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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
ジパング
39/87

古本屋の在り処

終皇80年2月15か16日 星空

雲が僅かにかかり、見えないところもあるのだが。

そろそろ日付が変わるかな?体感なのでわからないが。


畳屋の隣を捜索し始める。

向かって右は塾だった建物のようだ。向かって左が探している場所なのかな・・・。

可怪(おか)しい。畳屋の隣はどちらも空き家になっていた。

既に営業していないのだ。しかも鍵が閉まっていない。


更に(しばら)く物色する。建物の中を隅々まで。

地下室があるという訳でもない。

高校生の百合さんの方が僕よりも行動範囲が広い。

この畳屋ではなかったのかもしれない・・・。

最後に念のため、外壁などを調査した。

室内は懐中電灯を使ったが、外は流石に心配だったので使わなかった。

そのせいで時間がかかってしまった。

しかもよくわからなかったという。


懐中電灯はポケットに仕舞ってあるが、日記は室内で見ていたのでそのまま手にしている。

「やっぱり違うかな・・・」

他のページを読んでからまた来よう。

そう思い、畳屋から離れようとすると、誰かに声をかけられた。


「そこで何をしているんだ?」

声は出さなかったが、心臓が飛び出しそうだった。

思わず唾を飲み込み、ゴクリという音が自分にもはっきりと聞こえた。

振り向くと、1人の大人がいた。声からして男なのは間違いない。

だが暗くてお互いの顔は見えない。


僕は慌てて逃げる。

男は一瞬遅れて僕を追いかけてくる。

距離は15mといったところか。

しかし、徐々に差は縮まっている。

小学校から鍛えられるため、僕も十分運動神経が有る。

だが、当然の事ながら大人はそれ以上なのだ。すべての意味に()いて、だ。


()くためには小回りの効く移動をしなければならない。

だから、迷路のような路地裏に入った。

ここは流石に僕でもよくわからない。だが選択肢がない。

相変わらず男は追いかけてくる。

雪なので走りにくい。男も走りにくそうだ。

全力で走ったおかげか、少しだけ距離が開いた気がする。

雪の足音のせいで未だ()けてはいないのだが。


走りながら考える。今走っている直線上は行き止まり。

左はないので右に曲がらなければ・・・。

だが、曲がる前で滑り、()けてしまった。

しかも日記を手放すという大失態。

放り投げられた日記は行き止まりの路地の奥まで滑っていく。

唯一の救いは、受け身をとったおかげで怪我をしなかったということだろう。


選択肢は2つだ。

1つは日記を無視して逃げる。

この場合、逃げきれる可能性は高いが、手がかりを永遠に失う。

なぜならこの場所に戻ってくる道がわからないからだ。


もう1つは日記を取りに行くこと。その後に柔道で戦うことになる。

この場合は確実に捕まるだろう。大人は柔道どころか弓道に剣道まで修めているのだから。


どちらの可能性も殆ど0(ゼロ)だ。


その一瞬の迷いが男を迫らせる。

直感で、日記を取りに行くことを選んだ。

日記を取り逆に走る。

もうすぐそこまで迫っている。

僕は左に曲がり逃げようとするが、男の手がリュックを(かす)めた。

(つか)み損なった男はバランスを崩し壁にぶつかる。

すぐに立ち直ったため、距離は殆ど無い。


その路地には曲がり角がなかった。

そのまま飛び出すと、僕の知らない大通りだった。

大分走ったのだとこの時気付いた。


小回りがきかなくなった僕はリュックを捕まれ、重心がずれたために再び転ぶ。

慌てて起き上がろうとするも、あっさりと押さえつけられてしまう。

びくともしないのだ。

恐怖のあまり悲鳴をあげようとするが、上がらなかった。

見ると手袋をした大きな手で口と鼻を押さえられている。

絶望を覚え涙が出る。


「こんばんは」

僕は口を抑えられているので話すことは出来ない。

代わりに男の目がありそうな場所を見つめる。

「大丈夫、心配しなくていい。本屋に来たんだろ?」

どういうことだろうか、と僕は目を白黒させた。

「詳しい話は向こうでしよう。ついて来てくれるかな?静かに、だ」

うんうんと首を縦に振る。

全く動かなかった手が離れていき、開放された。

「この日記は(しばら)く預からせてもらうね」

それを聞いて手を見ると……、日記がなかった。


-------------


ついていくと、畳屋の向かいの建物に連れて行かれた。

一見普通の家だった。ただし、一人で1階から屋上まで所有してるようだ。

「それじゃ自己紹介をしよう。私は一会(いちえ)と名乗っている。君は?」

「僕は・・・」

心配を悟ったのか

「大丈夫、私は君の敵じゃないから」

「僕は、飛鳥。卍山下(まんざんか)飛鳥」

「飛鳥くん。この日記はどうしたのかな?」

「百合さんから借りたんです」

「彼女と知り合いなのかな?」

「そうです」

「最近彼女が来ないんだが、何か知っているかな?」

僕は一会(いちえ)に状況を説明した。


-------------


部屋にあった時計は既に3時を指していた。

少し長話しすぎたようだ。


「なるほど。それでここに来たというわけだね?」

「はい。協力して欲しいんです」

「うーん。協力したいのはやまやまだが、今は無理だな」

「どうしてですか?」

「彼女がミスをしたのは確かだろう。だが君はミスする以前の問題だ。

今もマークされている君を招待する訳にはいかない」

「えっ!?ここは古本屋じゃないの?」

「ここは違うね。単なる私の家だよ。

ここから、君が持っていたその日記を見つけて声をかけたんだよ」

ポカーンとしてしまった。僕が一人で盛り上がっていただけだったようだ。

「招待できない理由だが、首を突っ込むには君は若すぎるからだ」

ぐうの音も出ない。

「君は国語は得意かい?」

黙りこむ僕から回答を得られなかったからか、質問を続ける。

「彼女も最初は苦手だったようだよ」

一会(いちえ)は懐かしむかのように(うなず)いた。

「僕も・・・・・・。とても苦手です。理解できないんです」

僕は自信の無さから顔を下にむけてしまった。

「そうか。ならアーカイブを利用したいのなら、国語を猛勉強することだ」

「お店はアブー烏賊(いか)ではないんですか?」

「ははは。それはただのアナグラムだよ。店名に意味は無い。

だから何と読んでくれても構わないよ。そういう意思表示なんだ」

「じゃあ、国語を勉強すれば使わせてくれるですか?」

「勿論。問題なく高校生になれば、だけどね。進級するには国語は必須だろ?」

「そう、ですね」

苦笑いを返すしかなかった。

「君の事情は緊急性はない。大きくなってからまた来なさい。

その時はこの家に来ると良い。私が責任をもって案内しよう」

そう言うと僕を帰宅させた。


鍵を見つけるまでは相当遠い。

だが、遠くても確実に手が届く。そう思うには十分な収穫だった。

今日は疲れた。帰ったら少しでも寝よう。そう思い家に帰る。

疲労した表情を浮かべ、しかし足取り軽く。


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