バス旅行
『』←遠くから聞こえてくる会話
「」←近距離会話
面談が全員終わり、夏休みが正式に始動する。
「というわけでやってまいりました!夏休みー」
僕は大の字を描きながら跳ぶ。
「いゃっほー!」
健十郎も僕と同じように拳を空高らかに突き出しつつ飛び、僕らは幸福を分かち合うかのように肩を組んだ。
「あんたたちホント脳天気」
絵里はそうでもないような、つまらなそうな……、いつものような顔をしている。
「当たり前じゃん。夏休みは遊ぶための期間だしね!」
「飛鳥は遊んでる暇あるの?結局国語全然だったじゃん」
「二学期に頑張る!」
せっかくの楽しい気分を台無しにさせまいと話を終わらせようとするが……
「安心しろ。飛鳥はずーっとやらない」
「私もそう思うわ」
2人の声で失敗した。
「ひどい。2人ともそんな風に思ってたの?」
「うん」「おう」
開いた口が塞がらない。
「……。ま、まぁ?本気出せばすぐ出来るようになるし!技術みたいに」
健十郎にまで言われるのは想定外で、キョドってしまったが何とか持ち直した。
「そういや国語以外は尋常じゃないくらい出来るよね」
珍しく絵里からフォローが来たので喜んだのも束の間。
「それ出来ても何にもならないけどな?国語の成績が9割占めるからな」
それは言わないで欲しい。
「確かに今だけかも。中学じゃ体育は保健と合わさって保健体育になるし」
耳を塞ごうとするも余計なことが吹き込まれる。
「何、保健って。看病でもするの?」
「違うけど、鈍い飛鳥には多分無理だと思う」
「ぐぬぬ」
「ところで夏休みはどこ行くんだ? 俺はとりあえずネズミが蔓延る悪夢のテーマパークに行くよ!」
何だそれ……。
「ネズミーランド?」
「耳の捥げたネズミが声高らかに笑いながら、様々な恐怖をばら撒くんだよ」
だから何のキャッチフレーズだよ……。
ネズミーランドならパンフレットとかCMで見たことあるな。
「ヘドロジュースとかお化け屋敷とかあるんだっけ?」
「あるよ。即逝くヘドロジュースも心臓発作屋敷も人気だけど、一番人気はネズミの格好をしての銃撃戦。撃たれ、気持ちく、あの世行き!がキャッチコピーだったかな。銃撃戦の末に蜂の巣になったのがチーズの館な」
「へ、へえー」
なんとなく想像できてしまった。ブルってしまった。
「お年寄りに人気よね、それ」
「健十郎もやるの?」
少し心配になる。
「やるわけねーだろ。まだ死ぬ気ねーしな」
「あ、そうなんだ。てっきりやりたいから話題にしたのかと」
安堵とともに、僕は地べたに座る。
「家の爺ちゃん婆ちゃんがやるらしいから知ってただけだぞ」
「飛鳥は何処行くの?」
「普通にお爺ちゃんとお婆ちゃんに会いに行くだけだけど?」
いつもの事じゃん。絵里は知ってて聞いたのか?
「地味。でもその方が危なくなくていいかもね」
「そういう絵里はどこ行くんだよ」
「何処も行かないけど? 強いて言えば家で勉強、かな?」
「「……」」
2人の憐れむ視線が絵里に注がれる。
「何よ。行かないけど向こうが来るから問題無いわ」
「あー、そうなんだ。なら納得ー」
ははははは、と僕は口をヒクヒクさせながら目を逸らした。
「優等生の絵里じゃ冗談でも嘘言いそうにねーし、無理ねーな」
『健十郎!もう皆集まってるわよ!!』
『健兄おそいー』
遠くから健十郎を呼ぶ声が聞こえる。その方向には観光バスが1台止まっている。
「今行くー」
「うっわ、あのバス何?」
「ああ、家は37人兄弟だからバス借りて旅行行くんだよ」
「牧長ん家やばいね」
流石に37人兄弟だったのは初耳だったかもしれない。
いや、増えたからそうなったんだっけ?ちょっと記憶が曖昧だ……。
「飛鳥、知らなかったの?」
「多いって聞いてたけど37人は予想外」
「今時一人っ子の方が珍しい程だぜ?じゃーまたな」
「またねー」
絵里は小さく手を振るのみである。
「絵里って兄弟居るの?」
「教えない」
「え、何で?」
「何ででも。じゃあ私も帰るから。じゃあね」
「う、うん。ばいばいー」
確かに一人っ子は珍しいかもしれないな。
僕が校門を出るときにはバスはもう出発した後だった。
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バスに乗るともう皆そろっていた。
「おい健おせーぞ」
バスの中はざわざわとしている。
「わりー哲兄。何時来るかわかんなかったから飛鳥達と夏休みのこと喋ってたんだ」
俺は空いてる席を探しながら軽く謝った。
「集合場所で喋ってろよ」
「これこれ、喧嘩は良くないぞ。時間はた~っぷりあるんじゃから」
爺ちゃんは相変わらず優しい。大好きだよ!
