ニンニク【※】
「よし。全員よく聞け。これから、そこにある物の解体を行う」
そこにある物。つまりは死体のことだろう。
「資料は見たが、人体解剖は全員履修済みだな?」
誰も異論は言わない。あっても言えそうにはないのだが。
「ならば、各自作業に取りかかれ。機材はそこに有る」
そう指差されたところを見ると、解体用具があった。
それ以外にも気付いたことがあった。
解体用具の近くには先輩と思われる囚人が居た。まるでマネキンのようにピクリとも動かない。
255番、288番、296番、301番、404番と書かれているな。
29番はというと……先程殺した物を黙々と解体中だ。
状況的には解体用具という名の武器が与えられ、女性刑務官は無防備だ。
絶好のチャンスではあるが、先輩囚人という不確定要素がそこにいる。
僕なら動かないな。絶対にね。
1人のバカは解体用具を手に、先輩囚人の近くで素振りを始めた。
様子を見ているのだろうか?
分からないが、結果を言えば先輩囚人は微動だにしなかった。
それで行けると思ったのか、走り出したのだが……
走り出したと同時に首が刎ねられた。
胴体は噴水となり、棒のように倒れ、反動で足が僅かにリバウンドし、動かなくなった。
首は宙を舞い、鈍い音を発して床に落ちた。僕の目の前で。
少し目が動いた気がする。僕を見つめたのだろうか?
定かではないが。
「抵抗しようとする馬鹿が多いとは思っていたが、そう言えば言い忘れていたな。
刑務にあたる者は皆、爆発物を装着し、センサーも装着している。
万が一殺されるようなことがあれば、この建物ごと木っ端微塵になる。
我々を殺せば君らは全員死に、殺さなければ永遠の奴隷だ。
まぁ頑張ると良い。奴隷として長生きできるように、な」
……。
なるほど。そういう事だったのか。
此処でも規則に縛られ、従順でなければならないのか。
死が蔓延る分、此処の方が酷そうではあるのだが。
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僕らは死にたての肉も、豚の屠殺の様に処理をした。
爪、体毛、骨、リンパなどの部位はゴミ処分場行きになった。
じゃあ残りはどうするのだろうか?
その答えはすぐに解った。
「残りの肉を持って調理場に行く」
「えっ?」やら「はっ?」やら、様々な疑問文が発せられた。
「これを調理してもらう。出来た料理は今晩の貴様らの食事になるからな」
と、女性刑務官は気持ち悪い事を平然と言って退ける。
想像して気分が悪くなったのか、失神した者も居た。
「気分が悪そうだが、既にお前たちは食べた事があるはずだぞ?
ニン↑ニク↓という国産肉だ。人の肉、つまり人肉の事だな」
止めの一言で、ゲロった者もいた。
「その汚物は自分で掃除しておけよ?終わらなかったらお前も食卓に上がってもらう事になるな」
それを聞き、吐いた者は慌てて、しかも必至に正気を保とうと奮い立つ。震える体で。
「そこのお前!」
え、僕?自分を指さし刑務官に問いかける。
「そうだ。お前はその倒れてる奴を叩き起こせ。直ぐに起きないようなら食材にでもしようか」
いやいやそれはないだろう。
僕は倒れる男を起こそうと揺するが、起きない。
頬を叩く。尚も起きない。
殴る。それも手加減無しで。しかし起きない。
死ぬよりはマシだろうと思い、蹴る。完膚無きまでに。一向に起きる気配がない。
エスカレートしていった。それでも起きない。
「起きないのなら諦めてもいいぞ?」
彼女は優しく微笑んできた。
僕は返って焦ってしまったようだ。更に強く殴り蹴り、僕の手足も痛くなった。
終いには頭を床に叩きつけていた。
結局起きなかった。そればかりか、殺してしまった。
僕は冷静だったつもりだったのだ。そのフリをすることで立っていられたのだと気付く。
そして、健十郎の青褪めた顔が目に入った。僕の顔を見ている。
その顔のお陰で冷静になれた。同時に“違う”と叫びたくなる気持ちが湧き上がった。
対照的に刑務官は嬉しそうだ。可憐とも言える笑顔を僕に向けて。
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料理のメニューは様々だったが、ローストニンニクもあった。
クリスマスに食べたメニューだ。
あの時は美味しそうに食べたのだ。知らなかったが故に。
人によって出された物は違った。
ある者には乳房のステーキが。
ある者には男性性器のフランクが。
ある者には舌の焼き肉が。
僕にはロースト人肉だった。よりにもよって、だ。
『残飯を出した者も明日の材料になってもらうから、そのつもりで』
女性刑務官は大声でそう叫ぶ。皆に聞こえるようにだ。
『では合唱』
「「「いただきまーす」」」
気分が優れないのか、声が大きかったのは先輩囚人達だけだったように思う。
『声が小さい!もう一度だ。合唱!』
怒鳴るような強烈な声量にびっくりしてしまった。
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
さっきよりも多くの人が大きな声で言った。
自棄糞といった声が多かっただろう。僕のも含めて。
ロースト人肉酷かった。
筋肉質なので硬いのだが、味付けは良く、本来ならば“美味しい”との評価になるはずだった。
但し、今回は同種族の肉であった事から脳が拒絶反応を起こす。
美味しいローストニンニクの旨味がする。
しかし気分が悪い。脳から脳にロースト人肉の悪味信号が送られて来るのだから。
脳は拒絶するのに、舌は美味しいと感じている。その差が吐き気を促す。
吐きそうなそれを水で無理やり腹にかき込んだ。
生きるために仕方なく。
吐いた者もいた。だが生きるために嘔吐物も再び腹に収めたようだ。
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食後に初日は施設の説明と明日からの役割分担の説明を受け、割り当てられた雑居房にいく。
僕は健十郎、裕さん、哲さんと一緒だった。
2人は先に連れてこられたのだろう。
4人部屋なので丁度いいのだが、臭い雰囲気が漂う。
ただ、その考えも一瞬で吹き飛んだ。
健十郎が信じられないというような顔を僕に向けていたのだから。




