ネズミーランド
恐らく、終皇79年7月20日 晴れ
黒山の人だかりだったようだ。
『到着よ。全員荷物持って集合』
「ホテルじゃねーのかよ」
第一声は哲兄だった。ウキウキが一瞬で消滅している。
もうこれでもかって程がっかりもしている。
「寧ろ旅館の方が良いでしょ」
「そうだな、覗けるかもしれんしな」
立ち直りも早かった。確かに旅館だと温泉だが……。
「変態」
百合姉は何故か胸を抑える。下じゃないんだ?
「何、無いもの隠してるんだよ。お前のなんか見たくもねーわ」
「一応女の子なんだし気を使ってあげたら?」
俺は百合姉をフォローした。
「一応って……もういいわ」
うん。フォロー失敗だったようだ。
『それじゃ、荷物を部屋においたら風呂入って御飯ね。御飯は19時の予定だから遅れないように』
「「「「はーい」」」」
確実に殆どの兄弟たちは返事をしていないな。
俺もしてないが。内緒だぞ?
男女それぞれ別で、大広間を2つも貸し切りにしたようだ。
その辺の仲居さんに聞いたら、スカイ首吊りタワーは東京にある一番高いタワーで、スカイダイビングが出来るらしい。年寄り用に、切れやすいロープもあったりという。
ウェルテル恐竜博物館は古代生物の発掘・研究・展示を行っていて、恐竜時代を再現するアトラクションもあるとのこと。
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翌日、朝食を食べたら早速ネズミーランドへ行った。
夏休みともあって凄まじい人数である。
近くにいる花姉と母さんの応答が聞こえてくる。
「ねぇ、来るの遅かったんじゃない?」
花姉が心配する程の人集りのようだ。
「大丈夫よ、満了者優遇券持ってきたから」
母さんはヒラヒラと優遇権を見せる。
「流石ね」
「花ちゃん皆に入場券配っといて」
どうやら家族全員分あるらしい。40枚弱か? 札束のようだ。
「わかったわ。お婆ちゃん後ほど」
「はいはい」
手を振る花姉に母さんも手を振り返している。
花姉が俺らに券を配り、他の兄弟達に配りに少し遠くまで行く。
「いい子に育ったものね」
婆ちゃんはしみじみとしている。
「ええ、長男長女は特に優秀ね。この2人がいればお婆ちゃんが居なくなっても大丈夫そうね」
母さんも負けじと感慨に耽る。
「そうねぇ。でもあんたはよくドジしてたけど今じゃ面影すら無いわ」
突然母さんの顔が真っ赤になる。こんな顔は初めて見た。間違いない。
「やめてください、昔のことは。墓まで持って行ってもらえると助かります」
声はまともだが、手の仕草と表情が確実に焦っていることを示している。
「ふふ、そうしておくわ」
母さんの昔の話が飛び出そうとしてきたが、聞けそうになかった。
「お客様、整理番号をお配りしております。満了者優遇券はお持ちでしょうか?」
係員がやって来た。そろそろか?
「ちょっと待って。えっと……これね。はいどうぞ」
「何名様でしょうか?」
「37人よ」
「畏まりました。ではこちらへどうぞ。向こうで券を確認いたします」
「さぁー、いくわよおー。全員ついてきなさい」
「「「はーい」」」
37人の大所帯が一斉に動き始めた。
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今日は4人での行動かな?
「うおーー、ひっろー」
手スリに乗って叫んでいる。哲兄がガキのようだ。
「当たり前でしょ。敷地面積は確か……100万㎡よ」
とんでもない広さだな。叫ばないまでも、驚きを隠せない。
「それで、どこいくの?」
裕兄はパンフレットを広げて皆に尋ねてくる。
「そりゃあまずは絶叫マシンだろ」
絶叫マシンはっと……。これか。
「スペーススパイラルだね。俺も哲兄と同じ」
「じゃあ私もそれでいいわ。特に何かしたいものもないし」
「僕はそういうのはちょっと……」
裕兄だけ嫌そうな顔をしている。
「裕、ビビってんのか?」
「裕兄ってこういうの苦手だよな」
裕兄は怖いものを先に排除してしまう傾向にあるからな。
「そうだよ、悪い?」
開き直りの速さは家系だろうか……。
「大丈夫。気持ち悪くなったら優しく診てあげるから」
「え、う、うん。わかったよ」
裕兄は百合姉に撫でられて、恥ずかしながらも、まんざらでもない顔をしている。
「俺には?」
そお。俺も欲しい!優しい抱擁が!
