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ラスト

分の言葉でまとめようとした岡本に、西村は頷きながら、今度は携帯端末をいじり出した。とても目と携帯が近い。独特な操作姿勢であった。

「これっす」

 西村は携帯でクロイカヅチを検索してくれた。差し出された画面に、なにやらゴテゴテしいフォルムが映し出されている。

「早いなあ。いいの使ってるねえ」

 岡本はあえて西村の携帯端末をほめた。「それは関係ないでしょ」とでも言いたげに、西村は苦笑した。

「それで、何だろうこれは。飛んでるの?」

 岡本は眉をしかめ、目を細めてのぞき込む。別に老眼でも見えにくいわけでもない。

「飛びよりますわ。これ、この砲身から、ごっついビーム出しよります」

 横に長い四角の機体に、四本、砲のようなものが突き出ている。

「それで、銃使いの西村さんを」

 合点がいった。飛ばれた上にビーム攻撃では普通の悪魔では手が出せない。

「僕だけじゃきついでしょうね。僕は援護に徹して、植田さんに行ってもらいます」

 距離感のある言い方だが底の方には揺るがぬ信頼関係がありそうだ。

「真ん中の丸いのは?」

 四角の中央に、丸いカプセルのようなものがある。ビーム砲は、そのカプセルを囲むように配置されている。

「ここに、さ......、人が乗りますね」

 さ、と言いかけて西村は言葉を差し替えた。

「佐藤さんがテストパイロットなの」

 植田が口を挟んできた。急だったので岡本はビクッとした。

「優秀ですよー。彼女はー」

 将軍はうっとりと言った。植田は睨んでいる。

「しかも、子供に募金するために発泡酒で我慢しているという優しさが有りながら!」

 向こうからはシュトウの物申してる声が聞こえてきている。それぞれのテーブルで会話が同時に進行するため、岡本もどっちに集中すべきか迷ってしまっている。

「優しい悪魔だなー」

 スギオがよく分からない合いの手を入れた。

「だいたい、悪魔って呼んでるのは人間の方が一方的にだからね。自分たちでは、なんで悪魔って呼ばれてるのかよく分かってないからね」

 古井も徐々にヒートアップしてきた。『悪魔』という呼称については、天使・悪魔・人間を含めた、長い歴史によるものらしい。なし崩し的に悪魔と呼ばれているが、理由は岡本も知らない。

「それに、僕が募金しているのは恵まれない子供たち向けのやつであって、人間なら誰でもいいわけじゃない。君らなんか、普通に働けるんだから、めいめいで頑張ったらいいじゃないか」

 古井が冷たく言った。焼酎を麦茶のようなもので割ったものを飲み続けている。焼酎が濃すぎてかなり色が薄い。お茶の焼酎割りとでも呼ぶべき代物になっている。

「は、働いてるわ!」

 シュトウが応戦する。テロを仕事ととらえているのか。

「そちらにどんな理念や信条があるのか知らないけど、こんなやり方で天使に勝てるとは思えないな」

 古井は辛辣になってきた。

「分かってますよ! 勝てんのは百も承知です! でもね古井さん。男には! 勝てないと分かっていても、戦わなきゃいけない時があるんです!」

 感情を込めてシュトウがはき出した。そんなに上等なものか? しょせんはテロ行為でしかないし、迷惑なだけではないか、とは岡本の個人的な感想である。

「いいぞいいぞ」

 スギオが横で無責任な応援をしている。

「ふーん」

 古井は挑戦的に発声した。サングラスの奧の目が、細められてるのが分かる。

「あ、いや、別に、無意味な殺生とかはしないですよ? 無駄な戦闘も極力避けてますし」

 シュトウがトーンダウンした。悪魔の迫力に気圧されたか。さては小心者だな。

「どうした。びびってんのか」

 スギオからヤジが飛ぶ。どうやらこいつが影のリーダーだな。

「悪いけど、その機関銃の弾丸を全部撃ち込まれても、ビルに仕掛けてるプラスチック爆弾が爆発しても、僕らは死なない。君らの武器じゃ、悪魔も天使も殺せない。それは分かってるよね?」

 テロリスト達は黙っている。分かっているのだろう。岡本も知っている。

「次元が違いますからね......」

 それなりのダメージを負うだろうし、かなり痛いと思われる。だが消滅することはない。時間が経てば復活する。

「まあ、よっぽど強力なエネルギーで、一気に焼かれたら、つらいけどね」

 そして同時に古井は岡本と同じ事を思ったらしい。

「それは、やっぱり、ビーム兵器とか?」

 恐る恐るといった風でシュトウが問いかける。知識として知っていたものを、悪魔本人に確認しようとしている。

「あー。例の? クロイカヅチ? 見たことはないけど、理論上はそうなるね。やばいね」

 シュトウとスギオは顔を見合わせ「おー」と言って喜んでいる。奪還できると決まったわけでもないのに。それに、その兵器だけで天使に勝てると思っているなら短絡的すぎる。まあ、人間の短慮ぶりはそんなものか。

「開発には二十年かかった」

 将軍が感慨深げに言った。岡本の視線はテーブルを移動した。

「最強の兵器ですよ。ええ」

 そして将軍はうまそうにビールを飲む。人間にとっては二十年というのは長く感じるのだろうし、自分がやってきたことに対する自負もあるだろう。

「天使に対してもやばそうな兵器を、天使はなんでわざわざ人間に作らせたのだろう?」

 岡本は素朴な疑問を呈した。それを使って刃向かってくるのは見え見えではないか。

「......僕に聞いてるんですか?」

 西村が困った顔で応えた。

「ごめんね。なんか知ってるかなー、って」

 岡本が話しかける相手が西村しかいないので、仕方ない。

「人間はね、岡本さん、どこまでも進歩しつづけるんです。探求しつづけるんですね。終わりはない。天使たちはぼんやりしたもんです。こっちだって、『天使を焼き殺す兵器を開発させてほしい』なんて言って予算なんか下りるわけないのは知ってます。ただ、強い兵器を作らせてくれ、って、それだけ」

 たいがいの天使はぼんやりしている。岡本も同じイメージをもっている。ぬるま湯に浸かっているイメージ。

「え、てことは、斉藤さんも、天使をやっつけようとしてるの?」

 驚いた植田が将軍に言う。斉藤という名前なのも、さん付けなのも意外だった。

「そんな野蛮なことはしませんよー」

 滅相もございませんよー、というように将軍は言う。

「私は、ただ、人間が自立できるだけの、自信を手に入れたいのです。クロイカヅチが量産されれば、天使に守ってもらわなくてもよくなりますから」

 将軍は将軍なりに人間の未来を考えているようだ。急進派のテロリスト達とは対照的に、二十年かけたと言う。

「ここで終わってたまるか!」

 そう将軍は憎々しげに吐き捨てると、またジンギスカンに箸を延ばした。

「でも、だからって、佐藤さんを騙してたらし込んで利用するのは、許されないと思う」

 植田は植田で、佐藤という人間にしか意識が向いていないらしい。佐藤は女性らしい。岡本は気になっている。

「植田さんと、その、佐藤さんという方とは、どういったご関係なんだろうね」

 もはや岡本に迷いはない。分からないことは西村に聞く。それだけ。

「......。いや、ちょっと、わかんないす」

「ええ~!」

 岡本は大げさな身振りでのけ反った。

「そういう個人的なことは聞いてないっすね」

 安心するようなことを言ってくれるぜ。

「うん。そういえば、西村さんにも言ってなかったね」

 何かを決意するように植田が言った。空になった三杯目の杏仁豆腐をそっと置いた。


「初めて佐藤さんに会ったのは、五年前の、雨の日でした」

 植田が天井を見上げて語り始めた。何となく、長くなりそうな気がする。

「私は駆け出しの悪魔で、右も左も分からなかった。佐藤さんは、何か、軍隊の研究室みたいなところで働いていたね」

 今では佐藤は浮遊兵器のテストパイロットをしているそうだから、不自然ではない。

「彼女、最初は普通の研究員だったね」

 将軍がアシストする。兵器を開発する研究所に勤めていた、と。

「地方から出てきた私は、雨の日、とあるレストランに入った。メニューを見ても、よく分からないから、適当に注文した」

 岡本は植田の度胸に感嘆した。最初の頃は怖くてセルフサービスの店ばかり行っていた。

「今思えば、普通のファミレスだったんだけどね」

 植田はいたずらっぽく笑う。一人ファミレスとは。

「カレーを食べ終わって、出ようとしたとき、私、お金持って無くて。店長が出てきて、強気にいろいろ言ってきて」

 命知らずな人間がいたものだ。

「今思えば、普通にぶっ飛ばせばよかったんだけど」

 再びいたずらっぽく笑う。その人間は殺されても文句は言えない。

「パニくって、あわあわしてたら、そこに現れたのが佐藤さん。まあまあと言って、代わりに払ってくれた」

 カレーくらいなら岡本でも払える。悔しかった。

「それから、たびたびお金を借りるようになった」

 って、なぜ急にそうなる? ダメ悪魔への道まっしぐらじゃないか。

「忘れもの多いの?」

 岡本は西村に小声で聞いた。西村は黙って頷いた。

「私の、悪魔としての活動もサポートしてくれた。今の戦法にしたのも、佐藤さんのディレクションのおかげなんだ」

 確かに、本人よりも、傍目で見てる方が冷静で的確なアドバイスを送れたりできることもある。人間ながら良いセンスの持ち主のようだ。高速移動と遠隔攻撃。それにしてもエグい戦い方だ。

