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電撃お題チャレンジ作品集

とあるバレンタインデーの裏話……

作者: 空ノ

 風呂から上がると、洗面台の横にある紙切れが目に入った。

『お兄ちゃんへ。いつもの公園で待ってます。ななみより』

 え?

 意味がわからず、床と固着してしまう。いつもの公園――幼い頃二人でよく遊んだ、ごく小さな公園だ。

 濡れた髪もそのままに、慌てて家を出る。



 寒々とした冬の夜道。

 小さな体に大きな瞳、常に香るソープの匂い、マロンのように甘い声。ひとり公園で待つ七海を想像していると、ふいにあの出来事が頭に浮かぶ。

 七海を溺愛していた俺が、その人格を変えざるを得なくなったあの電話を――


 ◆


「お兄ちゃんに言いたいことがあるんだけど」

「なんでも承りますよ。お嬢様」

「いや、そういうのいいから。ななみ、シスコン男とか嫌いなんだよね。生理的に受けつけないっていうか。デレ顔もキモいし」

「……あ……そ、そう……」

「うん、それだけ。じゃね」

 ブッ。


 ◆


 七海に何があったのかはわからない。

 ともあれその時から、七海好みになるためのポーカーフェイス突貫作戦が始まった。一ヶ月が経った今、妄想と現実を隔てる壁は、それはもう強固なものとなっているはずだ。



 公園に着くと、制服の上に白いコートを纏った七海が、両手を後ろに回して小刻みに足を動かしている。二月中旬の午後八時……さぞ寒かったろう。表情を変えずに駆け足で寄っていく。

「なんだよ、突然呼び出したりして」

「ご、ごめんなさい」

 え? なんで敬語? しかも、なぜかうつむいてしまう。「どうした?」そう言いながら七海の顔を覗き込む。とたんに香るいつもの匂いに……いや、我に返れ俺。

「お、お兄ちゃん……近いです。顔が……」

 ど、どどどうしたんだいったい!? 一瞬上げられた七海の視線はすぐに落ち、頬を火照らせてスッと後ずさる。その愛らしさに、妄想と現実の壁が一部崩壊した。

 一呼吸置いた後、何かを決意したような七海のつぶらな瞳が、俺を直視する。

「お兄ちゃん。言いたいことがあります」

 このシチュエーション……い、いい言いたいことってまさか!? ……いや、そのセリフには苦い思い出が――期待と不安を抱きながら、無言で頷く。

「中学の頃から気になり始めました。高校受験の時は、私の講師になって色々なことを教えてくれましたね。覚えていますか?」

 あれ、教えたっけ? ……いや教えた。教えました! 覚えているよ七海!

「べ、勉強好きじゃないから辛かったけど……お兄ちゃんのやさしい言葉に何度も励まされて、頑張り通すことができました。合格発表の日、緊張でどうにもならなかった心を落ち着かせてくれたのも、お兄ちゃんでした。あの時のメール、私、今でも保護してあるんですよ」

 十分に潤った瞳で、にっこりと微笑む七海。涙腺が緩んでいく……表情を崩すな! 壁を守れ! でないと俺は――


「お兄ちゃんのこと……ずっと好きでした。今でもその想いは変わりません。私の精一杯の気持ちを受け取ってください!」


 天が青白く輝き、稲妻が唸りを上げて脳天に直撃する。その衝撃と共に、妄想と現実を隔てる壁は跡形もなくはじけ飛んだ。ベルリンの壁さながらに……。

 気付くと、リボンのついた袋が差し出されていた。朦朧とする意識の中で受け取ると、七海の表情はひまわりのように明るく光る。

 全壊した壁を跨いで、七海の想いに応える。

「七海、俺も大好き――」

「よーし、オッケー!」

「だ……え? お、おっけー?」

「さすがお兄ちゃん。ポーカーフェイス上手だね! 合わせてくれてありがとう!」

 合わ、せ、え? 何が……どう……ん?

「これで明日の本番もきっと大丈夫! 待っててね、クールな桧山先輩! ……寒っ、早く帰ってこたつでミカンたーべよっと」

「ちょ、なな……み……」

 チラチラと細い太ももを見せながら、七海は小走りで公園を出ていく。

 呆然と立ちすくむ俺の頭に残っているのは、『桧山先輩』という言葉。

 そしてもう一つ、『明日の本番』。

 明日はバレンタインデー……。



 十分が経過した頃、七海の描いたロジックをようやく理解した。

 告白シミュレーションに付き合わされた、ということ。桧山とかいうわけのわからない奴のために、俺はポーカーフェイスにさせられた、ということ。

 七海の掌で踊らされた自分に腹が立つ。

 持っていた袋を乱暴に開けると、球体をしたチョコ達の中から、小さな紙切れが姿を現した。

『義理っチョ(失敗作)でごめんね』

 失敗作――心は塵と化した。右手から紙切れがふよふよと舞い落ちる。

 ん? 裏面にも文字が……

『ななみが本気で演技できた理由わかる? 恥ずかしいから言葉じゃ言えないけど……本当にお兄ちゃんのことが大好きだからだよ』

 泣いた。

 ああ、なんて単純な人間だろう。向けられた愛情が二番目以下なのはわかっている。心を弄ばれているのも理解している――そう思いながらも、もう一度あのポイントを読む。

『本当にお兄ちゃんのことが大好きだからだよ』

 もう一度。

『お兄ちゃんのことが大好きだから』

 もう一――

兄の、妹に対する視線が怖いと当時言われました。

おっしゃるとおりです。

妹萌えという意味を全く理解していなかったことがうかがえますね。

でもそのまま載せます!

自戒を込めて!!

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