九話、商人。
タルタロスと別れたカノンは情報を頼りに南西区にある広場近くの路地へと足を運んでいた。その路地には露店がたくさんあり宛ら、フリーマーケットのようだった。
「タルタロスの情報だとこの辺にいるはずなんだけど」
タルタロスが言うには青い短髪でスレンダーな女性だという話だが、そのような女性はどこにも見当たらなかった。
その代りにまるで魔女を連想させるようなローブを纏った女性らしき商人にカノンは声を掛けた。
「このあたりにリンダさんって生産職のプレイヤーがいるって話だったんですけど、知りませんか?」
「ん~?少年、うちのことを探している?」
「もしかしてリンダさんですか?」
外套を深く被ったローブの女性はその外套を外し、短い青髪を晴天の下へと晒す。
「いかにもいかにも。うちがリンダだよ。フリーの生産職さ。そういう君は誰だい?」
「僕はカノンって言います」
「知ってるさ、君のアイコンにそう書いてある。ん?君はもしかしてアイコンの存在を知らないのかい?右上に何か見えないかい?」
「あ、」
「そう、それだよ。対象の名前が映る仕組みになっているさ。そのせいで自己紹介しない若者が多くて嫌になるね。その点君は好印象だよ。ところでお嬢さんはどうしてうちを訪ねてきたのかな?」
カノンは何かを言おうとすると
「ごめんごめん、知っているさ。君は縛りプレーに生きる人間なんだろ。だからNPCの店では買い物をしない。くくくっ面白いね。うちはそういうのは大好物さ。だから助言もするし助力もしよう。君は何が入用なんだい?」
カノンは呆気にとられる。
「実はそれも知っているんだよ。お姉さんは何でも知っているのさ。君がくる少し前にタルちゃんから連絡があったのさ。面白い若いもんがそっちにいくってね。何が入用なのかはその時に聞いているし、だからこうして用意もしてある」
「結構饒舌なんですね」
「饒舌だよ?これでも商人さ。そしてこれが君の欲しいものだね、受け取りな。お金はタルちゃんから貰ってるから気にしないでね、そんなに高いものでもないし」
リンダはそういうと白い布に包まれた何かを渡した。
「あけて自分の目で確かめるといい。うちなりには多少の改良しかしてないから効果自体は支給品と大差ないよ」
「有難うございます」
「それにしても本当に面白いね。アルビノっていうの?キャラメイクの時に作ろうかなって思ったけどその色どうしてもないんだよね、君がどうしてそんな感じになってるのか凄く興味があるから今後もうちを使ってよ。それに君は物の売買って基本的にはうちらみたいのを頼るんだよね、だったら尚のことうちを使ってよ。それなりにいい値段で買うよ」
布を解くとそれは綺麗な装飾が施された弓だった。白を基調としたそれはまるで天使の弓を連想させる。
「『無垢の弓』って名前の弓だね。穢れを知らない、この世界を何も知らない君にはぴったりの装備だと思うけどね。それにこの世界では弓はあまり重宝されないんだよ。コスト的に問題が多いし、判定だって自身の技量任せのところがあるからね。それでも弓を使ってくれるとうち的にはかなり嬉しいな。うちもβでは弓を使っていたからね。ついでだから矢の作り方をレクチャーしてあげよう」
本当にこの人はよく喋る。呼吸をするのも忘れているのではないかと思う程よく喋る。きっとじっとしているのが苦手なのだろう。そんな人が弓を使っているところを想像するとどうしても笑えてくる。
「君はきっとよくないことを今考えたね。それはまるでうちには弓なんて向いてませんとか、きっと猪突猛進の槍がお似合いだとか、力任せに叫びながら攻撃するんだとか、君はきっとそんなことを考えたはずだ。うちは何でも知っているからね。君の想像を想像するなんて用意なことなんだよ、あながち間違いでもないだろ」
「思ってませんよ」
「どうだが、うちは今までそうずっと言われ続けてきたんだ。顔を見れば分かるよ。ああ、こいつも同じことを考えているんだなって。ふふふ、どうだい。うちは人の顔色を窺うことに関して一流と言ってもいいね」
どうしてだろう。この人を話していると寂しい気持ちになってくる。そんな気持ちを抑えながらカノンはリンダに矢の作り方のレクチャーを頼んだ。
「そうだ、そうだったね。忘れるところだったよ。有難う、カノンちゃん。さてさて、矢の作り方だったね。君は矢というものがどんなものか知っているかな?」
「一応、手持ちがありますけど」
「そうだね、それが矢だ。でもさ、矢っていうのはばらしてみると案外安物で出来ているのさ。この矢だってそうだよ。『普通の矢』これを分解してやると『木の枝』『加工された石』『動物の羽』という風に分解できる。『木の枝』なんて正直森に行けば簡単に手に入るし、下手をしたら街道に落ちているときもある。それは『加工された石』もそうだし『動物の羽』だってそうだ。市場に行けば子供のお小遣いでも買えてしまう。存外安いもんだよ。しかも不思議なことにその材料一つで十本分の矢が作れるんだから驚きだよ」
「そんなに作れるんですか」
「これは実際に作った人間じゃないと知らないことだし、それに不思議なことに作成するための技量を上げると一つの材料からさらに倍近く作れちゃうんだから何がコスト的問題って話。実際問題扱いづらいだけなんだよ、弓っていうのは。極めればそれなりに使えるようになるとうちが保障してあげるよ。もし弓に愛着が出たのであれば弓職人を紹介してあげるよ」
「リンダさんが作るんじゃないんですか?」
「うちのメインは【細工職人】。その弓に施しているような装飾さ」
そのあともリンダさんの長い会話が続き、ひとまず矢の作り方を学ぶことは出来た。
<ステータス>
名前 カノン
種族 咎人
レベル 1
HP80/80
MP40/40
攻撃力5
防御力1
魔法攻撃力2
魔法防御力1
回避力7
速度7
技術力4
幸運1
所持金0ガルム
貯金0ガルム
固有技能
【罪の剣Ⅰ】レベル1
独自技能
なし
既存技能
【投擲】レベル1 【採取】レベル1
職業技能
【薬師】レベル1
<装備>
武器 『無垢の弓』
武器 なし
盾 なし
頭 なし
胴体 薄汚れた衣服
腰 なし
脚 壊れかけのサンダル
羽織 なし
装飾 なし
なし
なし
なし