「他にも、買い物に付き合ってくれたり、レポートを代わりに書いてくれたり」

 レポートとは、悪魔の義務として天使の出先機関に提出するものだ。週に一度、書かなければならない。岡本も、とてもめんどくさいと思っている。よく一ヶ月くらい溜めたりしている。

「それが、テストパイロットになったら、忙しくなって、相手してもらえない、と」

 将軍の指摘に植田は「ぐっ」と言葉を詰まらせた。図星のようだ。

「どういう経緯でテストパイロットになったんだろうね?」

 岡本の問いかけに、西村は堪えきれずに吹き出した。

「さすがに、それを僕に聞くのは無理がありますわ」

 岡本としては、西村に答えを求めているというよりは、疑問を共有したかったのだ。

「別に無理やりパイロットをやらせたりしてないよー」

 将軍にも聞こえていたようだ。先回りして言われた。

「連絡が取れなくなったからね。何を言われても信じない」

「そりゃ最高機密ですもの。極秘ですよ」

 連絡が途絶えたので、植田は強硬手段に訴えてきたのか。秘密を守りたい将軍側の気持も一応は理解できる。

「最後のメールは『テストが終わったら戻るから心配しないで』だった。そんなこと言われたら、余計に心配になるじゃない」

 植田は涙目で言う。

「他に言いようもないでしょうよ」

 将軍がもっともな事を言う。そこでもう少し詳しい説明があればよかったのだろうが、極秘事項では仕方ない。

「偶然、レジスタンス募集のチラシを見て、これが成功したら佐藤さんはまた戻ってくるんじゃないかと思って、応募したんだ」

 シュトウたちも、悪魔が応募してきて驚いただろう。

「僕もチラシを見て応募しましたよ! 奇遇ですね! 僕の場合は悪魔調整局でしたけど!」

 同じチラシという媒体なのに、立場は対極的である。ひょんな事から敵同士になってしまうという、なんという運命。

「そのチラシも見たけど、天使側につく選択肢は無かったわー」

 植田が冷ややかに岡村を見る。チラシを読んだだけで天使関係だって分かったのか。普通は分かるのか。

「天使側っていっても、ハハ、そんなには、ほら」

 岡本の必死の弁解も空しく通り過ぎていく。自分でも弁解しようのないことを理解しているので論理的に反論できないでいる。

「もしかして、知らずに入ったんすか?」

 西村が、まさかね、という感じで聞いてきた。そのまさかなのだ。

「うん、まあ」

 岡本はアゴをやや突き出して細かく頷いた。

「マジか!?」

 植田が目と口を大きく開けた。でもどこか笑っているようにも見える。つまり笑われている。

「僕に来たチラシには、その辺のことがぼかして書いてあったんだと思う」

 岡本は下を向いて小さい声で言った。多分、そんなことはない。

「読む人によって書き方を変えたりしないでしょ」

 西村に指摘されるまでもなく、岡本は分かっている。

「いいじゃない」

 早くこの話題が流れてくれることを祈った。

「天使に憎からずですか?」

 西村から質問が来た。何て言い回しだ。

「憎からず......。確かに、そんなに憎む理由はないかも」

 今までの人生の中で、はっきり言ってまったく接点がない。両親も特に反天使という教育をしてこなかった。

「最近、増えたよねー。そういう悪魔。なに世代っていうんだっけ」

 将軍がバカにしたように言う。そうして育てられたのだから仕方ない。岡本は、自分の責任ではないと思っている。

「余白世代ですわ」

 西村が楽しそうに言う。そんなに歳は変わらないじゃないか。

「天使とか悪魔とか! どうでもいいんだよぅ!」

 植田が突然、大きな声で言い切った。テーブルの皆が一斉に植田を見る。

「大切なのは! 一人一人の! お互いを思いやる心でしょ!」

 言われた瞬間はよく理解できなかった。心の表面を上滑りしていった。

「天使と悪魔はそんなに変わらないでしょうが。それを言うなら、人間も悪魔も変わらない、ってんですよ」

 将軍は冷静である。そう、天使と悪魔は本質的に同じ存在だという説がある。その昔、試験に合格したのが天使、楽しむことを優先したのが悪魔。仮に正しいとしても、何万年も前のことだ。それぞれの子孫は、また違うアイデンティティーで人生を送っている。真面目な悪魔もいるし、趣味に生きる天使もいる。

「これから言おうとしたんだよ!」

 植田が顔を赤くしている。ばつが悪そうである。

「悪魔に人間の気持ちが分かるっていうんですか?」

 将軍は徹底的にバカにしてくる。優位に立っているつもりだろうか。それとも、挑発して冷静さを失わせようという作戦か。

「分かるもん!」

「分かんない分かんない」

 何となく、前にも見たようなやりとりな気がする。

「百歩譲って分かんないとしよう。でも、佐藤さんの気持ちは分かる。テストパイロットを辞めたがっているよ」

 植田は静かに断言した。相当な自信のようである。

「本人に聞いたんですか?」

 将軍は疑わしげな視線を向ける。一応は確認する気があるらしい。

「聞いたわけではないけど、分かるさ! そのために、今日、こうやって、こんなテロに荷担してるんだ!」

 植田の動機は人間からしたら理解しがたいかもしれないが、悪魔とはそうしたものだ。

「ああ、もう、ごちゃごちゃうるさいな」

 将軍がしびれを切らしたようだ。人間にしてはよく頑張った方だ。

「なんだったら、本人に直接聞いたら? さっき呼んだから、もうすぐ来るから」

 なんだって?

「来るの?」

 植田が眼を輝かせた。

「え、それは、もしかして......」

 岡本の脳内に悪い予感が浮かぶ。呑気にジンギスカンをつついている自分に、ずっと違和感を覚えていたのだ。


 次の瞬間、外で爆音が轟いた。そして爆音は轟き続ける。エンジン音のような、雷鳴のような。

「佐藤さんの、移動手段は、もしかして、件の、浮遊する兵器?」

 まさかね、と思いながら窓を見る。

「んん?」

 白銀に輝く小さい光が、ぐんぐん大きくなっていく。猛スピードでこちらに近づいてくる。

「あ、あれがそうかな」

 緊急事態だが、岡本は西村に聞くしかない。

「......」

 西村は白い光を睨みながら、無言で立ち上がった。手にはすでにショットガンが握られている。岡本の呑気な質問に答えてくれる雰囲気ではない。

 植田も立ち上がった。その眼には戸惑いが見える。植田も感じているのだろう。クロイカヅチから放たれている、圧倒的な敵意を。

「えっと、古井さんは......」

 岡本には、まだ現実を受け入れる覚悟は出来ていなかった。何はなくともホウレンソウ(報告・連絡・相談)。特に相談。

 見回した先で岡本が見つけた古井は、完全に泥酔していた。椅子に座り、深くうなだれたまま、ピクリともしない。悪魔があんなになるなんて。どんだけ飲んだんだ。

「おい、何かやばそうだぞ」

 スギオがシュトウの方をゆする。シュトウはテーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝ている。おきる気配はない。

 そうこうしているうちに、白い光はグングン大きくなる。徐々に輪郭が見えてくる。銀色に煌めくフォルム。四本の突き出た砲身。真ん中の赤い丸。西村が携帯端末で見せてくれたのと同じだ。それはそれで、最高機密としていかがなものか。

「で、中村さんは......」

 ジンギスカンを食べ出してからというもの、中村を見ていない。最後に見たのは、素振りをする後ろ姿だ。まだ素振りをしているのだろうか。

 いや、ジンギスカンを食べていた。かなり遠いテーブル。非常事態にも関わらず、まだ食べ続けている。時間いっぱいまで食べる気らしい。肉を焼くペースが尋常ではない。楽しく歓談している間、彼女はずっと食べ続けていたのだろうか。岡本は申し訳ない気持ちになった。とはいえ今さらしょうがない。

「そういえば、あずきさんは......」

 あまり期待せずに見回す。当然のように見あたらない。大体、探している時に限って見つからない印象である。岡本は、期待していなかった自分に気がついた。期待値を下げれば頭に来ることもない。

「でも、まさか、いきなり撃ってくるなんてことは......」

 佐藤という人間は植田の知り合いであるらしい。ある程度、話の通じる相手だと思いたかった。希望的観測である。

 四本の砲身がうごめいている。生き物のように繊細な動きだ。狙いを定めていると仮定した場合、確実に悪魔を狙っている。植田・西村・中村......。そして、一番右の一本は、岡本を狙っている気がする。

「こんな遠くから、ピンポイントで狙えるものかねえ」

 まだ隣にいる西村に問いかけてみる。西村はすごい汗であった。手に持ったショットガンが、いつの間にかスナイパーライフルになっている。自在に銃の種類を変えられるようだ。だが、別にスコープをのぞき込む訳でもない。ただ汗をかいて、クロイカヅチを睨んでいる。

「狙え、ないですね。遠すぎて。こっちからは」

 大汗の原因は岡本にも何となく分かった。向こうは狙ってるが、こちらは遠すぎて狙えない、ということらしい。

「悪魔が? 人間の兵器に負けてるっての?」

 冷やかすように言ってみた。否定して欲しかった。

「......そういうことになりますね......」

 あっさり負けを認めやがった。それでも悪魔か!