「へーい」「うぃーっす」
愛想のない返事だ……。
「とりあえず、健は遅かったから余りな。ついでに音十の面倒は任せたぞ」
音十の隣の空いている席を指さされた。
「はぁー、まじかよ。ベビーシッター雇えよ」
うなだれてしまった。
「健ちゃん、向こうついたら居るからそれまでの辛抱よ」
「母さんが言うなら……」
渋々座席に座る。母さんの顔に免じて。
「先に点呼取るわよ。泰一郎」
『はい』
「潤二郎」
『はーい』
「幸三郎」
『はいはーい』
「聡四郎」
聡四郎が手を振る。
「こら聡君、ちゃんと返事しなさい。哲五郎」
「うぃーっす」
「裕六郎」
「はいっ!」
「昇七郎」
この点呼長いんだよなー……。
「母さんテレビつけてよ」
「はいはい。哲五郎、テレビつけてあげて」
「はー何で俺が……」
すっごいダルそうだが、どうやら付けてくれるようだ。
「一番近いでしょ?眞八郎」
「はい……」
「寛九郎」
『……』
「寛九郎?」
『あ、はーい』
「健十郎」
「へーい」
「喜十一郎」
『んなわけねーよ』
『こっちのが強いもん!』
「弥十二郎も大丈夫そうね。三十三郎」
『はーい』
「嘉十四郎」
『ん!』
「あら、元気よくおててあげて偉いわね!」
『えへへ』
『手だけでいいなら僕でも出来るもん』
「裕、年を考えなさい。次、恕十五郎」
「はぁい」
「與十六郎、風十七郎、杜十八郎、音十九郎はここにいるから平気ね」
「末弟がいないけど?」
「魅二十郎よ、名前覚えてあげなさい。3歳未満は託児所に預かってもらっているわ」
「面倒だし6歳未満でよかったんじゃね?」
「多い方が楽しいの。お母さんの楽しみをとらないで」
「まぁ別にいいけど。面倒見るのは俺じゃねーしな」
人事だと思って……。
「哲兄はさっさとくたばればいいと思うよ」
「やんのかてめえ」
「やんないよ」
「黙りなさい。次女子ね。花子」
母さんの黙りなさいには少し驚いてしまった。
『はーい』
「梅子」
『ハーイ』
「桜子」
『はいはーい』
「桃子」
『キャピ!』
『『『うっざ』』』
『出たよいつものウザウザしいのが。クッパに連れ去られて桃太郎にでもなってくればいいよ』
例えが酷い……。
『酷い、そこまで言うこと無いじゃん』
プンプン!と聞こえたような聞こえなかったような……。
「百合子」
「ここに居るわ」
「「ひゃあ!?」」
予想外のところからひょっこり顔を出してきたので、俺もビビってしまった。
「お前女子だろ?後ろ行けよ。つーか影薄すぎ」
哲兄は百合姉の頭を叩く。軽くだが。
「何で叩くのよ。何処に居たって私の勝手でしょ?」
「はい、次菫子」
『うちはこっち』
「椿子」
『……』
「椿子?」
『……』
「椿子!」
ズシズシと母さんが歩いて行った。
『椿子!何で返事しないの?』
『今漫画読むのに忙しいの。後にしてちょうだい』
『はい!って返事するだけでしょ?』
『それが怠いの。そもそも家に居たいのに、仕方なくついてきてあげたのよ?寧ろ感謝して欲しいくらいだわ』
『母さん、ほっとけばいいと思うよ』
『藍子、こういうことはしっかりと言わないとダメなのよ』
「母さん。やっぱりテレビつかないんだけど」
『今行くからちょっとまってなさい。えーっと、葵子、菊子はそこにいるわね、撫子は?』
『ここに隠れてるよ』
『じゃあ、大葉子は?』
