二手
放課後、裕さんたちの部屋に来た。絵里と一緒に。
ピンポーン。チャイムを押した。
何の返事もない。
「可怪しいな。誰も居ないのかな?」
「もう一度押してみたら?」
ピンポーン。絵里の提案通り、、もう一度押す。
やはり返事がない。
「出かけてるのかな?」
「かもしれないわね」
「実家の方にも行ってみるか」
「そうね」
入れ違いになるとアレなので、簡単な置き手紙をポストに入れておいた。
~今日何かあった? 飛鳥より~
エントランスホールを後にし、牧長家へと向かう。
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玄関は全開だった。
ピンポーン。チャイムを押す。
「「ごめんくださーい」」
序でに声もかけておいた。
『はーい。寛九郎、ちょっと出てくれる?』
『へーい』
ドタドタドタと誰か出てきた。指を口に銜え、辿々(たどたど)しい足取りの。
「こんにちは?」
その小さい男の子は疑問形で挨拶をしてきた。
誰だっけ……、思い出せない。
「僕、お名前は?」
「ネジ」
あー、ネジ……何番目だったっけ。忘れたな。
考え込んでいると、もう一人、僕と同い年くらいの男の子がやってきた。
「おい音十、何やってるんだよ」
非常にやる気のない音声だった。
ネジ君は首を傾げて、「なーに?」といった仕草だった。
「「こんにちは」」
その声に反応し、寛九郎くんがこっちを見る……、睨んでいる……?
「何の用?」
どうでもよさ気な、しかし冷たく鋭い目で僕を見ている。やはり睨んでいるのだろうか。
「健十郎が今日学校休んだんだけど、何かあったのかなって」
「さぁ?ボッチの事は、俺知らないけど」
やはりどうでも良さそうな返事だった。
「俺にはわからないから、母さん呼んでくるよ」
「あ、ありがとう」
親切なのではなく、丸投げしたい。そんな感じがした。
「行くぞ音十」
「うん」
そう言って寛九郎に反対の手を引かれて見えなくなった。
暫くすると「どちら様ー?」という声が近づいてくる。
「「こんにちは」」と言い終わると同時におばさんが出てきた。
「あら、飛鳥くんに絵里ちゃん、こんにちは。どうかしたの?」
「おばさん、健十郎は今何処に居るんですか?」
「健ちゃんとは学校で会わなかったの?」
寧ろ質問を返された。
「健十郎は今日、学校休んでて……」
「あら、そうなの……。昨日は当番じゃなかったから、裕ちゃん達の所で寝たはずよ。
だからそこから登校したものだとばかり……」
少し心配そうな顔をしている。
「裕さんの所は鍵がかかってて誰も居なかったんだ」
「まぁすぐ戻ってくるんじゃないかしら。いつもなら夕飯の材料買いに行く時間だから」
確かにそうだった。
「お友達を待たせるのもあれだから、鍵は渡しておくわね」
そう言うと奥からスペアキーを持ってきてくれた。
「ありがとう、おばさん」
「何で休んだのか、聞いておいてね」
「はーい」
「おばさん、さようなら」
「ばいばい」
おばさんは優しく手を振り、見送ってくれた。
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再び裕さんたちの部屋があるエントランスホールに戻ってきた。
僕らは本来単独で入れないのだが、門衛が生体認証などをスルーさせてくれた。
どうやらしょっちゅう来ていたせいだろう。
「走るなよ?」とだけ言われた。
鍵を開けて入るが、靴がないので誰も居ないことが直ぐ分かった。
奥のダイニングに繋がる扉を開けると、物が散乱していた。
「何これ!?」
散乱してはいるが、破片が飛び散っているということではない。
テーブルの上には食べかけの、昨日の夕食と思われる物が置かれている。
コップは倒れ、水垢を作っていた。
床にはフォークや箸、倒れた椅子、時計、服などがあった。
軽く見回した後、僕は慌てて他の部屋を見に行った。
他の部屋は綺麗だった。正確には荒らされてなかったというべきか。
哲さんの部屋はいつも通りの汚さだったのだから。
絵里はダイニングにずっと居たようだ。
戻ってきた僕に絵里は手渡された。
「ねぇこれ見て」
手紙のようだ。封蝋がしてあるという手の込み具合が嫌らしい。
開けてみるとなにか書かれていた
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卍山下飛鳥へ
日記が欲しければ図書館へ
健十郎が欲しければ学校へ
母親が欲しければ自宅へ
一人で来るように。
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「どういうこと?日記持ってないの?」
最初にそれを突っ込まれた。
「ごめん。実は紛失したんだ」
「何で言わなかったの?」
「だって、巻き込むなって絵里が言ったでしょ?だから、」
「……」
どうやら絵里は反論できないようだ。
「それでどうするの?」
「日記に書かれていた古本屋の手がかりはもう持ってるんだ。だから僕は学校に行くよ」
そう。日記はもう必要ない。あれば尚良いのだが、なかったらなかったでいいのだ。
健十郎は取り返さないといけない。
お母さんは心配だが絵里に行かせようかと思う。
「私も行く」
「ダメだよ」
僕は即答する。
「でも」
「絵里は巻き込ませられないよ。さっきも言ったよね?絵里が自分で言ったこと。
どうしてもって言うなら、僕の家に行って欲しいかな。お母さんが心配だし」
「……わかったわ」
渋々だが了承を得た。
僕らはマンションの外で分かれ、僕は学校へと向かう。
既に真っ暗闇だ。
風が少し強い午後7時過ぎだった。




