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群がる障害


「……ミニマップ表示」


 表示したミニマップにはプレイヤーを示す青い点が一つと、モンスターを示す赤い点が多数。すでに周りを取り囲まれていて、戦況は絶望的だ。そして追い打ちかけるように、遠方からモンスターの援軍が迫っている。


「あいつ、逃げながら手当たり次第に攻撃してるのか。計画性、皆無だな。そりゃ数も減らないし、取り囲まれるわけだ」


 数が多いとは言え、怪姫月の場合みたいに一人ではどうにも出来ない物量がある訳でもない。あの程度なら、慣れていれば十分に切り抜けられる状況だ。だが、たぶん、あいつは慣れてない。戦い慣れていない。

 窮地に陥り、思考が狭まり、目の前の敵を攻撃することしか頭にない。立ち回りも何もあったものじゃあない動きをしている。これがパーティー戦なら地雷認定されているところだ。


「あーあ……」


 見なけりゃ良かった。気付かなければ良かった。存在を知らずにいれば、素通り出来たのに。

 腰に差した剣を抜き払い、屋根から道路にまで飛び降りる。硬いアスファルトを踏みしめて、眼界に捉えたモンスターの一群に近付いた。

 敵は猫か豹をモチーフにしたデザインで、四足歩行の獣型モンスター。主な攻撃手段は牙による噛み付きと、爪にっよる引っ掻きだ。最近はよく牙だの爪だのに縁がある。いい加減、断ち切ってしまいたい縁だが。


「おい、まだ生きてるか」

「だっ、誰っ!?」


 モンスターの向こう側から、少年の声がする。まだ死んではいないみたいだ。


「良いか、よく聞け。無計画に攻撃するな、狙いは一体か二体に絞れ。絞ったら集中的に攻撃しろ。とにかく数を減らすんだ。色気だして色んな奴にちょっかい出してんじゃあねーぞ、分かったか」


 そう捲し立てる間に二体三体と斬り付けて、きっちり敵の数を減らしていく。

 こいつらは数は多いが弱い部類に入る敵だ。こっちに敵がいるからと攻撃し、あっちに敵がいるからと攻撃し、倒しきる前に次々と敵を拵えなければ、包囲を食い破ることは容易いはずだ。

 なのに、それが出来ないってことは戦いなれていないか、もしくは純粋にレベルが足りないか、もしくはその両方だ。もしかしたら、この少年は新規参入組なのかも知れない。

 などと考えているうちに、敵の包囲に退路が開く。



「走れッ」


 包囲の中心にいる少年に叫び、開いた退路を駆け抜けさせる。包囲から抜けきるまでそれを見届け、少年を追ってくるモンスターは俺が代わりに処理をした。そうして、なんとか少年の安全を確保し、救い出すことに成功する。

 今は比較的、安全な所である高い建造物の上にいる。


「此処までくりゃ安心だ。いいか? 覚えとけ、危なくなったらまず高い所に上るんだ。そうすりゃ敵の数が減る。気休め程度だが、何もしないよりマシだ」

「はぁ……はぁ……ありがとう、御座います。覚えておきます」


 見知らぬ誰かが住む屋根の上で、少年は息を切らす。


「……お前、歳はいくつなんだ?」

「十四歳です」

「十四」


 現実世界がゲームに浸食されていると気が付いたあの日が三年前。だから、当時十一歳。小学五年生。その頃から身体を使ってモンスターと戦っていたにしては、戦闘が下手くそ過ぎる。やっぱり最近プレイヤーになったばかりの新規参入組だ。

 ストレージ・オブ・ロストワールドは、もうどの店頭にも並んでいない。在庫もない状態が続いている。入手は酷く困難。だと言うのに、何処から入手したんだろうな、この少年は。まぁ、面倒だから詮索する気も起きないけれど。

 ふと、ミニマップに目を向ける。そこに赤の表示は、遠くにぽつんとあるのみだった。


「もう大丈夫そうだな。一人で帰れるか?」

「あ、はい。大丈夫です。あの、ありがとう御座いました」

「あぁ、じゃあな」


 別れを告げて建物から飛び降りようとしたところ、けれど呼び止められる。


「すみませんっ。ま、待って下さい。最後に名前、教えてくれませんか?」

「んー……あー……まぁ、いいか」


 特に拒否する理由もないし、名乗るだけなら手間でもないか。


「大上だよ。それじゃあな」


 フルネームを言うのが面倒になって苗字だけをいい、そのまま少年と別れた。

 ちょいと時間を喰われたが寝具の運搬を再開し、無事に最後まで運搬し終える。その上で窓から部室に入り、ベッドの組み立てやその他諸々に手早く片を付け、深夜一時を過ぎる頃には部室の完成形を目にすることが出来た。


「ふー……一番乗りだっ」


 完成したばかりのベッドの上へ飛び込み、その寝心地を一番乗りで確かめる。

 中々どうして、悪くない。ここは部室とは言え学校の中、それも時間帯は真夜中と来ている。この体験したことのない新鮮な状況で、胸が高鳴らない訳がない。妙な背徳感がして、とにかく良い気分だ。このまま朝まで此処にいたいとさえ思う。


「けどまぁ、そろそろ戻らないと不味いか」


 総てが横向きになった視界から見る電波時計は、すでに深夜の一時三十分を示している。そろそろ家に帰って眠りにつかないと寝起きが辛い。此処で一夜を過ごすのも一興だけれど、学生服や教科書はすべて家にある。帰らない訳にはいかない。