「で、すみませんけど、盾、貸してもらえませんかね」

 ライターじゃあるまいし、と思いかけたが、そんなことを思っている場合ではなかった。

「俺の、盾で、大丈夫かな?」

 大丈夫じゃなかったらどうなるかは想像はつく。だが西村には聞かずにはいられない。

「それはやってみないと分からないっすわー」

 至極まっとうな回答であった。同時に、岡本の全身に鳥肌が立った。やりそこなったらまずは四人、おだぶつだ。

「っツ! ビームだったな!」

 防御担当として頼りにされたら燃えないわけにはいかない。自分だけのためではない、誰かを守るためなら、いつも以上の力が出る、はずである。

 悪魔の視力だから見える。暗闇にぽっかり浮かぶ白い光に、しかし、黒い光が充填されつつあった。

 黒いイカヅチ。夕闇よりも際だって黒い。黒すぎて逆にはっきりと浮かび上がっている。あれを撃ってくるって?

「一番固いので! 逸らせれば上等ッ!」

 ビーム全部を受け止めようとして、受け止められなかった場合は、いや、よそう。考えたくない。受け流すように、盾によってビームの角度を変えられればダメージは無い。

 ヒキューィー!

 金属的な、高い音だった。もっと『ズギューン』という音だと思っていた。ビームの発射音。現実にはこのように無機質で無地異なものなのだろう。

「ほんとに撃ってきた!」

 ギリギリまで岡本は疑っていた。実際には撃ってこないだろうと、高をくくっていた。事前に西村に言われていなかったら準備が間に合わなかった。

「エリクシル・シールド!」

 盾の表面に特殊なコーティングを施したものを出現させた。鏡面仕上げである。四枚。ひし形。空中に固定した。あらかじめ、どこを狙っていたのか予想できている。

 最初に、黒い光が空間を切り裂く。空気が暴発する。岡本の盾は四枚ともビームの中心を捕らえた。二十五度。それぞれがギリギリの角度で受け流す。熱で盾の表面がえぐられる。

「がーー!!」

 盾へのダメージは、もちろん岡本にダイレクトに来る。結局は岡本の身体の一部である。

 盾の厚さが溶けきる前に、ビームによる攻撃は止んだ。四筋の黒い光はそれぞれ虚空へと消えていく。

「うわーーー!!」

 ビームそのものは受け流しに成功したが、急激な温度差による空気の爆発は防げなかった。パーティー会場のあらゆるものが吹っ飛ばされた。

「ぎゃーー!!」

 張本人である将軍までもがひっくり返る。テーブルが飛ばされる。ジンギスカンは、そのほとんどが美味しく頂いたあとだったのがせめてもの救いだった。

「化け物め!」

 西村が吠え、ライフルを構える。さすがは悪魔、爆風などものともしないようだ。植田も短刀を抜き、戦闘態勢を継続している。中村は不機嫌そうに周りを見合わしている。古井はまだ寝ている。あずきの姿は見えない。少しは植田チームを見習って欲しい。

「逸らした!? やるなぁ! 盾!」

 将軍は感心したような、バカにしたような調子で言った。

 一発目は何とかしのいだものの、岡本が負ったダメージは少なくない。一気にぐったり来た。疲れがどっと出た。軽く逸らしただけでこれだ。直撃したら、魂ごと焼き尽くされてしまうだろう。

「人間がいるんだぞ! いきなり撃ってくるなんて!」

 シュトウが叫んでいる。そう言う彼も人間である。岡本は会場を見回してみた。先程までの和やかなジンギスカンのムードは一転、パニックを起こした人間達の阿鼻叫喚の図であった。他人を押しのけ、我先に非常階段に逃げ込もうとしている。岡本は、人間のこういう小ささや醜さが大嫌いだった。

「落ち着け! 女や老人が先だ!」

 そこに銃声が響く。スギオが天井に向けて機関銃を撃ったのだ。威嚇射撃だ。人間達はたちまちの内に手を頭の後ろに組んで腹ばいになった。慣れた動作だ。

「渋滞を起こすな! 一列に並べ」

 シュトウの声は大きいから便利だ。窓ガラスがビームによって割られ、突風が吹き込んでいても聞き取れる。先程とは打って変わって、のろのろと歩き出す。主体性のないやつらだ。

「うう、あ、はい、じゃ、避難誘導は任せましたよ......。うっぷ」

 のっそりと古井が立ち上がった。泥酔した身体と脳にムチを打っている。今にも倒れそうである。

「クロイカヅチは悪魔をピンポイントで狙っている。おとりになってる内に、早くビルを降りるんだ」

 古井があまりにも使えないので、仕方なく岡本が前に出て言う。そんな岡本を、シュトウたちは怪訝な顔して見ている。

「おとりに? 悪魔が? 何を企んでる?」

 無礼な口ぶりに、思わず「勝手にしろ!」と怒鳴りそうになった。いけないいけない。人間相手に大人げない。軽く深呼吸した。

「君らの出番は終わりってことだよ。このまま地味に消えていってくれ」

 あえて挑発的に言ってみた。

「何だとこの野郎!」

 食ってかかろうとするシュトウを、スギオが止めた。役割分担が出来ている。

「やめとけ。天使と悪魔で好きにつぶし合えばいいだろ」

 クロイカヅチ、作ったのは人間だが作らせたのは天使だ。

「それはつまり、クロイカヅチを諦めるってことかい? スギちゃん」

 今度は神妙な顔になる。

「命あっての物種、ってね」

 予定調和に向かっているようだ。

「うむむ、スギちゃんがそう言うなら仕方ないか! やい悪魔! 今回の所は見逃してやるが! 次に会ったらタダじゃおかないからな!」

 ビシッと岡本を指さし、くるりときびすを返し、二人は非常階段に続く列へと並んだ。


「次、来るぞッ! 早く! 盾!」

 西村の声に我に返った。人間なんぞにかまけてたから準備できていない。

「あれ? いない?」

 さっき攻撃してきた位置に、もはや白い光は無かった。どこに行った?

「一発目は、あいさつ程度のご機嫌伺いよ。次は角度をつけて悪魔だけを狙う」

 将軍が勝ち誇ったように解説してくれる。他の人間のように逃げないところを見ると誤爆されない絶対の自信があるのだろう。

「左! 左! 盾! 早く!」

 西村が切迫した調子でせっつく。盾で守られて当たり前と思って欲しくない。

 言われたとおり左に顔を向ける。そして岡本は固まる。ビルのすぐ横でホバリングしている、思ったよりも大きかった、クロイカヅチ。

「はや!」

 接近されるのが予想以上に早かった、と言いたかった。

 シルバーメタリックのボディーは、配線やチューブが向きだしである。全体的に白く光っているのは、薄い膜のようなもので覆われているからだ。西村がさっきから何発もライフルを撃ち込んでいるが、その膜にさえぎられ、軌道を変えられてしまっている。

「もうだめだ」

 撃ちながら西村が言う。諦めが良い。

 機体の真ん中に輝く赤い光。コックピットらしい。中に佐藤という女性が乗っているそうだが、岡本の場所からは中は透けて見えない。左右にホバリングしながら、細かく角度を調節している。悪魔だけを効率よくビームの軌道に入れようとしているらしい。クレーンゲームでもやっているかのような動かし方だ。向こうはゲーム感覚なのかもしれない。人間たちの、相手を思いやる心の無さ、想像力の欠如にはイライラさせられる。

「来た!」

 とりあえず、窓際に近くて動きの少ない岡本・西村を先に狙ってきた。植田はちょこまかと動き回るので、同時に攻撃範囲に収めるのを諦めたようだ。

「そんなに!?」

 それは、四本のビームが束になって岡本の盾に襲いかかってくる、ということを意味している。

 黒い光。何とも無慈悲。独特の高周波とともに。

「おうはぁ!」

 精神的に動揺したので、盾にモロに受けてしまった。丸い盾。銀色で、縁だけ赤いラインが入っている。お気に入りのをとっさに出した。レッド・スウェード・シールド。叫ぶ暇もなかった。

