バレンタインの贈り物
終皇80年2月15日 晴れ
快晴とまでは行かないが、澄んだ空が綺麗だ。
今日はバレンタインデーだ。
バレンタインデーは2月14日以降の、最初の晴れの日と決まっている。
「恋が実るように」という願いを込めて、そうなっているのだ。
昔は快晴だったらしいのだが、3月末まで縺れ込んだ年があったらしく、晴れになったらしい。
ホワイトデーの方が先に来るという事体は本末転倒だからだ。
通学の途中でも、学校の中でも、放課後の帰路でも、皆が色めいている。
学生なら安上がりのチョコレートを渡すのが定番だ。
如何に心を込めるかが重要で、手作りのレベルを超えている。
義理チョコなどという不届きな物を渡す人は居ない。
なのに、チョコレートの手渡しは至る所で行われていた。
大人なら、結婚を前提とするため、金持ちなら車や家をプレゼントということもあるらしい。
健十郎のお母さんも何か凄い物を貰ったらしいが、教えてはくれなかったそうだ。
そう。求愛行動を行うのは何も女性だけではないのだ。
僕も欲しいかって?
生憎、今の僕はそれどころではない。
八方塞がりなのだから。
絵里は日記を返してくれない。
健十郎は話を聞いてくれない。
裕さんは部屋に入れてくれない。
哲さんにも会えない。
だから、哲さんを元に戻す手がかりが全く無いのだ。
しかも、進級試験が近づいている。
僕の苦手な国語が配点の90%を占める試験が、だ。
どうしたものだろう。
考えていても埒が明かない。
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今日も授業が終わった。
哲さんに関しては手がかりすら無いので、国語の猛勉強を今日から始めようと思う。
試験まであと1ヶ月。
間に合うだろうか……。
そこで絵里に話しかけた。
「あのさ、絵里」
「日記は渡せないから」
絵里はそそくさと帰ろうとする。
そうはさせまいと、立ち塞がる。
「今日は国語を教えてほしいんだ」
「それなら早くそう言ってよ」
呆れたようにランドセルを下ろし、僕の机の隣に座った。
粛々と勉強を続ける。
絵里は勉強も運動も得意で、教えるのも上手な方だ。
ぶっきらぼうだが、面倒見が良い。
「最近、飛鳥は笑わないね」
「そう?」
「思い詰め過ぎてると思う。もう少し気を抜いたほうが良いよ」
そうなのだろうか?
ただ、胸がもやもやする。
「大丈夫だよ」
僕は再び勉強を始める。
絵里の目線が気になった。
「何?」
振り向くといつもと同じ表情がこっちを見つめている。
いや、少し違う気がする。
危なっかしい子を見つめるかのような……。
「飛鳥は何で哲さんを助けたいの?」
「そんなの決まってるよ。大好きだし大切だから」
真剣に見つめ合う。恋愛感情は芽生えそうにない。
「大切な人なら他にも居るでしょ? 例えば……、飛鳥のお母さんとか」
「うん、お母さんも大好きだよ。健十郎も、絵里も、裕さんも、皆ね」
何が言いたいのだろうか? 分からない。
「なら! 哲さんを諦めたら、これ以上悪くならないから」
絵里の声が少し強くなった。
「なんでそうなるの!?」
僕はそれ以上に大きい声を出してしまう。幸い周囲には誰も居なかった。
「僕は皆大切なんだ。大きい小さいはあっても、1つも欠けてほしくない」
「そんなの無理に決まってるじゃない」
「やってみないと分かんないじゃん」
「そうやって百合さんも死んだんだよ?哲さんを助けるために周りを巻き込むの?」
無力さを思い出し、僕は泣き出してしまった。
「本当は、僕じゃ無理かもしれないってわかってるんだ。
でも助けたいんだ。皆のために……。ううん、僕のために!
諦めたら……、僕はここではもう、胸を張って生きていけないよ」
「そう」
絵里はランドセルから何かを取り出し、僕はそれを手渡された。
「何?」
それは小さな、しかし綺麗に包装された小箱だった。
「今日はバレンタインだから」
チョコレートでも入っているのだろうか……。
「恋をして気を紛らわせろってこと? 絵里がそんな奴だったなんて思わなかったよ!」
僕は怒り沸騰し、小箱を机に叩きつけた。
そのままランドセルを手に、教室から駆け出ようとする。
「待って、そうじゃない!」
今までの絵里の声を遥かに上回る声量だった。
だからだろうか? 思わす足を止め振り返ってしまった。
「何も言わずに開けて欲しい。それが私の気持ちだから」
怒りは冷めないものの、床に落ちたそれを拾い封を開ける。
「これは……」
中からは1冊の本が出てきた。そう、百合さんの日記だ。
「でも……」
「うん、本当は渡すつもりはなかった。でも、このままでもいけないと思ったの。
皆無事でも、飛鳥が二度と笑わなくなるような気がしたから」
僕は絵里が何を言ったのか理解するのに時間がかかった。
「えっと、それで?」
「大好きだよ、飛鳥」
そう聞こえた。少し顔を赤らめて、少し恥ずかしそうに、少し体を小さくして。
「……」
「でもこれだけは言わせて。無理はしないで。危なくなったら逃げて。絶対だからね」
「うん」
「もし飛鳥に何かがあっても、私は何も手伝わない」
はっきりとそう言われた。
「それは仕方ないよ。日記を返してくれただけで十分だよ!」
僕はフォローする。
「代わりに……、飛鳥に危険が迫っても、飛鳥の大事な人は私が守るから」
「……」
絵里は少し間を置き、深く深呼吸して、
「安心して哲さんを救ってあげて」
滅多に笑わない絵里が微笑んでくる。味方できた。そういう思いに包まれる。
「見えない所から支えて、心で応援してるからね」
嬉しさの余り僕は絵里に抱きついていた。
「僕も大好きだよ、絵里!」
2人で泣きあい、笑いあった。