「明日。いや、もう今日か。また来ればいいよな」


 ベッドから降りて、窓から外に出る。今日の夜は、満月のお陰で随分と明るい。

 俺は部室のベッドを名残惜しく思いながらも、まん丸なお月様の下を駆け抜けた。



「お前ってさぁ、大上。ほんっとうに言ってることと、やってることが違うよな」


 部室が完成したことで、ほがらかな朝を迎えた俺が気持ちよく学校に登校したところ。例の如く騒がしいクラスメイトが、やけに落ち着きのある低い声音で言葉を発していた。個人的にはこっちのほうが煩わしくなくて良いのだけれど、これはこれで不気味だ。


「どう言う意味だ?」

「聞いたよ。あの怪姫月と今度は部活を作ったんだって? それも二人きりの」


 どうしてそれをお前達が知っている。昨日の今日だぞ。


「ホント、なんなんだよ、お前。恋愛なんて面倒だとか、思春期の中学生みたいなこと言ってたくせによ」

「誰が思春期の中学生だ、おい」


 面倒なものは仕様がないだろ。


「もう言い訳できねーぞ。散々、怪姫月との交際を否定していたけれど、まるっきり部室の名を借りた愛の巣じゃねーか! それに部室にはベッドもあるらしいな! 学校に不純異性交遊の場が出来上がってんじゃねーかよ!」

「ただの同好会だ。なにが愛の巣だよ、馬鹿馬鹿しい。そんな妄想をしてる暇があるなら、まだ見ぬ将来の嫁さんについて思いでも馳せてろ。そのほうがよっぽど健全だ」

「なにをー!」


 その後もクラスメイトの暴走は止まらなかった。休み時間になるたびに、以前よりも勢いを増した追究が押し寄せてくる。今度は他のクラスの生徒までだ。まるで地獄の底を這いずるような思いで四時限目まで乗り切り、昼休みになった瞬間、俺は脱兎の如く教室を抜け出した。


「どっと疲れた……もうしばらく登校拒否してやろうかな。いや、でも皆勤賞が……」


 クラスメイトをなんとか振り切り、廊下の角を曲がる。

 その先の廊下は一直線に部室まで繋がっている。角を曲がった今、すぐにでも部室の扉が見える、はずだった。


「……冗談キツいぜ」


 部室は、見えなかった。その前に障害物が群がっていたからだ。噂を耳にして部室の前に群がる野次馬という名の迷惑な生徒が、大挙として部室に押し寄せている。あれでは近づけない。近付いたが最後、ここは学校から動物園へと変貌を遂げてしまうだろう。


「どうしたもんか」


 すぐに来た道を引き返し、角に身を隠す。そうして壁にもたれ、ずるずると落ちた。


「あれでは部室に入れないわね」

「怪姫月か。あぁ、迷惑な話だ」


 気が付くと、側に怪姫月がいた。


「あいつら、手に何かもっていたけれど。ありゃなんだ?」

「入部届、みたいね」

「はぁ……此処まで魂胆が透けて見えるってのも、なかなか珍しいな」


 男女の比率も九対一と来たもんだ。あそこに群がっている生徒の目的は、間違いなく怪姫月にある。今まで周りの人間を拒み続けて来た怪姫月が、こうして部活、同好会に所属したという事実は、ほかの生徒達にあわよくばという希望を抱かせた。

 同じ部員となれば、お近づきになれるかも知れない。そう言う下心が、手に取るように理解できる。その上、自分達のその行動が迷惑に当たると考えられない辺り、尚のこと質が悪い。最悪だ。


「……申し訳ないわ」

「なんで怪姫月が謝るんだよ」

「あなたは私を救ってくれたのに、私はあなたに何もして上げられない。すること成すこと、すべて裏目に出てしまう。こうなってしまうと嫌でも分かるわ。あれの原因が、私にあることくらい」


 まぁ、これだけ露骨に騒がれると、流石に分かるよな。

 今までは拒絶の意志がはっきりと周りに伝わっていたから、みんな大人しかった。密かに思うに止まっていた。高嶺の花を、見上げるように。その花を摘んで、持ち帰ったのが俺ってわけだ。そして、みんなその花を欲しがった。


「私が出て行けば、収まりがつくかしら?」

「止めとけ。余計、面倒なことになるだけだ。それより、良い考えが浮かんだ」

「いい考え?」

「そう、肝要なのは、あいつ等に見付からずに部室に入ることだ。なら、話は簡単だろ? いま、部室の窓に鍵は掛かっていないんだ」


 そこまで言えば、怪姫月も意図を理解してくれた。

 俺達はさっそく周りに人がいないことを確認し、自らの身体をキャラクターとして作り替える。あとは簡単だ。校舎を出て中庭に向かい、鍵の開いた窓から部室に入れば良い。こうすれば扉の向こうにいる連中には気付かれない。


「部室、こうなったのね」

「あぁ、何か付け加えたいとか、配置を替えたいとか、そう言う要望はあるか?」

「特にはないわ。とても素敵だと思う」


 テーブルだのイスだのソファーだの配置は、俺の独断で決めたが気に入って貰えたみたいだ。もし実際に使ってみて不便なところが出て来れば、またその時々に替えていけばいい。とりあえず、数日はこの配置で様子見だ。

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