生死論
終皇79年10月14日 雨
雨が冷たくなってきた。
今日の道徳の授業は「生死観」についてだった。
「今日は難しいかもしれないが、徐々に理解していこうな」
という一声で授業は始まった。
また退屈な教科書の朗読である。
最初は生死の定義であった。
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生と死は表裏一体の関係である。
それは何故か?
生物の状態は、基本的には生と死に大別されるからだ。
例外としては、仮死状態がある。
生死には4つの概念がある。
1つは有る無いといった状態である。
「生=有る」「死=無い」と定義し、命、魂、心、精神などが有るのか無いのかという話だ。
1つは肉体としての生死である。
呼吸をしてない、心臓が止まっているといった、生きていればあるはずのバイタルサインが無い状態のことだ。
この場合、人工呼吸や心臓マッサージをすることで蘇生することができる。
生き返った。
そう言われるのはこれが理由である。
バイタルサインが有れば、“肉体は”生きているということになる。
蘇生が成功すると、結果的に仮死状態だったこともわかる。
魂はまだ生きているとの解釈は、ここより出づる。
1つは脳の生死である。
肉体は生きていても、脳が死んでいる場合もあるためで、特に脳幹の不可逆的損傷を受けている状態を脳死と言う。
脳死の場合、自我が無いため意思疎通は不可能で、肉体は寝たきりとなる。
脳死は一般に抜け殻とも廃人とも呼ばれる。
1つは記憶の連続性である。
肉体も脳も生きてはいても、人格が異なる場合がある。
例えば重度の記憶喪失の場合、記憶が隔たるため、今までの自分を自分と認識できないこともある。
自分だった者と別の成長をするため、過去の自分は記憶が戻らない限り死んだと捉えることも可能だ。
この連続性の解釈を肉体そのものにも適用し、解釈を拡大すると、次のことも議論できる。
1卵生双生児は、DNA的に、即ち肉体的に同一でも、自分と他者で経験が違い、これに依って記憶も違う。
故に別人である。
長い年月を経ると、肉体的差異は確実に現れる。
死体を仮に蘇生できるとして、それは連続していないため、別人である。
記憶の中では連続しているが、肉体が連続していないためである。
但し、これを更に拡張すると、必ずしも間違いとは言えないものの、睡眠の前後では別人であるという曲解にたどり着いてしまうため、注意が必要である。
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「何か質問はあるかな?」
「はい」
「はい、飛鳥」
「記憶の新しい側から半分を失った場合、それはやはり別人ですか?」
「そうだな。精神だけで見れば直前の人格と比べて同一とは言い難いな。
ただ、過去の時点で見れば、そこ時点までは同一だったと言うことはできるだろう。
記憶が戻らなければそのまま新たな人生を、新たな記憶で生きていくことになる。
別人と捉えて置く方が本人のためだろう」
「じゃあ記憶の回復は諦めたほうが良いですか?」
「本人に強要しない形で回復の手助けをするのは十分あり得る。
健十郎のお兄さんの事だな?
本人のやりたいようにやらせつつ、ケアしていくことが大事だと思うぞ。」
「わかりました」
「他に何か質問ある人?」
「では、次の死後の解釈を、碓氷。読んでくれ」
「はい」
やっぱそうだよなー。
少しボーっとしながら考え事をした。
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今日の放課後も哲さんの様子を見に行く。
最近では日課になったように感じる。
健十郎が僕の相手をしないせいだとも言えるが・・・。
まぁ哲さんと遊ぶのは嫌いじゃない。
寧ろ楽しいくらいだ。
絵里はあの1回しか来ていない。
「こんにちはー」
「ただいまー」
「飛鳥くん、いらっしゃーい!」
「おかえりー。あ、飛鳥お兄ちゃんもこんにちは!」
「はいはい、いらっしゃい」
「あれ。何で百合姉も居るんだ?」
「調べ物の報告をしようと思ってね」
「飛鳥お兄ちゃんも一緒に遊ぼおー」
「哲ちゃん、今日は何して遊ぶ?」
「んーっとね。お兄ちゃんが決めて!」
「じゃー、トランプでいいかな?」
「わかったー。取ってくるね!」
「話は健が御飯用意してる時にするわ。
哲には健の手伝いしてもらうわ」
「はー何で俺が面倒見なきゃなんねーんだよ」
「い・い・わ・ね?」
「・・・。わかったよ。しゃーなしだぞ」
「良い子ね」
「やめろよ。子供じゃないんだから」
健十郎は百合さんに撫でられるのを嫌がっていた。
もしかしたら、恥ずかしがっていたという方が正しいのかもしれない。
バタバタと走ってきた。
身体は18歳なので地響きが凄い。
このため、1階を借りているのだと思う。
「持ってきた!」
「哲、ありがとぅ!」
「哲ちゃん助かるよ!」
「えへへ!」
「じゃートランプで何する?」
「うーん。裕兄が決めて!」
「無難にババ抜きかな?」
「おっけー。配るねー」
「負けないからね!」
「俺も負ける気しないなー!」
「それ、僕が負けろってこと!?」
あははは、と笑い声が響き渡る。
今日も楽しく放課後ライフだ。
対照的に健十郎は非常につまらなそうだった。
偶に視線を感じたので振り返ると、陰険な目つきをしていた。
僕と目があった瞬間直ぐに作り笑いになったのは今でもよく覚えている。




