頭部の行方【※】
バンジー環にやって来た。
人が多いせいか、家族には全く会わないな。
横槍入れられるくらいなら一人の方がマシだから丁度いいか。
それにしても人が多い。窓際に行ける気がしない。
とは言っても、通路の内側は一応通れるので、受付に行ってみることにした。
「あのー」
「はい、何でしょうか?」
「大人が多くて全く見えないんで、椅子か何か、登れる物が欲しいんですが・・・」
「あら、僕は缶バッジあるのね。こっちいらっしゃい」
「は、はぁ・・・」
そう言われたので付いて行くことになる。
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どうやらバンジー環の上に着いたようだ。
自殺志願者と係員が沢山いる。
丈夫そうなロープが準備されていて、今はワイヤー巻取り機で前の遺体を引き上げているようだ。
単に縛るとだけ聞いていたが、首はワイヤー、手足はロープのようだ。
早速1体が上がってきた。
死後硬直が始まっているため、遠目で見るとまるでマネキンのようだ。
「せっかくですから触ってみますか?」
と、爽やかに女性係員は聞いてきた。
「えーっと・・・」
「貴重な体験ですよ」
「じゃあ年の近い子が居れば・・・」
拒否の意味を込めて、居ないだろうと思うことを言った。
言ってしまってから気づいたが、完全に俺はバカだった。
ついさっき高校生の解剖が行われていたというのに・・・。
「運がいいですね。15歳の男の子が居ますよ」
笑顔で応答しているのに若干の恐怖を覚え、苦笑いが出てしまう。
「あちらです。行きましょうか」
「え、はい・・・」
15歳の少年の遺体が引き上げられているところだった。
靴や靴下は脱いであった。
落ちたのかと聞いたら、落下物がなるべく出ないように予め脱ぐのだそうだ。
少年のズボンが少しずり落ち、オムツが見えている。
落下の衝撃で少しズレたのだろうか・・・。
安らかに眠る青白い顔をしている。
とても生きているようには見えないが、穏やかな顔に少し安心した。
「どうぞお触りください」
「でもやっぱり・・・」
「死んでしまった方は既に人ではありませんので、勝手に触っても問題ありませんよ」
「・・・」
俺は無言の苦笑いを送る。
さわれと言わんばかりのその笑顔に向けて。
自由研究にもなるかと思い、諦めた。
触ってみると、夏場とは思えない冷たさである。
風に晒され、冷えたのかと思った。
係員によると、この時期は処理が追いつかつ、翌日まで吊るされている場合もあるそうだ。
この少年もそうらしい。
死後硬直でマネキンのようにカチカチになっていたのはそのためらしい。
首が捥げて胴体と首が落下しないように、24時間以内には引き上げるので大丈夫と言われた。
何が大丈夫なんだろうか、という疑問は胸に仕舞う。
冷たい以外に硬いという印象がある。
これは生物の授業で聞いたが、嫌気的な代謝により蛋白質が強く結合し、筋繊維が硬くなるらしい。
更に触っていると、ザラザラすることに気がついた。
皮膚が乾燥し、表面の細胞が死滅したため、角質と同様の状態になったらしい。
腐敗臭はまだしておらず、マネキンのように思えたため特段変わった感情は起きなかった。
そのせいか、人の肌とは思えないそれを何度も撫でてしまった。
肌触りは悪く無い・・・。
俺は変態だったようだ。
「そういえば自由研究にでもするのかな?」
「え?あー、はい。それもありですね」
「じゃあ、後で胴体を切り離したら、飾り付けしてみますか?」
「何の?」
「展示場に飾る頭部ですよ」
「いや、流石にそれは・・・」
「うふふ。遠慮しなくても大丈夫ですよ」
そう言うと、係員は少年の顔写真を撮った。
揶揄われているのだろうか・・・。
「写真撮影は自由ですよ?」
「カメラは持ってないので」
「じゃあ後で印刷してあげますね。資料は多いほうが良いでしょう?」
「・・・」
【只今より、首吊りバンジーを開始します】
そうこうしてる内に準備が整ったようだ。
【それではお願いします】
ピー。
ホイッスルの音と共に人影が消える。
残るのはワイヤーが擦れる音だけである。
ミシミシという鈍い音が風に流され、喪失感を誘う。
呆気無いものである。
たったこれだけで終了なのだが、落下した先は丁度バンジー環から見えるのである。
「それじゃあ、これの飾り付けに行きましょう」
「・・・はい」
“これ”と言い切るあたり薄情なのだろうか。
いや、俺もこのくらい言えないと不味いかもしれないな。
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展示場に来るのかと思ったら粉骨砕身炉だった。
「ここでは、不要な部位を轢き潰します」
そう言うと、少年の身体を台に乗せた。
台に引かれた線が首に丁度来るように調節してあるようだ。
まぁ頭を枕に置けば大体はそのようになるとは思うが。
一瞬だった。
係員がボタンを押すと巨大な刃が降りてきて、頭部が身体から外れたのだ。
衝撃により少年の頭部はボールのように転がり、手前の籠に収まる。
個人差にも依るだろうが、頭蓋骨の形、鼻や耳などの突起物により不規則な転がり方をしていた。
係員はその籠を持って、展示場に行くという。
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生首展示場では先程入荷した・・・。
入荷で間違いはないだろうが、なんとも違和感がある。
特に何もしない生首は、目を開けるだけの処理である。
展示ケースは非常に冷たい。
どうやら冷蔵してあるようだ。
偶に冷凍されているものもあるが、何が違うのだろうか・・・。
「冷凍されているのは永久保存する予定のものよ」
「どうして?」
「形の良いものは残しておくのよ。色々活用できるからね。
これは頭部に限った話じゃないわ。
全身保存される場合もあるし、股間だけという場合もあるわ」
「・・・」
聞くべきではなかったな。
ゴミのように扱われ肥料にされるのも嫌だが、永久保存され、物として何かに使われるなんて御免だ。
「まず、目を開けてあげてください」
「え、俺がするんですか?」
「良い体験になりますよ」
「・・・」
仕方なく開けようとするが、硬くて開かない。
「死後硬直してしまった遺体は、温めることで弛緩させることが出来ます。
蒸しタオルなどで軽く目を押さえ、温めてあげることで開くようになりますよ」
お湯を絞った暖かいタオルを渡された。
少年の後頭部を押さえ目にそれを当てる。
髪の毛はサラサラだった。
生きている時と、まるで変わらない程に。
来る前にシャワーでも浴びたのだろうか。
シャンプーの臭がした気がする。
「もうそろそろいいですよ」
タオルを脇に置き、目を開く。
先程と違い、すんなりと開いた。
目があらぬ方向を向いていて、白目だった。
「両目を親指で軽く触って、黒目が向くように同時に動かしてくださいね」
言われるがままやると、すんなりとこっちを向いた。
瞳孔は開いて、表面は乾燥し始めている。
「何か銜えさせることも出来ますよ?煙草とか」
「そのままでいいかと・・・」
「そうですか?では」
係員はケースを外し、台の上にクッキングペーパーのような紙を敷いた。
その上に少年の頭部を飾り、再びケースを閉じる。
台の下には解剖された少年と同じ様に、簡単な経緯が記された紙が貼られた。
当然の様に再び係員は写真を撮る。
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「はい。こちらが本日の写真と、本館の資料になります。
お勉強がんばってくださいね!」
「は、はぁ・・・。どうも」
非常に疲れた。
ただこの経験があれば、兄貴みたいな事にはならない気がする。




