同好会
Ⅰ
四時限目の授業が終わりを迎え、来るお昼休み。
休み時間になるたびに、怒濤の如く押し寄せる追究の嵐に耐えるのは、まったく骨が折れた。クラスメイトの奴等と来たら、まるで話を聞きやがらない。俺の声なんて右耳から入ってそのまま左耳へと出て行きやがる。
なんど事実無根だと説明しても聞く耳をもたない。暴徒と化した集団ほど手が付けられないモノもないと、この件で学習させられた。本当なら学習せずにいたかったものだが、起きてしまったものは仕様がない。いい教訓を得たと、そう思うことにしよう。
そうでないと面倒臭くて死にたくなる。
「よう、待たせたか?」
「いいえ、そんなには」
お昼休み、学校の屋上にて怪姫月に会った。
「どうしたんだ? いきなり」
怪姫月の姿を確認しつつ、落下防止のフェンスに背中を預ける形で座り込む。片手には弁当持参だ。怪姫月と話す片手間に、昼食を済ませておかなくては、教室が五月蠅すぎて飯も食えない。
「色々と考えていたのよ。どうすればあなたに恩返しが出来るかなって」
「恩返し? そいつはまた律儀なことだな」
弁当の包みを解きつつ、そう言った。
「まぁ、返してくれるって言うんなら、素直に受け取るけれども。そう気負わなくても良いんだぜ? こっちはこっちの都合で動いたんだ。それで得たモノもあるしな」
ヴァンパイア・オリジンはいい金になった。もうしばらくは狩りをしなくても大丈夫なくらい、大きな金額を落としてくれていた。何度も何度も同じことの繰り返しをさせられたが、それに見合う金額は手に入れられたと思う。
俺はそれで結構、満足していた。
「出来た人ね、あなたって」
「そうとも限らねーよ。本当のところは、恩だの礼だのって言葉が、ただただ面倒臭いだけかも知れない。もうそう言うのは良いからスッパリ終わらせてくれってな具合にな」
「その言葉、何割くらいが本音なのかしら?」
「さぁ?」
俺は惚けるように、首を傾げた。
「あなたと出会って幾日も経たないけれど。私、あなたって人が分からないわ」
「分かんねーもんだよ、他人のことなんて。双子じゃあねーんだからさ」
包みが解け終わって弁当箱の蓋を開ける。今日は唐揚げだ。
「ねぇ。私はあなたに、何が出来るかしら?」
怪姫月はぐっと近付いた。屋上の中央付近からゆっくりと近付いて、物理的な距離を埋める。その足は至近距離に来てようやく止まり、そこから更に顔を近づけてきた。まさに目と鼻の先に、怪姫月はいる。
「なにを、して欲しい?」
吐息が触れそうな位置、距離にして数センチ。
「そうさな。とりあえず顔を離してくれ。お前しか見えない」
「あら、口説き文句?」
「俺はどこぞのシンガーソングライターか」
当然、そう言う意図はない。
「急にそう言われてもな、ぱっと思い付かない」
健全な男女の関係として適切な距離を怪姫月にとってもらい。そう呟く。
「なら、何か欲しいものはある?」
「んー……」
欲しい物は特にない。というか、欲しい物はその時々で購入している。
現実世界がゲームに浸食されてから、俺達プレイヤーは楽に金稼ぎが出来るようになった。それ相応の危険が伴うが、慣れてしまえば実に実入りの良い収入源になる。高望みをしなければ大体の物が購入できるのだから、そもそも物欲は常に満たされている状態だ。
だから、特に欲しいものはない。あるとすれば、金では手に入らないものだ。
「あー、そうだな。欲しいものと言えば一つある」
「なに? それは」
「この学校の何処でもいいから、とにかく安らげる場所が欲しい。今の教室は騒がし過ぎるんだ」
誰の所為とは思わないけれど。本当にクラスメイトが五月蠅くて仕様がない。休み時間だと言うのに、まともに休むことも出来ないくらいだ。あれは当分の間、収まらない。嵐が通り過ぎるのを、じっと待つほかに俺が出来ることは何もない。
「安らげる場所……分かったわ、具体的な方法を考えて見る」
「ホントか? そいつは嬉しいが、無理しなくていいからな?」
「大丈夫よ。私に任せて」
そう言い切った怪姫月だけれど、いったいどうするつもりだろうか。
安らげる場所が欲しいのは本当だ。けれど、実現はしないだろうと冗談半分で言ってみたことだけに、まさか快く了承してくれるとは思いもしなかった。これが怪姫月の負担にならなければ良いんだが、はてさて。
「あぁ、そうだ」
懐からペンとメモ帳のセットを取り出し、走り書きしたページを切り取る。
「ほら、これ。俺の連絡先だ。用事がある時は、此処に連絡をくれ」
別に怪姫月が悪い訳じゃあないが、良くも悪くも怪姫月は学校における知名度が高すぎる。こうして連絡手段を確保しておかないと、今朝のようなことがまた起こってしまう。互いに用事があって、会いに行ったり来たりするたびに騒ぎになるのは御免だ。
「どうした?」
差し出したそれを、怪姫月はじっと見つめたままだ。
「……いえ、なんでも」