「直角に入ってる! 受け流さにゃ!」

 後ろで西村が叫んでいる。当然のように盾の後ろに陣取っていた。

「はぶぶぶぶ」

 両手で盾を支え、瞳孔を開きながら、顔は下に向けて左右に振って耐えている。受け流す方向を間違えたら、避難中の人間に当たるかもしれないし、ビルが倒壊するかもしれない。

「そのまま溶けてしまえ! 役立たずの盾め!」

 爆音の中でも岡本の悪魔耳は将軍の悪態を聞き逃さない。そちらの方向にビームを受け流そうかとも考えたが、大人げないのでやめた。

「さ、せる、かーーー!」

 岡本が渾身の気合いと共に弾き返したのは、左斜め、上、四十五度。

「なにぃ?!」

 将軍が驚いている。跳ね返ったビームは遠く夜空へと消えていった。

「見たかコラー!」

 岡本が勝ち誇る。

「なんで!? あんな盾で! 我らのイカヅチが! 効かないの?」

 将軍のアイデンティティーが崩壊しつつある。二十年の努力が否定されたなら心中穏やかではないだろう。岡本のせいではないし、何で効かないのかは岡本にも分からない。

「のあっ、ひぃっ、はうぁ、ふひぃ」

 その岡本だが、呼吸もままならない。汗が止めどなく流れる。

「へばってる! うん、へばってるよ! やっぱり効いてるんだ!」

 将軍は今度は驚喜している。アップダウンが激しい。

「やかましい」

 西村が将軍に向けて撃った。

「あひっ!」

 ライフルだったのがバレーボールを打ち出すマシンに変化している。将軍の顔面にバレーボールが命中し、メガネが吹き飛んだ。

「大丈夫っすか?」

 そして西村は岡本を気遣う。岡本本人より、盾の方を心配しているのかもしれないが。

「......」

 岡本は声が出せない。疲労困憊した顔を見せて、察してもらおうとした。

「ああ、こりゃダメだ」

 西村の見切り方は潔くて好きだ。否定しようもない。次の攻撃は恐らく防げないだろう。そしてクロイカヅチは次の攻撃の準備をしているようだ。へばった様子はみじんも感じられない。

「ここまでか......」

 西村が切ない吐息で言った。その時。


「とりゃーー!」

 植田の怒鳴り声が聞こえた。空を飛べる植田が、クロイカヅチへと突進を開始したのだ。

「無茶だ!」

 西村が悲鳴を上げる。彼の心配は的中し、半透明のバリアに植田は顔面からビターンと激突した。そのまま大の字でへばりつく。

「むぐぐぐ」

 バリアの圧力で吹き飛ばされそうになるのを、必死でこらえている。

「離れて! 撃たれたらヤバいです!」

 西村の声は植田に届いているだろうか。離れる気配はない。むしろ、更に突っ込もうとしている。

 クロイカヅチの動きに動揺が見られた。ふりほどこうと慌てているようにも見える。良くも悪くも、女性が運転しているのが伝わってくる。

「佐藤さん! あたし! 分からないの?」

 へばりついた体勢で植田が叫ぶ。人間の肉眼でも容易に見える距離だと思うのだが。

「そうか! 説得できたら俺たち助かるかも!」

 西村から後ろ向きな希望が提案された。岡本も、それが一番の現実的で無難な解決策だと思った。

「へへへっ! 残念でした!」

 将軍がひび割れたメガネをかけながら言う。拾ってきたらしい。

「映像はゴーグル越しに送られるから、悪魔はアイコンと数字でしか表示されませーん! 音声もヘッドホンで本部と連絡とってるから聞こえませーん!」

 目の前に悪魔がいるのは分かるが、どんな個体かは分からないという。おそらくゲームの画面みたいに見えているのではないか。

「ああそうかよ」

 西村が将軍を再び撃った。今度は軟球で、将軍の右足のすねに命中した。正確なコントロールのピッチングマシーンだ。将軍は言葉も無くうずくまり、痛みに耐えている。

「佐藤さーーん! もしもーーし!」

 植田はバリアをバンバン叩きながら絶叫する。いよいよクロイカヅチの動きも激しくなる。中で佐藤はだいぶ焦っているだろう。

「いかん! 砲で狙っている!」

 西村の言うとおり、バリアの内側で四本のビーム砲がうごめき、植田に狙いを定めつつある。あの距離で、四本同時では、絶対に助からない。

「こうなったらダメもとで......」

 盾を投げてみるしかない。何割かでも直撃を避けられれば、消滅は免れるかもしれない。ただ、岡本自身のダメージがキャパシティーを超えてしまうだろう。西村もそれが分かっているのか「盾を出せ」とは言ってこない。

 いや、別の方法があった。精神的に余裕を失って思考の柔軟性が欠けていた。クロイカヅチとは別の駆動音が聞こえてくる。下の方から。

「佐藤さーーーーーん!」

 ほとんど泣きながら、植田は最後に呼びかけた。目でも耳でも分からなくとも、心に通じるものがあるのか、クロイカヅチは相当に悩んだ様子の挙げ句、ビームを発射した。発射するとなったら思い切りがいい。四本同時、最大出力である。

「ぎやあああーーーー!」

 断末魔だけ残して、植田の姿が消え去った。四本のビームが収束する中にかき消された。いや、ビームのせいで植田が消えたのではない。岡本のデビルアイが確かに見た。ジェットスキーのような乗り物に乗った中村が、すんでのところで植田をかっさらいながら、下から上へと駆け抜けていった。乗り物は古井が変化したものだろう。アルコールが抜けるのがあと少し遅かったら、危ないところだった。

 中村の右手は、がっちりと植田の左手を捉まえていた。植田はぐったりしている。信じていた相手が攻撃してきたのでショックを受けているのか。放心状態の顔で何やらブツブツ言っている。早く、佐藤には見えていなかったことを教えないとトラウマになってしまうかもしれない。

 四本のビームはそのまま直進する。その先にあるのはビルである。

「うわー!」

 岡本たちのいる階の、一つ上の階を貫通した。頭の上で爆発音。蛍光灯やらパネルやらが降り注いでくる。

「助けてー!」

 将軍がはいつくばって泣き叫んでいる。いい気味である。いい気味ではあるが、見殺しにもできない。

「リーズナブル・シールド!」

 薄い鉄板程度の盾を出す。出したまま一時間くらいは残っているタイプである。

「これを持って、どっかに行ってしまえ」

 岡本が放り投げたねずみ色の盾を恐る恐る拾い上げると、将軍はそそくさとパーティー会場を出て行った。礼ぐらい言っていったらどうだ。


「どうなってんのー?」

 破壊されたビルの外壁から、中村が華麗に飛び込んで降り立った。植田に肩を貸している。一人、ジンギスカンパーティーの会話に参加していないので事態が飲み込めていないのだろう。

「次に直撃したら木っ端みじん、いわゆるピンチってやつさ」

 ニヒルな口調で岡本は言った。普通に言おうとしたのに、つい格好良くなってしまう。

「よければいいじゃん」

 中村の言葉によって岡本の根拠レスな自信は真っ二つにぶった切られた。

「ていうか、なんなのアレ」

 クロイカヅチを指さし、今度は西村に聞く。何となく聞きやすいんでしょうね。

「天使の命令で、人間が開発してた兵器です。クロイカヅチといいます。レジスタンスはあれを奪おうとしてたんです」

「ふん。クロイカだかアカイカだか知らんが......」

 中村は男前に毒づくと、クロイカヅチを睨んだ。

 古井は先程のスキージェットから、円盤状の飛行機に変化し、クロイカヅチの周りを飛び回っている。時折ビームを発射されるが、ギリギリのところであざ笑うかのようにかわしている。この調子なら、だいぶ時間が稼げそうだ。

