた。
「どうしたの?」
「戻ってきたんだな、“291番”」
確かに僕は291番だが……。
「健十郎?」
「俺のことは“1番”と呼んでくれと、前も言ったよな?」
自分すらも“1番”と名乗ることで耐えているかのように。
僕は聞いていない。奴が聞いたのだろう。
「そろそろ就寝の時間だ。寝るぞ」
僕が何かを言う隙など与えずに言い放つ。
「あ、うん。そうだね……」
そう言うと2人は寝てしまった。速攻だった。
余程疲れが溜まっていると見える。
僕は眠くはなかったが、すぐに眠れた。
悪夢から覚めるかのように夢の中へ。
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翌日、目が覚めて身支度をした。
今日から労働なのだ。支度と言っても、顔を洗うだけだ。
歯ブラシは与えられているが、部屋に1本だ。歯磨き粉など無い。
健十郎が使った後に僕は使った。
健十郎の味がした。
歯磨きが終わった後気がついたのだが、哲さんが起きない。
「おい、27番。起きろ。もう朝だぞ」
哲さんにすら番号呼びだ。健十郎が揺するも起きない。
俯せになっている哲さんをひっくり返すと、非常に辛そうな顔をしていた。
体は火照り、汗が噴き出している。風邪を引いたようだ。
確実に熱もあるだろう。咳はしていないようだ。
「なんだ風邪か。さっさと立て」
健十郎が哲さんを無理やり引っ張る。
「風邪ひいてるんだよ?働けるわけ無いじゃん!」
哲さんの身を案じ、僕はそう訴えた。
「なんだ?お前、今日は自棄に優しいな。頭でも打ったか?」
不思議そうに僕を見る。
「お前の兄弟だろ?」
「271番は271番だろ。それ以上でも以下でもない」
僕は信じられなかった。健十郎が既に壊れきった後だったのだから。
来るのが遅かったのか女性刑務官がやって来た。
「おい何をしている。もう他のやつは揃っているぞ?」
彼女には昨日のような笑みなど欠片もなかった。
「271番が風邪を引きまして、無理やりにでも連れて参ろうかとしていたところです」
健十郎は目上の人に話しかけるようにそう言った。
「そうか。これ以上無理なようならダメになる前に解体でもするか」
まずい。哲さんまで居なくなってしまう。
「何か代替案はないんですか?」
焦った僕は咄嗟にそう言った。
「お前がこいつの分も働くのか?」
「僕の体で出来る範囲なら」
「その場合、睡眠時間は無いな」
「……。それでも構いません!」
一瞬迷ったが、僕は必至にそう言った。
「無理だな。そいつは1周間は治らない。薬は与えられないからな。
その間にお前が死んで、意味がなくなる」
間髪入れずに話は続いた。
「お前、体で出来ることならすると言ったな?」
「……はい」
「ならば後で私のところへ来い。調教してやる。代わりにそいつの休みは認めよう」
彼女は僕にだけ見えるように少しニヤついた。不敵な笑みで。




