百合の日記
その日の夕飯はいつも以上に気合が入っていた。
料理もそうなのだが、高級レストランで出される物のような贅沢な食器に盛り付けられている。
「何かあったの?」
「聞きたい?」
お母さんは珍しく、ニヤニヤしていた。
「食器のことも気になるしね」
「実はね・・・」
お母さんの話によると、今日プレゼントを貰ったそうだ。
誰からかというと・・・、僕の担任だ。
僕が絵里と騒いでいた時ということになるのかな?
道理で騒いでいても先生が来なかったわけだ。
他の先生もそうだったのだろう。
いつも以上に学校が静かだったと、今頃思う。
「でも、先生と付き合うの嫌がってなかった?」
「嫌ってことはないわ。ただちょっと、距離を置いていただけかしらね」
「じゃあその距離が縮まったのはどうして?」
そう尋ねると詳しく教えてくれた。
事の発端は重症の僕が病院に搬送された事だったらしい。
足の裏が最も酷く、背中や横腹などに沢山の破片が刺さっていたため緊急手術が行われた。
出血多量で、大量に輸血されたみたいだ。
手術自体は危なげもなく終わったそうだが、その後意識が戻らなかった。
確かに今思えば空白の期間があった。
お母さんはその間、かなり憔悴していたらしい。
僕が目覚めてからも、廃人同然だったのだから当然だ。
先生は病院には来ていなかったな。
お母さんが家にいる時にでも来たのだろうか。
流石に魂だけで家までは行けなかったからな。
先生は、僕が元に戻るよう、色々手を尽くしていたらしい。
恐らくその影響でお母さんは心を寄せてしまったのだろう。
「それで、その食器を貰ったってことだよね?」
「そうなの」
嬉しそうに皿の家を撫で、それに乗る肉を野菜でくるんで頬張る。
お母さんには何も言うべきではないな。
先生にバレるという意味でも、お母さんが危なくなるという意味でも。
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食後、部屋に戻り早速日記を読む。
冒頭に目次があった。
古本屋の話が気になったので、真っ先にそこを見てしまう。
『古本屋』
都市伝説の本屋について書かれていた。
店名 :アブー烏賊
営業時間:16e36c8
営業天候:金貨
営業場所:空
入場資格:傘
何が書いてあるのか全くわからなかった。
その周囲に有る日記を読んでみた。
どうやら初めて行った時のものらしい。
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終皇76年7月19日
私は彼と一緒に、初めて古本屋に来ている。
辺りは静まり返り、星も出て、凄く気持ち良い風を感じる。
際立った目印はなかったのだけど、隣は畳屋さんなのは間違いない。
和式の建物で、風に乗って良い香りもしたかしら。
よくCMでやってるあのお店よ。
彼とはそういう関係じゃないの。
彼が「血に浮かぶ白十字」と言っていたかしら。
古本屋だと聞いていたのだけど、扱うものはデータのようね。
完全オフラインの古い機械ね。
データ量はZBと書かれている。
彼が言うには沢山入るという意味らしい。
今日は、私が興味を持った理想郷成立の歴史を調べたいかな。
そこで私には、「海に浮かぶ赤十字」が与えられた。
入場のための暗号かしら。
・・・・・・
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分かったのは、夜、星空、畳屋の隣、暗号が必要ということか。
暗号が1人1人違いそうだ。
入れないかもしれない。
畳屋さんはこの辺で1箇所しかないからな。場所は多分あそこだな。
静まり返ってるなら、確実に皆が寝ている時間だろうか。
午後10時~午前4時くらいかな・・・。わからないが。
どうしようか・・・。うーん。
よし、今日行こう。
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お母さんが寝る前におやすみを言いに来た。
絶対離さないぞという感じに、僕を抱き、頭を撫でながら頬にキスをした。
少し照れくさい。
「おやすみ」
僕もそう返し、寝たふりをする。
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今は11時だ。
念のため、早すぎず遅すぎず出かけようと思う。
寒いので防寒具は必須だが、街灯は10時にほぼすべてが消灯するため懐中電灯は必要だろう。
ただ、周りが暗いので光は目立ちすぎる。
極力使わずに行こう。
こっそりと温めておいたポットからお湯を水筒に入れ、暖と水分だけは確保する。
ただのお湯を持っていくのは、乾かせばお母さんにバレないだろうということからである。
家からこっそり抜け出し、硬い雪を長靴でゆっくりと踏み進む。
ランドセルは不味いと思いリュックにしたのだが・・・ランドセルの方が良かったかもしれないな。
リュックからヒラヒラしている紐が邪魔なのだ。
僕はこのリュックしか持っていないし、もう来ちゃったから次からは変えよう。
偶に人影が見えることがあった。
この時間に出歩いている人はほぼ例外なく僕の敵だろう。
見つかったらそれこそ今日終了するかもしれない。
そう心配していたが、杞憂に終わり、畳屋に到着した。
うん、良い香りだ。
畳だけでなく、木の優しい香りが、冷たい空気と混ざり鼻に突き刺さる。