「フライングパンケーキだ......」

 知っていたのか西村。また聞きたくなっちゃうな。

「で、あんたらは?」

 中村がさらに西村に聞く。なんで悪魔がテロリストの味方をしているのか。

「あれのパイロットが、植田さんの知り合いらしいんですけど......」

 西村は言葉を濁した。そして皆で植田の方を見る。

「......」

 植田は虚ろな顔で壁によりかかっている。気だるそうに携帯をいじっている。ネガティブなブログでも書いているのだろうか。完全にモチベーションが消失しているようだ。

「なにせ、話が通じないし、向こうに歩み寄る姿勢も見られませんし......」

 西村は困ったように頭をかく。おまけに銃による攻撃もバリアに邪魔されて通じない。

「と、いう訳だから。早く逃げようぜ」

 これは岡本の提案である。

「はあ?」

 そしてこれが中村の回答である。

「なあ。これ以上の戦いは無意味だよなあ」

 岡本は西村に同意を求めた。

「いや、もう、僕らは、これで」

 西村も渡りに舟という感じで言う。植田チームは戦意喪失といったところか。植田がやる気を無くした今となっては、この場所に留まる理由もない。

「あり得ない。逃げるなんて」

 中村は違う意見のようだ。意見の対立なんてよくあることだ。ここは大人の余裕でもって、中村の意見の根拠を聞いてみようではないか。

「むかつくじゃんか。冗談じゃない」

 予想と違った。いや、予想通りか。

「じゃあ、どうやって戦う? 近づけないし、逃げ回ってるだけじゃ勝てないよ」

 遠回しに中村の意見を否定しようとした。圧倒的に不利な状況を、どう思っているのか。

「それは私が考えることじゃないって」

 腕を組んだ中村に断言された。岡本は固まり、西村は不安そうに両者を見比べている。

「ふ、古井さんにも来てもらって、作戦を考えましょうか。ねえ」

 沈黙に耐えかねた西村から妥協案が提出された。そしてロケット砲のようなものを取り出す。

「こいつで時間を稼ぎます!」

 クロイカヅチの上下左右、ランダムに打ち込んだのは、いわゆるダミーというやつだ。空中でポンと弾け、風船のように膨らむ。人型になってフワフワ浮遊する。悪魔っぽい波長も出している。肉眼で見ていないのを逆手にとった作戦である。

 突然、大量に発生した悪魔の大群(のように佐藤には見えているはず)に、クロイカヅチはあからさまにパニックな動きをし出した。とりあえず距離をとるようにしながら逃げ回っている。心理面ではまだ課題があるようだ。

 それを見て古井がビルへと戻ってきた。降り立った古井の顔色は悪い。

「いやー。二日酔いでの曲芸飛行はきついわー」

 もうちょっと格好いい帰還を期待していたのに。

「この人、逃げるとか言ってるよ」

 中村にチクられた。だが自分が間違ったことを言っていないという自信があるので、岡本は黙って肩をすくめた。

「それはいかんね」

 古井は汗を拭きながら、キッパリと言った。予想外であった。

「どんな強大な敵でも、決して諦めないで、最後まで戦うのが、悪魔ってもんだろう!」

 岡本の認識とあまりにもズレがあったので酷く驚いた。

「え、そうなんですか?」

 そんなポリシーは聞いたことがなかった。このグループだけのものなら、前もって教えておいてほしかった。

「『え、そうなんですか?』じゃねえよ! 今まで何のために戦ってきたんだよ!」

 古井のボルテージの上昇に付いていけない。何で怒られているのか理解できない。一緒に戦ったのは今日が初めてだし。それほど戦ってないし。

「じゃ、じゃあ、どうやって戦うんでしょうか」

 勝てる見込みがないなら戦いたくない。臆病者と罵られようが、卑怯者とそしられようが、構わずに堂々と帰るだろう。

「よし、それでは、これから作戦会議に入ります」

 古井が宣言した。これから考える、ということだ。

「まずは岡本君から発表してくれたまえ」

 岡本は「ええ~!」と叫んで今までで一番大きく目を見開いた。

「パワーハラスメントっすわ......」

 唯一の理解者が西村という現実。

「本気で言ってますか?」

 岡本は念のために確認しようと思った。あるいは時間を稼ごうと思った。

「たたき台でいいからさ」

 どうやら本気で何の作戦も思いついていないようだ。

「いや、だって、たたき台もなにも......」

 岡本としての答えはとっくに出ている。とてもかなわないから逃げよう、ということだ。ただ、それを再び言える雰囲気ではない。中村が腕を組んでこっちを見ている。

「......」

 とうとう岡本は黙り込んでしまった。ふて腐れるというやつだ。古井も中村も何も言わない。それぞれ、何のアイデアも持ち合わせていないのだ。

「あの......、そろそろ、ダミーバルーンが効かなくなってきてるんですけど......」

 閉店間際の居酒屋の店員のように、西村がとても言いにくそうに言ってきた。適宜、ダミーを補充しているようだが、次々に打ち落とされている。岡本たちの居場所がバレるのも時間の問題だ。

「後にしてくれないか」

 古井は西村の方を見ないで言った。無理な注文だ。

「いや、まあ、僕はいいんですけど......」

 西村は苦笑いしながら下がっていった。好意でやってくれてるのに、そんな言い方はないんじゃないかな。

「なんだその態度は! 元はといえば、君らがテロリストの手助けなんかするから、ややこしくなってるんじゃないか!」

 今さらそんなことを言い出しても何の得もないのに。リーダーが感情的になったら組織は終わりだな、と思いながら、岡本はヒステリックな古井の姿をぼんやり眺めていた。

「......チッ」

 西村は舌打ちをした。面倒くさそうに頭をかいている。そんな西村をサングラス越しに燃えるような怒りの目で古井が睨んでいる。


「お疲れ様でーす」

 最悪の空気を打開したのは、あずきであった。場違いに呑気なトーンで入ってきた。

「遅いよ! なにやってたのよ!」

 古井は脳天から噴火せんばかりにわめいた。猛烈なストレスにさらされているだろう。いつ血を吐いてもおかしくない。

「思ったより準備に手間取っちゃいましたねー」

 あずきは全く悪びれない。しょうがないね、とでも言わんばかりに手にした薄い布をヒラヒラとさせた。

「まあ、しょうがないか」

 瞬間的に軽く流した。何が起きた? また何かしたのか?

「ど、どこに行って、なにしてたんですか?」

 たまらずに岡本はあずきに問うた。

「ごめんねー」

 あずきは質問に答えない。薄緑色のフワフワした服に着替えている。まさか一度家に帰ったのではないだろうな。あらぬ疑心暗鬼に捕らわれた。

「せめて、何の準備かだけでも......」

「よし、全員揃ったし、そろそろ行きますか」

 中村にさえぎられた。あずきに助け船を出したというより、岡本の存在に気がつかなかったという方がしっくりくるさえぎり方だった。

「いや、まだ作戦が......」

 どうして、こうもマイペースな人員ばかりなのか。

「ああ、そうだね。あずきさん、何か作戦ある?」

 気軽に聞いたもんだ。

「無くはないよ」

 しばしの沈黙。

「え、どんな作戦?」

 古井がめんどくさそうに聞く。

「言いますか?」

 中村のため息が聞こえる。この不毛なやりとりの間にも、西村が放ったダミーの数はどんどん減っていっている。

「言ってよ」

 古井もやや及び腰である。どこまで踏み込んでいいのか、距離感が掴みづらいのだろう。

「じゃあ、言いますね」

 そしてまた沈黙。

「言っていいよ」

 むしろ早く言うべきだ。これだけ引っ張って、しょうもない作戦だったどうするつもりなのか。

「もう終わりですわ」

 西村の諦めの声がした。岡本が見上げると、クロイカヅチは真っ直ぐにこちらを見ている。周りに浮遊しているダミーを放っておいている。攻撃してこないとバレたようだ。

「ありがとう。助かったよ」

 誰も言いそうにないので、岡本が西村をねぎらった。

「いえいえ、お役に立てませんで」

 西村が謙遜し返す。二人でペコペコとした。

「......で、最後に私が、説得する、と」

 岡本は驚いて振り返った。あずきが作戦を語っているのを聞き逃した。

「よし、それで行こう!」

 いつの間にか方針も決まっている! どこまでないがしろにすれば気が済むのか! それとも聞いていなかった岡本が悪いのか?

「あ、すみません、もう一回いいですか?」

 まさかメンバーに説明なしで進まないでしょうね。

「行くぞ! クロウレッド!」

 古井は無視してポーズを決めた。岡本は「わわわ」となった。

「ワイヤード!」

「わ、ワイヤード!」

 一拍遅れて岡本もポーズを取る。中村・あずきはバッチリ決まっている。出遅れてしまった。

「まあ、やり直すほどでもないしな」

 古井は岡本が揃わなかったのに不満そうだった。

「で、僕はどうすれば......」

 散開してゆく三人の後ろ姿を追いかけながら岡本は下手に出てみた。

「うんああ?」

 中村がとても不機嫌そうに振り返った。彼女なりに集中を高めているところだったら、悪いことをしたかもしれない。

「盾なんだから、することは決まってるでしょうが」

 確かにそうだ! 目からウロコだ!