『雛芥子と風信子と一緒に一番後ろで寝てるはずよ』
『うん、こっちに居るよ!』
『梔子、杏子、柚子も預けたし問題なさそうね。出してくださーい』
母さんはバックミラーに向かって手を振る。
運転手もその鏡に軽く会釈してバスを発車させた。
「母さん。テレビ付ける以前にテレビが出てこないんだけど」
テレビそのものが収容されているのだ。
「その辺にボタン付いてないの?」
「リモコンにはついてないけど」
哲兄はリモコンをもう一度確認し始める。
「バカ、テレビ本体の方よ」
「あ、出た出た。これで付くな」
普通に本体についていたようだ。哲兄はドジ……と。
【死んだら辿り着く夢の国へ、ネズミーランドでは優しく送り出します!人生やり切ったら、ここで幕を閉じてみませんか?気分絶好調で逝けます!葬儀場もありまぁす!】
丁度そういうCMが流れだす。
「爺ちゃんはどれするの?」
俺はパンフレットを片手に爺ちゃんに尋ねた。
「ワシはお化け屋敷にでもするかのう」
「もっと激しいのしようぜ」
哲兄が割り込んできた。激しいの好きの哲兄らしい言動だった。自分がしたいだけだろう?
「激しすぎると愉しむ前に逝っちゃうけど良いの?」
百合姉は爺ちゃんと少しでも長く遊びたいらしい。
「まぁ爺ちゃんが居なくても全部遊ぶつもりだしな」
ケラケラ笑っている。憎めない笑いな辺りが悪質だ。
「薄情な奴」
「合理的と言ってくれ給え」
無駄に気持ち悪い笑いがバス中に響き渡る。
「ねね、ネズミーランドにずーっと通うの?」
「はぁ?何言ってんだ裕。んなわけねーだろ」
裕兄が軽く叩かれた。この殴り魔め。
「じゃあ何するのさ。哲は知ってるの?」
「結構前に言ってただろうが、何処行きたいかって。んで、ネズミーランドとスカイ首吊りタワーとウェルテル恐竜博物館とか色々な」
それは俺も初耳かもしれない……。
「そこには何があるの?」
「自分で調べろよ」
言い合いがエスカレートしそうだ……。
「僕スマホ持ってないから」
「何でねーんだよ」
「PC買ってもらったからだよ。家にゲーミングPCあるじゃん?」
「あーあったな。なんかエロい画像入ってたやつだろ?」
「それ僕が取った画像じゃないからね?聡兄が取ったやつだから」
裕兄は顔を真赤にして反論しだす。しかも思わず立ち上がって。
自分が取ってしまったのを慌てて隠そうとしているようにも見える。
「ちょっと静かにしててくれない?煩いんだけど」
やばい、音十が身動ぎをしている。
「俺からも頼む。音十が泣いたら大変だ……」
「健は良いが、百合に言われんのが癪だな」
俺の願いは聞き届けられなかった。
「私の方が歳上なんだけど」
「誤差じゃねーか。コミュ障」
言ってやったぜ!っという勝ち誇った顔をしている。下衆だな。
「TPO弁えろよカスが」
それ以上の暴言が飛び出した。まさかの百合姉から……。
「本性出たぞー!こえー、無視しとこ」
バコーン、バコーン。かなり痛そうな音だった。
自発的に座ろうとした哲兄は、強制的に座ることになった。
「「いったー」」
「2人共静かにしなさい」
犯人は母さんである。手には黒と白銀の丸い武器が握られている。
「どこから持ってきたんだよそのフライパン」
「何で私まで?」
「2人共悪い。反省しなさい」
と、到着するまで説教が続いた。やれやれである。