そう言って、怪姫月は連絡先を書いたメモを受け取った。
Ⅱ
怪姫月に連絡先を教えたその翌日のこと。
相変わらず五月蠅いクラスメイトに辟易しながら休み時間を堪え忍んでいると、携帯電話にメールが届いた。昨日の件で良い案が思い付いたので、お昼休みに屋上へ来て欲しい。そう言った内容の旨が綴られていた。
そして昼休み、俺は二日連続で屋上へとやって来た。
「部活を新設する?」
「そう、それが私が考えた案よ。正確に言えば、部員が足りないから同好会という形になるのだけれどね」
部活、同好会。それが実現できれば、たしかに部室という安らぎの場所を作ることは出来る。そこは学校から隔絶した俺達だけの場所となるに違いない。さぞかし居心地がいいことだろう。学校が終わって直ぐ、そう言う場所に迎えるのなら言うことなしだ。
実現可能ならば、の話だが。
「うちの学校は部員二名以上と顧問の先生がいれば、一応同好会として認めてくれるわ」
「そうなのか? 部員二名ってこの学校、部活方面に関しては結構ゆるゆるなんだな」
「昔に出来た規則が、今でもそのまま残っているだけよ。実際は部員二名だけじゃあ、顧問の先生なんて捕まえられないわ。少なくとも三名か四名は頭数を用意しないと、交渉もして貰えない。それが暗黙のルール」
「なるほど。そう、うまい話はないってことか」
部員数のこともそうだが、顧問の先生を用意できるか否かが鬼門だ。
「新しい部活を作るのは賛成だけれど、問題は山積みだな。部員に顧問の先生か」
「こう言っておいてなんだけれど。実を言うとね、その二つはすでに解決済みよ」
「解決って、部員を揃えたのか?」
「いえ、そうではなくて顧問の先生はすでに捕まえてあるの」
怪姫月の言っている意味が、すぐには理解できなかった。
「えーっと、部活か同好会を新設するには暗黙のルールがあるんだよな?」
「えぇ」
「それを破ったのか?」
「そうよ」
さらっと言ったな、いま。
「数学教師の里中先生っているでしょう?」
「あぁ、あの見た目パッとしない丸渕眼鏡におさげの先生か」
前時代的な委員長みたいだと、おもしろおかしく言われていたっけ。
「その里中先生を説得して、顧問になるように話を付けたわ。暗黙のルールは破ることになったけれど、規則は守っているのだから誰にも文句は言われないわ。いい顔はされないでしょうけれどね」
「里中先生か。しかし、よく説得できたな。いったい何をどうやったんだ?」
「知りたい? きっと後悔するわよ」
「……じゃあ、止めとく。その言葉には良い思い出がない」
興味本位で話に深く立ち入りすぎると、後になって後悔する。これもこの前の一件で得た教訓だ。教訓は生かさなければならない。きっと正当で、真っ当な方法で、里中先生を懐柔したんだろう。そうに違いない。そう言うことにしておく。
「でも、一つ問題があって。同好会を作る条件は整ったけれど、肝心な活動目的がまだ決まっていないのよ」
「あぁ、そうか。そうだよな。同好会を新設するなら、それ相応の活動目的が必要か」
「同好会を新設したら、定期的にその成果を先生に報告する必要があるから、適当に決めると後が大変よ」
そうなって来ると、面倒がないものにしたくなる。適当に尖ったものにしてしまうと、成果を出すことが難しくなる。かと言って簡単な有名どころは、既に部活として存在しているに違いない。
「んー……ゲーム部、とか?」
「残念。すでに同好会としてあるわ。正しくはゲーム研究部だけれどね」
「ゲームの何を研究してんだよ、そいつら」
同好会なら部費も出ないし、ただ集まってゲームしてるだけだろ。俺達が言えた義理じゃあないけれども。
けれど、研究か。ネットで調べられる程度の知識と、統計データがあれば、一応それっぽく成果を捏ち上げることは可能か。それなら手間も掛からないし、楽でいいな。ゲーム研究部とやらも、上手いことその辺を誤魔化しているはずだ。
なら、なにの研究部にしようか。
「……よし、決めた」
考えた活動目的を怪姫月に伝えた。それを聞いた怪姫月はぽかんとして、その後すこし笑った。「了解よ。それで同好会を新設するわ。今日の放課後には部室が割り当てられると思うから」怪姫月は含み笑いを絶やさずに言った。
そんなに面白かったのかね。
「それじゃあ里中先生に伝えてくるわ。また放課後に会いましょう。迅」
「あぁ、よろしく頼む」
一足先に、怪姫月は屋上を後にして階段を下っていった。
同好会の新設に伴う面倒事は、ほぼすべて怪姫月が請け負ってくれたから楽が出来た。これで放課後には俺達の部室が与えられる訳だ。怪姫月は恩返しだと言っていたけれど、これには感謝せざるを得ない。
感謝して、されて、無限ループに落ち入りそうだな。
「ん? あれ? いま下の名前……まぁ、いいか」
初めて怪姫月に名前を呼ばれたような気がする。それも苗字ではなく、下の名前を。
別に、それほど気にすることでもないけれど。