「って、いやいや、せめて大まかな方針くらい知ってないと、モチベーションも上がらないし、いつまで防いでればいいのか、目安もないし」

 歩くスピードを上げ、中村と並んだ。どこに向かっているのかも分からない。

「中に乗ってる人間の、ゴーグル? あれを外せばいいじゃない、って」

 中村の説明はシンプルすぎて岡本には理解できなかった。

「外して、どうするの?」

 仕方ないので更なる説明を求める。

「植田ちゃんを見たら我に返るんじゃないかって」

 ゴーグル越しには悪魔の個体識別ができないから、ゴーグルを外せば、相手が植田だと分かって、攻撃が止むのではないかと。

「なるほど。それは分かったけど......」

 もう一つ、重要なことを確認しなければならない。

「......どうやって、そのゴーグルを外させるの?」

 二人が歩いていく先には、一艘の舟のようなものが横付けされている。モーターボートの先端にイスが付いているだけの、至極さびしいものだ。

 いや、モーターボートとも呼べるもではない。何も装備がないボートの後ろに、小さなエンジンをつけただけのものだ。

『どうだい? 極限まで無駄を省いた、完璧に洗練されたフォームだろ?』

 古井がどこからともなく語りかけてくる。このボートが、古井?

「今まで攻撃ヘリとか戦闘機だったのに......」

 岡本は落胆を隠せない。どんどんチープになっていっている。

「あのビームをよけるのに、小回りがきく方がいいんじゃないの?」

 中村はそう言いながら、当然のように、ボートの前方にあるイスに腰掛けた。釣りをするときにちょっともたれかかるような感じのイスだ。

 ボートの後ろ側には板が渡してある。もう一人はここに座ってエンジンを操作するのだろう。もう一人、とは岡本しか居ない。

「あずきさんは?」

 どこに行ったのか、と、自分はどこに乗るのか、を同時に聞いたつもりだった。

「いいから早く!」

 中村に怒鳴られた。あずきは乗らないらしい。まあ、戦闘員じゃないからいいか。

 ボートの材質は、だいぶ年季が入った木材で、そのボロボロさは暖かみを感じさせる。古井が意図して変化しているのだろうが、その徹底したリアリティに舌を巻いた。エンジンの前にちょこんと座った。

「......なにしてんの」

 中村がポニーテール越しに岡本を見る。岡本は何もしていない。

「はっ! 俺がエンジンかけるの?」

 古井の乗り物は、どこまでが自動なのかよく分からない。本人にしか理解できないこだわりがあるのだろう。それは非常事態でも変わらないようだ。

 岡本の今までの人生でボートのエンジンをかけるなんて経験はもちろん無い。何かヒモみたいなのを引っ張ってブルーンとしていたイメージが何となくなる。あれをまさか自分でやる時が来るとは。

「これ......ですか?」

 引っ張りやすそうな握りのついたヒモが見える。岡本の問いに応えはない。古井は何も言わないし、中村はただ見ている。プレッシャーは尋常ではない。

「......フンっ!」

 慣れない様子や不安な表情を見せたくなかった。男らしく、一気に引っ張ってみた。

 ヒュン。カランカラカラーン。

 手応えがない。ヒモは無情に自動で巻き取られていく。エンジンは静かなままだ。

「あれ、おかしいな」

 とりあえず言っておく。おかしいかどうかを判断する基準もできていない。

「気合いが足りないんじゃない?」

 中村が冷たく言う。まだそれほどイライラしていないようだ。急がなくては。

「とりゃー!」

 言われるがままに最大限の気合いを入れる。ありったけの腕力で引っ張りきる。しかしエンジンはかからない。またスルスルとヒモが吸い込まれていく。

「まだ足りないですかね?」

 岡本は斜め上の中村を見上げながら皮肉めいて聞いた。中村はつまらなそうに鼻で笑った。

「おいおいどしたー?」

 そこにベテランの海女さんが通りかかった。丸い水中眼鏡に、ゴムのスーツに、手拭い。もちろんあずきのコスプレだ。

「すいません。初めてなんです」

 岡本は素直に、そして面倒くさそうに言った。

「ああ、このタイプねー」

 あずきはエンジンをのぞき込み、ふんふんと頷く。

「早く」

 中村が鋭く、平坦に言う。岡本の胃がきゅうっとなる。

「これは素人にはそう簡単に扱えんやろ」

 古井のこだわりがここでも発揮されているようだ。

「まずはインテグラルがセパレートだから、プライミングをしっかりすること」

 あずきは素人ではないらしい。

「プライマーバルブはこれか......。燃料をエンジンにしっかり送るってことですね」

 岡本はマニュアルを見ながらおっかなびっくりで操作を試みる。マニュアルはビニールに入ってぶら下げてあった。

「シフトをニュートラルに入れて、スロットルをスタートの位置に」

 単にヒモ(スタータロープというらしい)を引っ張ればエンジンがかかると思っていた岡本自身の浅薄さを恥じた。

「あと、素人がやりがちだけど、最初から思い切りガツーンと引っ張るとエンジンを痛めるから。優しく、激しくね」

 最後はなぜか艶っぽく言って、海女さんは去っていった。岡本は彼女の背中に「ありがとうございます! よい波が来ますように!」という言葉を贈った。あずきは振り返らず、右手の指二本を立てて顔の横でピッと振った。

「じゃあ、さっそく......」

 エンジンをかけようと言おうとした、その時。

『あぶない!』

 古井の声が聞こえたかと思うや否や、ボートが急発進した。

「うへっ!」

 中腰の姿勢だったので、足下がさらわれ、後ろにひっくり返る。

「うわーーっ!」

 岡本は無我夢中ながらも、バク転の要領で一回転してボートの縁を掴んだ。

「な、なんで、エンジンかかってないのに、発進する?」

 急なことだったので岡本は混乱している。前に進むかどうかは古井の気分次第なのを忘れていた。

 目の前にはクロイカヅチ。こちらを狙っている。かからないエンジンに手を焼いている間に、西村の放ったダミーは撃ち尽くされたようだ。貴重な時間を無駄にしてしまった。

「下をくぐる!」

 ボートの先端に立つ中村が言う。左手でゴムバンドを持って体を支え、凛々しく、雄々しく立っている。後ろで惨めにぶら下がっている岡本とは対照的だ。

 中村の指示通り、ボートは一気に下降する。ビーム砲と目が合う。黒いエネルギーが渦巻いているのが見える。

「あたるーーー!」

 ほぼ無意識に盾を出す。後方にすっ飛んでいく。猛スピードでボートは前進しているのだから当たり前だ。

 間近で聞いたビームは「ドゥーウーム!」という感じだった。岡本の靴をギリギリかすめていった。

「ほんとに避けるとは!」

 ボートはクロミカヅチの下を抜けて、一気に外界に出た。空も地平線も真っ暗だ。報道のヘリも見えない。避難させられたのだろう。遠くの夜景が呑気にきらめいている。

『これが、限界までスピードを追求した場合の僕なのさ! 一人乗りならもっと速いけどね!』

 ものすごいスピードなので、風圧もものすごい。水平に懸垂した状態で、顔を上げられないし、古井に返事をすることもできない。

「引き起こす! 避けながら回り込む!」

 中村はどこまでも凛々しくて雄々しくて猛々しい。左手一本でゴムバンドに掴まるだけで、この風圧をもろに浴びながらも堂々と立っている。

 そのゴムバンドをグイと引き上げた。連動してボートも機首を右斜め上に上げる。あれが操縦桿も兼ねているのか。どういうシステムなんだ?

 黒いビームが後ろから次々と撃たれる。だがボートのスピードに照準がついて来られない。航空ショーのように避けている。

「参る!」

 中村が右手で日本刀を抜いた。

「このまま突っ込むの?」

 あの砲台を相手に近接攻撃を挑むつもりなのか。岡本は、この人たちは正気なのか? と思った。まだ自暴自棄になる時間じゃない。

「秘剣! 絶縁・不導斬!」

 中村が和テイストな技の名前を叫んだ。刀身からプラズマっぽい光がほとばしる。

「くらえ!」

 ボートは岡本が恐れたとおりの軌道、すなわち、旋回しながら真っ直ぐにクロミカヅチに突っ込んでいく。心なしか加速している。

 ガシィ! バシバシバシ!

