謂(いわ)れのない殺気
終皇79年8月3日 晴れ
夏野菜の栄養のおかげか、大分身体が楽だ。
今日は海に出かける。
「えっと、浮き輪とゴーグルと飲み物!」
「海水パンツ忘れてるわよ」
「そのまんまじゃダメなの?着衣水泳みたいな感じで・・・」
「ダメよ」
「はぁーい」
「サンダルにしなさい。砂が靴に入るわよ?」
「向こうで履き替えれば良いんじゃない?」
「持ち物減らしたいでしょ」
「うーん、わかった」
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砂浜はサラサラしている。
素足で歩くとちょっと熱いかな。
砂の中に足を入れると少しひんやりした。
そういや蟹を掘り起こせたりするのだろうか。
後で砂の城でも作りつつ探してみるかな。
「やっほー」
ザブーンと水しぶきを上げ飛び込んだ。
暑い夏だからこそ最高に気持ち良い温度なのだ。
「うわっ、しょっぱ・・・」
『あんまり飲み込むんじゃないわよ』
「大丈夫だよ」
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終皇79年8月?日 仕事後仕事
糞ったれな天気だ。
「さっさと家帰りてー」
「ちゃんと仕事してくんないと困るんだけど?」
「やってるじゃねーか」
「最近の若者は短気じゃのう」
「こいつは短気なんじゃなくって怠け者なだけだから」
「はぁ?仕事はちゃんと終わらせてるだろが」
「はっ!ゆとりを持って無能のギリギリ上を歩いてる怠け者の分際でほざくな」
「チッ。細けーな」
「ちゃんと見張ってろよ」
「へーい」
くそったれが。あの尼、何時か後悔させてやる。
「もう少し落ち着いたらどうじゃ」
「落ち着いてるだろ」
望遠鏡に、遠くで楽しそうに泳ぐ少年が映る。
「あのガキ、ちょっと締めねーとなんねえな」
「殺気が出とるぞ」
「爺、黙ってろよ」
「・・・。報告じゃな」
「ちょ、待てよ。悪かったって。冗談だろ?ふぁー」
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喉が渇いたので、スポーツドリンクのアエグリアスを飲む。
しーみーわーたーるー。
謎の叫びをした。
特に意味は無いが、意味が無いからこそ気分が良かった。
次は砂の城と蟹探しをするかな。
バケツに海水を汲み、砂浜にぶち撒ける。
水を吸った砂、元い、泥を積み上げる。
思っていたより難しい。
砂の美術館のプロは簡単そうにやってのけるのかもしれないが、僕には到底無理そうだ。
それでも頑張ってそれっぽい土台は作るものの、屋根までは無理だった。
そもそもどんな城にしようかというデザイン的な難題に直面して、完成は断念することにした。
蟹は1匹見つけた。
掘ったら出てきたのではなく、波に打ち上げられていたのだ。
「不味そう・・・」
小さいし黒いし、食べられるかパット見ではわからないレベルのものだ。
他にはゴミを見つけた。
見たことのない文字が書かれている。
昔あった外なる国の文字なのだろうか。
一度は行ってみたいな、と思うのだが、多分行くことはないだろうな。
序でにゴミ拾いでもしておくか。
1時間位周囲のゴミを集めた。
プラスチック製が多かった。
浮力と腐食の問題でそうなったのだろうか。
ゴミ袋は流石に持ってきていなかったため、とりあえず防波堤の内側まで運んでおいた。
ゴミ拾いも飽きたので、最後に再び海に入ろうとしたら、鋭い殺気が身体を貫く。
「!?」
何処から・・・。
それよりも誰が?
見渡すと特に変わったものは見当たらない。
強いて言えば遠くの海に見える船だろうか。
「軍の船?」
そう呟いていると殺気は消えてしまった。
見られたことに気づいたのだろうか・・・。
だとしたら僕は何かやらかしたのか?
遊ぶ気分ではなくなってしまった。
防波堤の近くに生える木陰で休むお母さんの元へ戻る。
「もう良いの?」
「ちょっと気分が悪くなって」
「そう。じゃあ帰ってゆっくり休みなさい」
「はーい」
海の向こうを見るが、先ほど居た場所に船はもうなかった。
一抹の不安を覚えつつ、祖父母の家へと帰る。
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終皇79年8月10日 雨
波が少し荒れている。少しだけ涼しかった。
今日は家に帰る日だ。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん。また今度!」
「次はないかもしれないわね」
「そんな・・・。もっと元気に長生きしてよ!」
「あらあら、嬉しいわあ」
「まだまだ斃るつもりはないわ」
「お二人共お元気で」
「蒔菜さんもまた」
手を振りながら車で農道を進む。
2分しない内に見えなくなってしまった。
満了者・・・。
そう脳裏を過った。