「健ちゃんは無くても大丈夫でしょ」
「ちぇー」
残念。
【本日は通常運転です。】
そう看板には書かれている。
「今日は通常運転だとさ。通常以外に何があるんだよ」
「休止中とか?」
哲兄も裕兄も知らないようだ。
「他には特殊運転とかあるわよ」
博識だなーと感心する。
「なんだそれ」
「例のあれよ。この世とお別れするー」
説明も上手い。ピンとくるような事を言う辺りが凄いのだが。
「あー、なるほどな」
「その意味では安心だね」
俺もまだ死にたくないな。もっと遊び倒したい。
「いや、特殊運転でも若者に死傷者なんて出ないわよ?」
「え、そういうもの?」
「稀に間違って死んじゃうらしいけど、運が悪かったと笑って流すものよ。
所謂事故ってやつね。事故のない完璧な物なんて存在しないから」
さらっとすごい事言ったような気もするが、普通の事だな。
「哲兄、早く順番ならぼーぜ」
「おう」
「あ、うん。そうだね」
【しばらくお待ちください。】
「やっと順番来たぞ。優先されても20分待ちとか」
「もう疲れた、怠い」
長く待たされ漸く乗り物に乗り、安全バーが降りる。
刺激がなさすぎて疲れたのだ。
「やっぱり乗りたくない……」
ここまで来て裕兄が駄々をこね始める。そもそももう降りられないが。
「ここまで来てそりゃあないぜ」
「裕ちゃんいい子いい子。大丈夫だから、ね?」
百合姉が裕兄の隣に座り、頭を撫でている。
「う、うん」
『それでは皆様、よい旅を~』
ガコン
「う、動いちゃった……」
「いってらっしゃいませ~』
「あ、う、漏れるかもしれない……」
裕兄が爆弾発言をする。
「おいやめろ、ぶち撒けるなよ?」
俺からも頼むから、マジで漏らさないで欲しい。
「多分大丈ぶわああああああああああああああ」
第1ウェーブに入った。
「いえーーい」
「ひっ……」
「少し刺激が足りないかしら」
「強がんなくてもいいぞ。やほーーい」
第2ウェーブに入った。
「あーーーーーーーー」
「強がってません」
「……」
「もっと声出して行けよ。盛り上がんねーな。もういっちょー」
第3ウェーブに入った。
「あはっ!あはははははは!俺に任せろおおお」
「おーいいねぇ。俺も負けてらんねえわ」
―10分経過―
「1回が長いね」
計30ウェーブもあるのだから当然だ。しかも最終ウェーブですら最高速度を叩き出せる。
「そうね。何しろ斜面に建ててあるから、どの落差もだいたい同じよ」
「後半のほうが面白かったな。地下まで行くとは思わなかったぜ」
「俺、もう一回乗りたい!」
「裕ちゃん大丈夫なの?」
「さぁ? 裕はいつもなら“僕”って言ってたよな」
「あはは!いつもと一緒だよ!えへへへ」
「ならいいけど……。健ちゃんはいつになく静かね」
「ちょっと……気分が悪い。トイレ行ってくる」
吐き気がする。乗り物酔いのような……。
「情けねーな。裕とは正反対で枯れちまったか?」
哲兄に背中を叩かれ、ホントにゲロりそうになった。
「行くなら2人でいってなさい。私は健ちゃんを診てるから」
「はーい。哲、行くよ」
「何でお前が仕切ってるんだよ。付いて来るのはお前の方だぞ」
「そんなのどっちでも良いよ」
「健ちゃん、気分はどう?」
百合姉は優しい。叩いたりせず、撫でてくれる。
「さっきよりは良いけど、まだ……」
「ここで待ってましょ。少し横になってなさい」
横になっていると百合姉が風を送ってくれた。涼しい。
「ありがとう、百合姉」
「どういたしまして」
―40分後―
「復活!」
元気いっぱいを体で表現する。
「健ちゃんは絶叫マシンにはもう乗らない方が良いわね」
「心配しなくても乗らないよ」
乗る気は全くない。一生乗らないと思う。
『やっほー』
裕兄の陽気な声が聞こえる。
「戻ってきたようね」
「面白いことは面白いが、2回目じゃスリル半減だな」
刺激が足りないといった様相だ。それでも満面の笑みだ。
「えー、超面白かったよ?俺何度でも乗れる気がする!」
「俺は二度と無理だな」
「健はまだまだ中身はお子様だったってことだ」
「年は関係ないと思うよ?」
「で、次何処行く?」
「御飯にしましょ。早く行かないと混み過ぎて買えなくなるかもしれないし」
百合姉は既に地図を開いている。
「確かに!」
「俺、マジドナルドがいい」
「そんなのここじゃなくても食べれるでしょ」
「ちっちっち!それが違うんだな。ヘドロジュースやデスバーガーとか色いろあるんだぜ?」
得意げだ。
「面白そう。そこにしよ?」
裕兄はワクワクしている。
「健ちゃんはそれでいい?」
「うん、別に構わないよ」
所詮は食べ物だからな。問題はないだろう。