 中村の必殺剣は、クロミカヅチのボディーに届く前、一メートルほど手前で防がれた。

「バリアだ!」

 何とか身体をボートの中に引き上げられそうな体勢で岡本は叫んだ。

「なにぃ?」

 歯を食いしばりながら中村が驚く。バリアは薄い水色で、水晶のような感じで、何もない空間に突如として現れた。

 バリアと刀が交錯したのは一瞬である。何しろボートは猛烈な勢いで突っ込んできている。そのままでは正面衝突して、排気量から見てもボートの方が粉々になる。

「ぐわーー!」

 よって、ボートはきりもみながら、クロミカヅチの横を通り抜けるしかない。またしても岡本はボートから放り出されそうになる。今度はエンジンについているハンドルに掴まった。

 クロミカヅチに一太刀入れた(ただしバリアに)格好でボートはまた一気に離脱する。ヒットアンドアウェイである。

「くそっ! むかつくな!」

 中村が憎々しげにクロミカヅチをにらみ付けている。彼女にとってはストレスが溜まる展開だろう。

 クロミカヅチは反転し、しつこくビームを放ってくる。ボートは今度はスラロームしながらビームとビームの間を華麗にすり抜ける。

「のわーー!」

 岡本に出来ることは、似たような悲鳴を上げ続けることだけだ。ボートがスラロームするたびに、掴まってるハンドルも右に左に揺れ動く。本来は逆で、ハンドルによって舟が曲がるべきではないだろうか。そう思っていても、岡本は振り落とされないように必死に掴まっているしかない。

「よし! もう一回!」

 距離をとって立て直したところで、中村が当然のように号令をかける。岡本はようやくボートの中に座れたところだった。

「またやるんですか?」

 同じ事を試みても、同じ結果になるだろう。

「何回だってやる! 勝つまで!」

 ほんのわずかな迷いも、弱気も無い。まったくもってリーダーの資質である。

 ガシィ! バシバシバシ!

 同じような衝撃音。やはり結果も同じだった。すれ違いざまにバリアに一太刀浴びせる形。予想していたので岡本は振り落とされずにいられた。

「くそっ! やっぱりむかつく!」

 中村が同じような調子で吠える。これも岡本の予想通りだ。

「もう一回だ!」

 この決断は予想以上に早かった。

「どちらが先にエネルギーが切れるか、で言ったら......」

 岡本はまず中村を見た。肩で息をしている。汗をかいている。そう何度もトライできそうな雰囲気ではない。本人は認めないだろうが。

 次にクロイカヅチの方を見やった。ひっきりなしにビームを撃ってきている。どこにエネルギーを貯めているのだろうとしばし観察する。

「後ろに吸気口があって、何か吸っているような......」

 空気の流れが見える訳ではないが、何となく吸っている気がする。空気中の静電気とか荷電粒子とか。

 古井ボートはスピードが速いとはいえ、クロイカズチ本体の後ろに回り込めるほどではない。向こうは向きを変えるだけで簡単に正面に捕らえられる。何とか後ろの吸気口に攻撃できないものだろうか。

 同じ事を考えた者があった。西村である。岡本は視界の端で確かに見た。

「このまままっすぐ! 角度をキープできますか?」

 今ちょうどクロイカヅチが西村に背中を向けている。西村はパワーを貯めている。必殺技を準備しているようだ。

「無理」

 中村の答えがシンプルなのは知っていた。

「そこを何とか! 盾でしのぎますんで!」

 慌てて盾を出す。今度はボートの移動に置き去りにされないタイプだ。

『勝算があるんだろうね? 僕も、このままじゃラチがあかないかもしれないなー、とは思ったりしていたかもしれないんだ』

 古井にとっては、中村の作戦に異を唱えるのは勇気が要ることなのだろう。大したコネだ。

「やれるものなら、やってみろ!」

 中村はそう怒鳴り捨てると、ボートの船首をクロイカヅチへと向けた。そうか、相手の向いている角度を固定するということは、真正面から突っ込むということになるのか、と岡本はようやく理解した。

「だが、やるしかない!」

 岡本は立ち上がり、ボートの床の板に足を引っかけて固定させた。両腕が自由になる。手をブラブラとしてリラックスさせた。

「来るぞ!」

 中村に言われなくても見えている。四本の砲身から、バラバラに、テンポよくビームが次々と放たれてくる。

「タッピング・シールド!」

 テンポにはテンポ。三角形の盾を次々に出現させ、ビームに当てていく。盾に当たったビームはわずかに角度を変え、夜の彼方へ消えていく。ビルの中で食らった時は四本まとめてだったのでしんどかったが、一本ずつならダメージもそれほどでもない。

「やるじゃない」

 中村にほめられるとは予想だにしていなかった。だが岡本には応えている余裕は無かった。

「さんのー! はいのー! よんのー! はいのー!」

 自分でも驚くほどのユニークなかけ声。悪魔も、追い込まれると知らなかった一面が出て来る。

 クロイカヅチ側でも、やっきになってビームを撃ってきているようだ。パイロットもウンザリしているのだろう。ここがチャンスとばかりに連射している。

 どんどんテンポが速くなってくる。

「はい! はい! はい! はい!」

 三角形の盾は、赤と水色の二種類ある。交互に出すことで岡本自身のリズムをキープしている。空中に出現しては、ビームと衝突して砕け散っていく。タイミングが少しでも遅れるとボートに当たる。リズム感が問われている。

「いいぞ! もうすぐだ!」

 中村は日本刀を振り上げ、攻撃に備えている。またバリアで防がれるとは考えないらしい。ポジティブさがうらやましい。

「!」

 中村の攻撃がバリアに防がれる、という瞬間、クロイカヅチが驚き焦っているような感覚が伝わってきた。西村が後ろから撃ってきたことに気がついたのだ。

『必殺技の名前を叫ばずに、黙って撃つなんて......』

 古井が呆れている。確かに悪魔の常識では考えられないが、後ろから不意打ちするのにわざわざ叫ぶのもどうかと、岡本も思った。

 パキィーーン!

 クロイカヅチの後方で破裂音。岡本は見た。バリアで防がれた。

「後ろにもバリアがあるか、やっぱりか。......いや?」

 クロイカヅチの上部に、アンテナのような突起物があって、それがクルリと後ろを向いたのだ。

「あれがバリア発生装置だ! ということは!」

 バリアを後ろに出している今がチャンス! 中村が凄絶な笑みを浮かべている!

「もらったぁ!」

 中村はゴムバンドから手を離し、日本刀を両手で握り、大きく頭上に振り上げた。

「最奧伝! 超伝導・磁界崩壊斬!」

 そして、何となくバリアを無効化できそうな技名を叫びながら、ボートの縁を蹴ってジャンプした。なんて大胆な攻撃法だろう。

 日本刀からはかつてないほど派手に赤色のイナズマがほとばしっている。普通の鉄板など一瞬で蒸発させそうだ。

『彼女の言う通り、これはもらったな!』

 古井がチームのストライカーに信頼を寄せている。バリア発生装置はまだ後ろを向いている。岡本は興奮しながら結果が出るのを待った。


「だめ!」

 両腕を大きく広げ、中村の前に立ちはだかったのは、植田だった。常軌を逸したスピードだ。目にもとまらぬ、どころか、まったく見えなかった。

「え、ええ~?!」

 中村は驚き、タイミングを狂わされ、空中でバランスを崩した。刀身にまとった赤いイナズマがぐにゃっとなった。

「植田さん! あぶない!」

 このまま日本刀が振り下ろされたら植田に直撃する。だが植田は固い決意の表情のまま、避けようとはしなかった。

「......って! んがーー!」

 中村は怒りの怒声を上げながら、両腕を振り下ろす!

「うわーー!」

 岡本は叫んだ。植田を心配したのではい。中村が腕を振り下ろす途中で日本刀から手を離したため、赤いイナズマがボートに向かって飛んできたのだ。

「ファーストラブ・シールド!」

 岡本としては最後の切り札だった。絶体絶命の時に、ほぼ自動で出る最強の盾だった。初恋の人のレリーフが彫ってある。こんなとばっちりで使うことになるとは思わなかった。

 ギャギャギャスッパーン!

「うおおーーー!」

 それでもどうにか軌道をそらせたくらいだった。岡本は後ろに吹き飛ばされ、ボートから放り出された。

「......はあああ......」

 岡本は背中から落ちていく。自由落下である。ビルからは大分離れてしまった。浮遊する盾を踏み台にするのは不可能な距離であった。漆黒の闇に、夜景が綺麗だった。

 見上げれば、中村と植田が取っ組み合っていた。中村は植田の襟首を両手で掴み上げ、顔を近づけ、猛烈な勢いで怒っている。

「なに考えてんの! 危ないでしょうが!」

 お前さんが言ってくれるな、と岡本は落下しながら思った。

「......ま、久しぶりにこの盾も見れたし」

 岡本は盾に彫ってあるレリーフを見る。こみ上げる懐かしさ。センチメンタル。

「いっちょ行きますか」

 ため息と共に開き直った。落ちながら両腕を水平に開く。拳を握る。

「ふんは!」

 気合いと共に、それぞれの腕につけるタイプの盾を出シュトウちらも細い長方形である。色は特に考えずに赤にした。白でも黒でもないなら赤しか思いつかない。

「コンバイーンドゥ?」

 とりあえず叫ばないと落ち着かない。だれも聞いていないは分かっている。両腕の盾の先端同士を、身体の前でくっつける。Vの字である。

「ブーメラン・シィィーールド!」

 岡本は空中で身体をひねり、横回転で勢いをつけ、ブーメラン状にした盾を上空へと投げつけた。会心の投擲だった。

「うわぁぁー! うおぅす!」

 投げ終わってから、追いかけるように吠える。気合いの余韻である。


「だって、佐藤さんが乗ってるんですー」

 植田は泣いている。

「コックピットは外そうとしてたよ! 人をそんな鬼みたいに言わないでよ! 悪魔だけど!」

 中村の怒りはおさまらない。プンプンしている。

「真っ二つにする気まんまんだったじゃないですかー」

 植田は泣きながらもどこか挑発的である。

「しようとしたからって、実際にするとは限らないでしょ!」

 中村はストレートに怒りを表現する。だがさすがに手は出さないようだ。

 クロイカヅチはどうしていいか分からないらしく、茫然としている。至近距離にいる二体の悪魔が攻撃してこないので不思議なのだろう。

 ズバシ!

