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1億総活躍社会のディストピア  作者: シャム猫ジャム
ジパング
32/87

最後の晩餐【※】

それは銀色に光る刃物だった。

人を刺し殺し、貫くには十分過ぎる程大きい。

だが調理器具では無さそうだ。


そう。

無くなった健十郎の鍵、刃物、催事。

この3つが示すことは1つしかない。


「キャーーーーー」

百合さんの悲鳴だ。

突然の死の危険なのだから当然だろう。

だが問題はそこじゃない。

逃げ切れたとして、これが本当に神隠しの一環なのなら、この国に逃げ場はないということなのだ。

もう一つ問題がある。

哲さんへの影響だ。

百合さんは驚きの余り腰を抜かした。

対照的に絵里は冷静だ。

食器を投げて応戦している。


「哲!こっちを見ろ」

大声だ。でも怒ってはいない。

哲さんの視界にサンタが入らないように、だ。

「いいか?お兄ちゃんの言うことをよく聞け」

「うん」

「俺は絶対にお前からは離れないから、良いと言うまで目を閉じろ。そして両耳を手で塞げ」

「うん」

哲さんは素直に従った。

これで哲さんの問題は先送りできただろう。


サンタの対処法がわからない。

向こうには大型の刃物。こっちには包丁が1本。

逃げること自体は難しくない。1階なのが幸いした。

だが、逃げた場合誰か“ここ”で死ぬのは避けられないだろう。


「私が囮になるから、裕は哲を連れて逃げて」

百合さんは既に立ち上がっていた。流石だ。でも……。

「流石に一人じゃ無理だから、僕も応援する」

「飛鳥が行くなら私も……」

「いや、絵里も逃げて。日記をお願い」

そろそろ食器が無くなりそうだ……。

「でも」

「いいから!」

「わかった」


「痛っ……」

百合さんが食器の破片を踏んでしまったようだ。

その瞬間、サンタの刃物は百合さんの腹部に突き刺さる。

2人が一緒に床に転げ落ちる。

「がはっ……」

痛みの余り、百合さんは口を大きく開け、血を吐く。

そう、吐血(とけつ)だ。

これが肺に刺さっていたりすれば、喀血(かっけつ)と言うのだろうが……。

同時に、血飛沫(ちしぶき)も上がった。血溜まりが出来始め、壁や机には血が飛び散った。

百合さんは刃物を刺されたまま、サンタの下敷きになっている。


僕は百合さんの手から離れた包丁を手に取り、サンタに襲いかかった。

「うりゃああああ」

ぎこちない僕の攻撃は完全に見切られ、包丁は届かなかった。

そればかりか、蹴り飛ばされ、壁にぶち当たり、破片だらけの床に背中から倒れてしまう。

痛い……! 言葉が出ない程に……。

それでも百合さん程ではないだろう。


多分、僕に人を殺す覚悟が足りなかったのだと思う。

百合さんが刺されたのに、だ。

百合さんが絶命してしまえば今度は僕なのに……。


サンタは刺した刃物を引き抜き、更に突き刺す。

「痛い……」

何度も何度も。血溜まりは海のように。(のど)に血が満たされ(むせ)はするが、発声はしにくそうだ。

刃物には百合さんの綺麗な紅い臓器が引っかかっている。

それは伸び縮みしている内に切れてしまった。

「だ、ず、げ、て……」

目からは涙が零れ落ちている。声

もう発声するのも辛そうだ。意識が飛ばないのは更なる不幸だろう。

「お゛ね゛、がい゛……」

千切れた臓器も飛び散る。

何度も何度も。テーブルはペンキで塗られたように。

僕は痛みの余りなかなか起き上がれなかったが、百合さんの最後の視線と目が合う。

何か言おうとていたが、そのまま息絶えてしまった。

それでもサンタは叩きつけるように刃物を振り下ろし続ける。

何度も何度も。調理された臓器は床に転がる皿の上で、食されるのを待っているかのようだ。


痛みと恐怖と目の前の死で、僕は自暴自棄になってしまった。全身の痛みを忘れる程に。

「うわあああああ」

頬を温かい何かが伝い落ちる。多分涙だったと思う。


絶対殺してやる。

それ程の勢いで。


刺し違えても。

それ程の覚悟で。


だが、尚も(やいば)は届かない。

死んだ百合さんは最早どうでもいいのか、刺さった刃物ごと無視して僕を全力で蹴り飛ばす。

さっきよりも力強く、蹴られた衝撃で内蔵がどうかなったかもしれない。

その勢いで吹き飛ばされるが、今度は壁ではなかったようだ。

角に頭を打ち付け意識が飛びかける。

再び破片の海に、今度は横たわる様に叩きつけられた。

3重の痛みの中で意識が遠退いていく。

消えかかる意識の中で、近づいてくるサンタを見ていた。

幽体離脱したような、俯瞰視点で。

僕は自分の身体から大量の血が流れ出しているのを見ている。

百合さんの血と混ざり合って、今にも波が出来そうだ。

もう痛くはない。

まるで自分の体じゃないようだ。


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