悪夢
終皇79年7月19日 暗闇
楽しみなマスターモードに突入した。
自信はあったが、何を間違ったのか恐怖で冷静では居られない。
今、大剣を引き摺る骸骨に追いかけられている。
奥の病室に鍵をかけて息を殺し隠れている。
徐々に大剣が擦れる音が次第に大きくなる。
早鐘のような鼓動が聞こえる。
例の骸骨は折り返していったようだ。
ホッとしていると、背中に冷たい冷気が流れた。
「ひっっ」
声が出てしまい両手で口を抑える。
後ろを見るが何も居ない。
大剣が擦れる音が止まっている。
例の骸骨は俺のことを音で探していると直感した。
再び息を殺していると、また冷気が背中を走る。
まるで冷たい蛇のような何かが背中を這うように。
振り向くと死にかけの自分が居た。
彼は片足がなく、腹からも血が滴っている。
例の骸骨が持っていた大剣に腹を突き抜かれているのだ。
「いたい・・・。死にたくない・・・」
鏡ではないことは明らかである。
この時既に例の骸骨への注意が頭から抜けていた。
両手で肩を捕まれ、ただでは逃げられそうにない。
「離せよ」
恐怖のあまり怒鳴ってしまう。
強引に引き剥がそうとするが、離れる気配はなく共倒れしてしまう。
その衝撃で近くにあった点滴スタンドが倒れ、凄まじい音が響き渡る。
倒れた先には金属板があったらしく、シンバルを叩いたような音がした。
しかし彼は手を離す気配がない。
「立ち向かえ。今逃げればまたここに戻ってくることになる」
彼はそういう。
意味がわからない。
悲哀の表情を浮かべ、やっと彼が手を離した。
相も変わらず腰は抜けかかっている。
四つん這いになって彼から離れようとするが、両腕に激痛が走る。
痛みの余り再び倒れこむ。
「あ゛あ゛――――っ」
叫び、痛みが収まった時には彼はもうそこには居なかった。
ガシャン、バリン。
様々な破壊音が聞こえる。
例の骸骨が俺のいる部屋を特定し、中へ入ろうとしているのだ。
入ってくるのは時間の問題である。
逃げ道がない・・・。
妙案が思いつかないまま突入される。
恐らく目があったと思う。
例の骸骨に目はないのだが・・・。
俺はベッドの下に隠れようとする。
しかし例の骸骨は隣のベッドを一刀両断したため諦めることとなる。
大剣が深く突き刺さりなかなか外れず、力強く引っ張っている。
この隙に部屋を飛び出すが、目の前の光景に唖然とする
大量の骸骨が通路の向こう側からゆっくりと歩いてきている。
逃げ場は他の部屋しかない。
しかも入った所で部屋は特定されているも同然である。
扉が開いていた1つの部屋に明かりがつく。
可能性にかけその部屋に飛び込むが、躓いてしまう。
躓いた拍子に両手を床に突いたつもりが、胸と顔を強打してしまう。
手で支えようとした場所には床はなく、代わりに液体があったのだ。
起き上がろうとするも手が動かない。
手を使わずに起きると・・・腕がなかったのだ。
なくなった部分には、輪切りになった切り口が見えた。
「俺の腕があ」
服を引っ張られ仰向けにさせられる。
目を開くと例の骸骨が俺の胸を抑えながら大剣を振り上げていた。
「死、死にたくない」
叫びは虚しく首元まで大剣が迫る。
これ以降、彼が言ったようにあの場所に何度も戻る事となる。
悪夢として。
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恐らく、終皇79年7月22日 晴れ
海が綺麗だったらしい。
今日はスカイ首吊りタワーへ行く予定である。
今朝も裕兄は哲兄の手を握り介抱している。
手を握られた哲兄は拒絶するかのように深い眠りについている。
「裕、あんたはいつまでそうやってるの?」
「哲が心配だからだよ」
「哲は昔っから甘ちゃんだったよね~」
「幸にはそう見えてたんだな。俺にはいつも強がってるように見えてたぞ」
「潤兄はなんでもよく見えてるよね」
「当然っしょー。潤は泰兄の次に聡明だもんなー」
哲は悪夢に魘される様に、小さな呻き声を上げ始める。
少し汗ばんできている。
表情は苦しそうだ。
「あ、百合姉。今日のスカイ首吊りタワーには行かないから」
「なんでよ。ちゃんと説明するんでしょうね?」
「それは出来ないかな!」
「笑顔で全面拒否するのやめなさい」
「ままぁ、百合、落ち着こ?裕にも考えがあると思うんだよね~」
「それとこれとは別です。今日はお婆ちゃんの旅立ちの日なのですから、しっかり出てもらわないと」
と言うと無理やり哲の手を離し、裕を引っ張る。
「うわあああああああ」
突然絶叫が響き渡る。
「一人にしないでくれ!」
呼吸が非常に粗い。
「怖いんだ、まだ死にたくない。何処にも行かないでくれ、裕」
阿鼻叫喚の体であった。
「こりゃマジもんだよ・・・」
「そうだな。こんな状況で哲を一人には出来ない」
「そ、そうね。お婆ちゃんには“行けない”とだけ伝えておきます」
この間も哲は騒ぎまくる。
「大丈夫だよ、哲」
そっと背中を撫で、手を握る。
少し落ち着いたようだ。
哲はこのまま壊れてしまうのだろうか・・・。
非常に心配だ。
皆行ってしまい俺と哲だけが残る。
「哲お兄ちゃんは大丈夫?」
恕十と健がやってきた。
「・・・。」
「3日前から寝付きが何か変だったよな」
「2人共心配しなくても大丈夫だから、行っておいで」
苦笑いになってしまった。
「まぁ俺に出来ることは何もないだろうし、裕兄に任せるよ」
「ありがとう!」
「・・・。」
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だから、いこ!」
「うん」
恕十の親指を口に銜える癖は未だに治っていないようだ。
哲はまた深い眠りについた。
寝ているのに目の下に隈ができている。
そういえば食事をあまり取っていなかったように思う。
次起きたら食べるように言わないとね。




