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掃除と運搬



「此処が、そうなのか?」

「えぇ、私達の部室よ」


 生徒が普段、教室で授業を受けている第三校舎から、渡り廊下を渡った第二校舎の一階部分。今や誰も訪れることのない寂れた中庭に面した一室。そこが俺達に与えられた部室だった。


「しかし、本当に通るとはな。寝具研究部なんて」

「里中先生、ぽかんとしていたわよ」

「だろうな」


 怪姫月もそうだった。


「さて、と。それじゃあ部室を拝見」


 部室の引き戸を開けて、部屋の全貌を視界に納める。


「うわぁ」


 第一声がそれだった。


「埃まみれだな。色んなガラクタで散らかってるし、もう何年も使われてないって感じだ。これ部室を与える振りをして、体よく俺達を用務員に仕立て上げてるんじゃあないか?」

「かも知れないわね。けれど、贅沢は言えないわ。それに綺麗に掃除すれば良いのよ」

「まるで、かまど掃除をするシンデレラになった気分だ」


 うだうだ言っていても始まらない。とりあえず、換気からだ。

 歩いた弾みに埃が舞う汚い部室を横断し、窓の鍵を解錠する。がらがらと音を立てて、部室と外の隔たりを無くすと、ちょうどいい風が吹いて部室内を駆け抜けていった。


「これだけ埃が溜まっていると、箒で掃いただけではダメね。雑巾がけは必須。それに加えて壁や天井も。蛍光灯も寿命が尽きているでしょうから、取り替えないと」

「……」

「どうしたの? 黙り込んで」

「今、どうすれば楽にことが片付くか考えてる」

「相変わらずね」


 掃除、家事、洗濯、この三つは特に面倒臭い。どれだけ嫌がっても、いつかしなければならないから、尚のこと質が悪い。如何に楽に、手間をかけず、最小限の動きで済ませられるか、それが重要だ。


「……よし、怪姫月。ちょっと部室の前を見張っててくれ」

「それは構わないけれど、どうする気?」

「こうするんだよ」


 質問の答えは行動で示す。


「ログイン」


 その呟きと共に、俺の身体はゲームのモノへと作り変わる。

 キャラクター化。それが俺の出した答えだ。怪姫月に見張りを任せたのは、単純に面倒事を避けたかったから。この姿は一般人に認識されない。それ故に、この状態で掃除を行うと、端から見た場合、その目にはポルターガイスト現象のように写ってしまう。

 それは色々と面倒だ。騒ぎになったりでもしたら、同好会を新設した意味がない。


「そうすれば、たしかに早く終わるわね。でも、いいの? 私が見張りにつくと、一人で掃除をすることになるけれど」

「いや、俺も掃除はしないから大丈夫だ。それはこいつ等にやってもらう」


 俺は手の平に、一つのアイテムを具現化させた。

 名前は、主従契約の証。羊皮紙に独自の言語が綴られたデザインのこのアイテムは、使用することによって使用人ゴブリンを召喚することが出来る。数は一度に十人まで、下限はない。

 ゲーム時代の使用用途はプレイヤーによって様々だ。俺の場合は、よくアイテムの運搬に使っていた。ダンジョン攻略や経験値稼ぎの際に、インベントリが一杯になってアイテムが持ちきれなくなった時、これはとても重宝する。

 ただし、使用人ゴブリンはモンスターに攻撃されると、簡単に死んでしまう虚弱体質だったりする。


「出て来い、仕事だぞ」


 主従契約の証を振り翳すと、それに応じて六体ほどの使用人ゴブリンが部室内に召喚された。因みに一体あたりの価格は日本円で五百円、今回は六体なので三千円の出費になる。清掃業者を呼ぶより安上がりで、すぐ掃除に取りかかってくれるのが強みだ。

 背が低く、小柄で、姿も無骨だが、働き者な使用人ゴブリン達。彼等に仕事の内容を伝え、一斉に取りかからせる。彼等は自前の掃除道具一式を持って、隅々まで丁寧に部室を綺麗に掃除していく。

 そうして約一時間ほどで掃除は完了した。


「お疲れ様、ゆっくり休んでくれ」


 そう労いの言葉を掛けると、使用人ゴブリン達は大きく手を振りながら、元の世界へと帰っていった。お陰で部室は見違えるほど綺麗になっている。これなら直ぐにでも安らげる場所として機能できそうだ。


「怪姫月、終わったぞ」

「そう見たいね。掃除が終わって、今のところ必要なのは蛍光灯だけかしら? これは私が先生に言っておくわ」

「頼んだ。あとは……どうやってこの部屋に寝具を置くか、だな」


 寝具研究部なのだから、部室に寝具を置かなくてはならない。枕、敷き布団、掛け布団、ベッド、その他諸々、運び入れるものは多い。それら担いで登校するのは、少々無理があるし、かと言って業者を呼んで運び入れてもらうというのも、それはそれで気が進まない。

