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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
ジパング
37/87

バレンタインの贈り物

終皇80年2月15日 晴れ

快晴とまでは行かないが、澄んだ空が綺麗だ。


今日はバレンタインデーだ。

バレンタインデーは2月14日以降の、最初の晴れの日と決まっている。

「恋が実るように」という願いを込めて、そうなっているのだ。

昔は快晴だったらしいのだが、3月末まで(もつ)れ込んだ年があったらしく、晴れになったらしい。

ホワイトデーの方が先に来るという事体は本末転倒だからだ。


通学の途中でも、学校の中でも、放課後の帰路でも、皆が色めいている。

学生なら安上がりのチョコレートを渡すのが定番だ。

如何(いか)に心を込めるかが重要で、手作りのレベルを超えている。

義理チョコなどという不届きな物を渡す人は居ない。

なのに、チョコレートの手渡しは至る所で行われていた。


大人なら、結婚を前提とするため、金持ちなら車や家をプレゼントということもあるらしい。

健十郎のお母さんも何か凄い物を貰ったらしいが、教えてはくれなかったそうだ。

そう。求愛行動を行うのは何も女性だけではないのだ。


僕も欲しいかって?

生憎(あいにく)、今の僕はそれどころではない。

八方塞がりなのだから。


絵里は日記を返してくれない。

健十郎は話を聞いてくれない。

裕さんは部屋に入れてくれない。

哲さんにも会えない。

だから、哲さんを元に戻す手がかりが全く無いのだ。


しかも、進級試験が近づいている。

僕の苦手な国語が配点の90%を占める試験が、だ。

どうしたものだろう。

考えていても(らち)が明かない。


-------------


今日も授業が終わった。

哲さんに関しては手がかりすら無いので、国語の猛勉強を今日から始めようと思う。

試験まであと1ヶ月。

間に合うだろうか……。


そこで絵里に話しかけた。

「あのさ、絵里」

「日記は渡せないから」

絵里はそそくさと帰ろうとする。

そうはさせまいと、立ち塞がる。

「今日は国語を教えてほしいんだ」

「それなら早くそう言ってよ」

呆れたようにランドセルを下ろし、僕の机の隣に座った。


粛々と勉強を続ける。

絵里は勉強も運動も得意で、教えるのも上手な方だ。

ぶっきらぼうだが、面倒見が良い。


「最近、飛鳥は笑わないね」

「そう?」

「思い詰め過ぎてると思う。もう少し気を抜いたほうが良いよ」

そうなのだろうか?

ただ、胸がもやもやする。

「大丈夫だよ」

僕は再び勉強を始める。


絵里の目線が気になった。

「何?」

振り向くといつもと同じ表情がこっちを見つめている。

いや、少し違う気がする。

危なっかしい子を見つめるかのような……。

「飛鳥は何で哲さんを助けたいの?」

「そんなの決まってるよ。大好きだし大切だから」

真剣に見つめ合う。恋愛感情は芽生えそうにない。

「大切な人なら他にも居るでしょ? 例えば……、飛鳥のお母さんとか」

「うん、お母さんも大好きだよ。健十郎も、絵里も、裕さんも、皆ね」

何が言いたいのだろうか? 分からない。


「なら! 哲さんを諦めたら、これ以上悪くならないから」

絵里の声が少し強くなった。

「なんでそうなるの!?」

僕はそれ以上に大きい声を出してしまう。幸い周囲には誰も居なかった。

「僕は皆大切なんだ。大きい小さいはあっても、1つも欠けてほしくない」

「そんなの無理に決まってるじゃない」

「やってみないと分かんないじゃん」

「そうやって百合さんも死んだんだよ?哲さんを助けるために周りを巻き込むの?」

無力さを思い出し、僕は泣き出してしまった。

「本当は、僕じゃ無理かもしれないってわかってるんだ。

でも助けたいんだ。皆のために……。ううん、僕のために!

諦めたら……、僕はここではもう、胸を張って生きていけないよ」

「そう」


絵里はランドセルから何かを取り出し、僕はそれを手渡された。

「何?」

それは小さな、しかし綺麗に包装された小箱だった。

「今日はバレンタインだから」

チョコレートでも入っているのだろうか……。

「恋をして気を紛らわせろってこと? 絵里がそんな奴だったなんて思わなかったよ!」

僕は怒り沸騰し、小箱を机に叩きつけた。

そのままランドセルを手に、教室から駆け出ようとする。

「待って、そうじゃない!」

今までの絵里の声を遥かに上回る声量だった。

だからだろうか? 思わす足を止め振り返ってしまった。

「何も言わずに開けて欲しい。それが私の気持ちだから」


怒りは冷めないものの、床に落ちたそれを拾い封を開ける。

「これは……」

中からは1冊の本が出てきた。そう、百合さんの日記だ。

「でも……」

「うん、本当は渡すつもりはなかった。でも、このままでもいけないと思ったの。

皆無事でも、飛鳥が二度と笑わなくなるような気がしたから」

僕は絵里が何を言ったのか理解するのに時間がかかった。


「えっと、それで?」

「大好きだよ、飛鳥」

そう聞こえた。少し顔を赤らめて、少し恥ずかしそうに、少し体を小さくして。

「……」

「でもこれだけは言わせて。無理はしないで。危なくなったら逃げて。絶対だからね」

「うん」

「もし飛鳥に何かがあっても、私は何も手伝わない」

はっきりとそう言われた。

「それは仕方ないよ。日記を返してくれただけで十分だよ!」

僕はフォローする。

「代わりに……、飛鳥に危険が迫っても、飛鳥の大事な人は私が守るから」

「……」

絵里は少し間を置き、深く深呼吸して、

「安心して哲さんを救ってあげて」

滅多に笑わない絵里が微笑んでくる。味方できた。そういう思いに包まれる。

「見えない所から支えて、心で応援してるからね」

嬉しさの余り僕は絵里に抱きついていた。

「僕も大好きだよ、絵里!」


2人で泣きあい、笑いあった。


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