体と心
終皇80年1月1日 大雪
昼なのに真っ暗だ。
気づいたら病室にいた。
どうやらまだ生きているようだ。
天気は窓から、日付はカレンダーから確認した。
僕は病室を歩きまわり、最後は絵里の隣りに座った。
だが、僕の体はベッドの上にある。
焦点の定まらない目で天井を見つめながら。
まるで廃人だ。
僕は終始、他人事のように見つめている。
お母さんもここに来ているようだ。
2人は僕の体に何かを話しかけているが、よく聞こえない。
口を読むことが出来ない僕には何を言っているのか知る術はない。
なぜこうなったのか思い出せない。
思い出すなという感情が強い。
だけど、思い出さないといけないという感情もある。
どっちが正しいのだろう?
答えは出そうにない。
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終皇80年1月3日 雪
昨日よりは明るい。
今日は健十郎も来ていた。
代わりにお母さんは居なかった。
健十郎は僕の顔を覗き込み、青ざめた顔をしている。
その後、絵里と何か話をしていた。
最初は絵里が状況説明しているように見えたが、途中から話し合いになったようだ。
最後の方は健十郎が激怒していた。
そんな様子を、暇なのでアテレコしてみた。
「こちらに見えますのが、卍山下飛鳥にございます。
理由はわかりませんが、現在は寝たきりとなっております。
目は開いていますが、何処を見ているのかわかりません。
面白いですね。口も半開きで、まさに廃人。
手を握ると温もりを感じます。
しかし、握り返されることはなく、手を離すと力なくその手は落ちます」
淡々と喋り続ける。
「眠っていた時間も不明。
こうなった原因も不明。
元に戻るかも不明。
為す術がありません。
親友のあなたはどうしますか?」
「どうするって何をだよ」
「元に戻る方法に決まってるじゃない」
「そんなのがあるのか?」
「わからないから聞いたんでしょ」
「そりゃあ・・・」
「助けるのよね?」
「当たり前だろ。俺の親友なんだからな」
おー、嬉しい限りである(棒)。
「何言ってるの。私の親友よ。将来結ばれるんだから」
「何をー!?俺の親友で、死ぬまで俺と一緒にきまってるだろ!」
おやおや?ホモだったんでしょうか。
・・・。
飽きてきた。
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終皇80年1月5日 雨
非常に冷たそうな雨だ。
そろそろ学校が始まるなあ・・・。
今日は自分の体に触れてみた。
触れてみたが、すり抜けたため触れてはいない。
そのまま体の乗るベッドで仰向けになった。
自分が2重になるように横になるが、一体化することはなく、何を見ているのかすら分からない。
今度は俯せになり、自分の顔を覗きこむ。
やはり焦点は合っていない。
口と鼻からチューブが差し込まれている。
痛くないのだろうか。
半開きの口から僅かに歯と舌が見えた。
そういえば歯磨きしてないな。
臭そうだな。
体は拭いてもらっているが。
丁寧に股間も拭いてくれている。
看護師は誰も見ていないのをいいことに、股間から飛び出す突起物を揉んでいる。
何をしているんだか・・・。
まぁ僕には関係ないことだけど。
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終皇80年1月10日 曇
あの雲は雨雲か?雪雲か?
今日は裕さんが来ていた。
僕を見ると泣き出し、体に抱きついた。
裕さんの方がそっち系だったのだろうか。
冗談だ。流石にそれはないということは分かっている。
今日は裕さんが僕の体を拭いてくれた。
あの看護師と違い、裕さんは全身隈無く拭いてくれたが、股間を揉んだりはしなかった。
代わりに腕やら脚やらを揉んでいた。
筋肉でも揉み解しているんだろうか?
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終皇80年1月16日 晴れ
風が強い。
今日は退院だった。
車椅子に乗せられ自宅に帰る。
僕はというと、車の屋根の上に乗っている。
なんとも気持ちいい。
風は感じないのだが。
家に着くとなんとなく本棚を見に行った。
何かあったはずだが思い出せない。
今はない。
それだけは分かった。
気にはなったが、思い出せないのだから重要なことではないのかもしれない。
今日のご飯は・・・残念ながら点滴だった。
まぁ仕方ないだろう。
明日は何か食べさせてもらえると良いね!