 部員二名の同好会が大掛かりなことをすると、多方面から反感を買い兼ねない。出来るならひっそりと、人目に付かないように事を進めるのが望ましい。面倒臭い限りだが。


「まぁ、直接、運び入れるのが手っ取り早いか」

「運び入れるって、夜中にベッド一式をもって学校に忍び込む、ということかしら?」

「そう。ここの窓の鍵を開けておけば出来る。組み立て式のベッドなら、この窓の幅でも十分通るだろうしな。この後、近くのホームセンターによって、品定めだ」

「現実的に考えて、それが一番波風が立たない方法かも知れないわね。その品定め、私も付き合うわ」


 この後、鍵を開けたまま窓を閉め、部室に鍵を掛けた。そこで一旦別れ、怪姫月は蛍光灯のことで職員室に、俺はそのまま玄関入り口に向かい、怪姫月を待った。

 再び合流してからは、当初の予定通りホームセンターへと向かい。豊富な品揃えの中から、あーでもないこーでもないと寝具を選び抜いた。真剣な眼差しで寝具を品定めする高校生の男女というのは、端から見れば奇妙に写っただろうが、それは考えないことにする。


「よし、とりあえず此処に置いておけば大丈夫だろう」


 購入した寝具一式は、当然、互いの家には保管できない。なので、俺達は以前の決戦場である廃倉庫に、それらを運び込んでいた。ここは長い間、誰にも使われいない寂れた場所なので、数時間ほど私物を置いていても盗まれる心配も、注意されることもない。


「後は夜を待って部室に運ぶだけだ。こいつは俺がやっておくから、怪姫月は家で休んでいてくれ」

「あら、いいの?」

「あぁ、色んな面倒事を怪姫月に処理して貰ったんだ。流石にことの総てを押し付けて、おんぶにだっこってのは心苦しいんだ。自分でも何かしらしないと、気持ちよく部室を使えないんだよ」

「あなたって、本当に面倒臭い人ね」

「うるせえ」


 それは自分が一番よく知っていることだ。

 たまに、何でもかんでも人任せにできる神経の図太い奴に憧れる。もし神経を太くする術があるのなら、是非、教えを請いたいものだ。さぞかし、人生が生きやすくなることだろう。


「それじゃあ一旦、家に帰るか。また明日な怪姫月」

「えぇ、また明日ね。迅」


 廃倉庫を出て怪姫月と別れ、家までの帰路につく。

 そうして自宅に戻り、夜を待った。


「午後十一時ちょっと。そろそろ始めるとするか」


 時計の針をベッドの上から眺めつつ、俺は行動を開始した。自室の窓を開けてキャラクター化し、そこから出て建物の屋根へと飛び移ると、そのまま廃倉庫を目指して屋根の上を移動する。


「よっと。さて、運び出しだ」


 廃倉庫に到着し、段ボールで梱包された寝具の運び出しに取りかかる。

 幾らキャラクター化しているとは言え、運べる数は限られている。すべてを一纏めにして持ち上げること自体は可能だが、それを崩すことなく屋根の上を移動できるほど、俺のバランス感覚はよろしくないからだ。

 寝具の運搬を三回に分けることにして、俺は一回目の運搬を開始する。段ボールを抱えて夜の街を移動する姿は、なかなかどうしてマヌケだが滞りなく作業は進み、一回目はスムーズに終えることが出来た。

 部室の窓を開けて段ボールを運び入れると、また廃工場へと踵を返す。それをもう一度、繰り返し、いよいよ三回目、最後の運搬に取りかかる。一回目、二回目と同じように屋根に上がり、移動を開始した。


「ん……ちょいと不味いか」


 その途中のことである。ふと何気なく目を向けた道路上に一つの人影を見た。

 現在の時刻は午前零時を少し過ぎた所。この時間帯だとプレイヤーの可能性もあるが、それよりもずっと一般人である可能性が高い。今の姿をあの人に見られると、大きめのサイズをした段ボールが空中浮遊しながら移動しているように写ってしまうかも知れない。

 なので、一度足を止めて段ボールを屋根の上に下ろし、人影の様子を探った。


「あー……なんだ、プレイヤーだったか」


 人影を凝視していると、その他にも異形の姿が見える。

 道路上に見た人影は、モンスターと戦うプレイヤーだった。それなら、なんの問題もないと、下ろした段ボールを抱えようとしたとき、あることに気が付く。プレイヤーの立ち回りに違和感がある、ということに。

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