 クロイカヅチの下から上へ、ブーメランが突き抜ける。誰もが予期せぬタイミングと角度だったろう。バリア発生装置は機体の上部についているため、真下が死角になっていた。

「ちょ......」

 信じられない、という表情で植田が振り返る。ブーメランはコックピットを切り裂いていった。赤い球体に、真っ直ぐ切れ目が入っている。

「え......」

 中村も真顔になる。自力で飛行できないので、植田の襟に掴まっている格好だ。

 パァンという音を立てて、強化ガラスが砕け散る。破片がきらめく。驚いている佐藤が見えた。ゴーグルとヘッドホンを着けている。この距離でも、悪魔が植田だというのは分かっていないのだろう。

「佐藤さん!」

 そのゴーグルも、ブーメランに眉間の部分を切断され、ゆっくりと落ちていく。岡本の投げたブーメラン状の盾は、佐藤は傷つけず、ゴーグルだけを切り落とすことに成功した。

「はわ、はわわわ!」

 佐藤はうろたえている。まずは自分が無防備になったことの恐怖に襲われているだろう。

「大丈夫? 佐藤さーん!」

 植田が飛びついた。中村は振りほどかれ、「あー」と言いながら落ちていった。すぐに古井のボートが追いかけていく。

「え......。植田さん?」

 佐藤はひどく驚いている。

「死んだんじゃなかったの?」

 佐藤の顔色は一気に青くなった。目を見開き、ガクガクと震えだした。

「やだな。ずっと生きてるよ。たまに旅行に行きたくなるけど」

 突然いなくなることを、人間から見たら死んだと思うらしい。

「ああ、そんな、どうしよう」

 佐藤が何とも不安定な声を上げる。だいぶ入れ込んでいる。

「私、植田さんが、悪魔に殺されたって聞いて......」

 なにやらやばそうな雲行きだ。

「だれに?」

 植田も心配そうである。

「斉藤さんに......。斉藤......」

 佐藤の目はうつろである。

「斉藤って、あのロン毛の?」

 岡本は将軍と心の中で呼んでいた。やはりあいつが元凶か。

「......あの野郎! だましやがったな!」

 急に佐藤は目を見開いた。豹変する瞬間を見てしまった。

「さ、佐藤さん落ちついて!」

 植田の悲痛な訴えも、逆上した佐藤には耳に入らないようだ。

「よりによって、植田さんに向けて引き金を引かせるなんて!」

 怒りの源泉はまっとうな考えから起きているのだろう。しょせんは人間、自分が正しいと思いこんでいる。

「ビルごと吹っ飛ばしてやる!」

 佐藤は目まぐるしく操縦桿やらコンソールパネルやらを操作した。熟達した手さばきだ。

「佐藤さん、いけない!」

 植田の制止を振り切り、佐藤はクロイカヅチの砲身を巡らす。本当にビル全体を狙っている。西村が異変に気がついて慌ててビルの奧に逃げていった。今から逃げても、恐らく、いや絶対に間に合わない。

「ちょっと佐藤さん! そんなことしても何にもならないよ!」

 最後の希望は植田による説得だけだが、佐藤はあからさまに理性を失っている。聞く耳を待たない、といった感じだ。

 クロイカヅチは今までにないほどの勢いで背面から空気を吸う。どす黒いエネルギーが砲の前で渦を巻く。このままでは植田も危ない。だが避けようとはしない。

 植田は佐藤の腕をつかみ、必死で何か訴えている。落下し続ける岡本には、悪魔の聴覚を持ってしても、とうとう聞こえなくなった。

 とりあえず、ダメ元で、精一杯の盾を出しておくべきかなあ、でもビル全部は無理だなあ、と、ぼんやり考えていると、佐藤と植田の頭の上に、何かきらめいた。

「ん? 何か今......」

 岡本は気になった。気にしてもしなくても結果は同じかもしれないが、気になってしまったのだから仕方ない。

「トランポリン・シールド、っと」

 気合いも乗ってこない。落下し続ける中、下方向にトランポリン状の盾を出した。相手の攻撃を受け止めてから跳ね返すのが正しい使い方だが、自分の身体を弾き返すことにも使える。岡本自身は盾だと信じ切っている。

 両足でトランポリンに着地、がに股で自重に耐え、反動でバイーンと飛び上がった。両腕を上に伸ばし、真っ直ぐな姿勢で真上に飛んでいく。みるみるクロイカヅチのボディーが近づいてくる。

「あれは?」

 岡本は目をこらす。目を細める。何かが、微かに光を振りまきながら、ゆっくりと落ちてくる。佐藤の頭上に落ちてゆくように見える。

「......マフラーか?」

 なが細い、布状のものが、はためきながら、くねらせながら、意志を持つかのように、佐藤のもとへと近づいてゆく。佐藤も植田も気付かない。

「くーーらーーえーー!!」

「やーーめーーてーー!!」

 二人とも、同じようなやりとりを繰り返している。黒いビームのエネルギーは、いよいよ臨界点に達しそうだ。

 今まさに! というその時! フスファっと佐藤の肩にマフラーがかかった。

「......え?」

 佐藤は意表を突かれたような声を上げた。何かを狂わされた。タイミングか、調子か。操縦桿から手を離し、頭を抱えた。内面で何が起こっているのかは外からは分からない。溜まったエネルギーが、逆に背面から漏れ出ていく。どんどん迫力が無くなっていく。

「正気に戻ったね! 佐藤さん!」

 植田が嬉しそうに笑った。

「植田さん......。私......」

 佐藤の目から涙がこぼれる。植田は、そっとマフラーでその涙を拭った。


「やれやれだね」

 岡本はパラシュート状に開いた、直径五メートルほどの大きな盾の上で寝そべっている。頭の後ろで手を組んで、上空の様子を見上げている。

『お疲れー。乗ってくかい?』

 古井のスワンボートが横付けされた。乗らないという選択肢は選びづらいだろうに。

「うん......。ふふ」

 岡本は目を閉じて、穏やかに笑みを浮かべた。今はもう少し、達成感に浸っていたかった。

『そういえば、やるねえ。驚いたよ。攻撃もできるんじゃん』

 古井の称賛に嫌味は感じられない。

「いやあ、攻撃できない訳じゃないですよ。ただ、ね」

 初恋の人のレリーフが入った盾を取り出す。

「僕の、うかつな攻撃のせいで、愛する人を失ってしまって、......ふふ、やめましょう、こんな話」

 岡本は、俺かっこいい、と思った。古井はそれ以上、何も聞かなかった。

「しっかし、盾で守り一辺倒だと思ったら、こっそり死角から攻撃なんて。そりゃ友達なくすわー」

 ボートに座っていた中村は容赦なかった。

「......だから嫌なんだよ! 攻撃が!」

 岡本は、怒りを込めて起き上がった。


「どうだい、一仕事終わらせた後のビールは美味いだろう?」

 古井に先輩風を吹かされた。

「そうっすね。はは」

 適当に流し、岡本はまたジョッキに口をつけた。言われるまでもなく美味いよ。

「初仕事なのに、なかなか活躍してたじゃないか」

 先輩風は吹き続けている。だが、岡本にとっては、働きを認められるのは悪い気はしない。

「おいしいところを持っていかれたよねー」

 中村は不機嫌そうに、空になったジョッキをテーブルに叩き付けた。バンという音は地下食堂のガヤガヤした空気に消えていった。

「すみません、生おかわり」

 古井がさりげなく店員に告げた。

「なんか、わたし、あんまり活躍してなくない?」

 中村のイライラの原因は意外なところにあった。とても不服そうだ。

「いやあ、そうだったかな?」

 古井は斜め上を見上げ、映像を思い出そうとしているようだ。つられて岡本も斜め上を見上げた。

「植田さんと戦って......」

 岡本はそこで言葉を切った。圧倒的大差な上に、手加減されて負けた、とは口が裂けても言えない。

「あー! もう!」

 中村は、インド人風の格好をしたあずきから、生ビールを引ったくった。

「おいしいね! カレー!」

 古井が話題を変えようとした。色々な料理が並んでいる。コースメニューである。オレンジ色や緑色など、カラフルな食卓である。どれも大概カラい。

「ビールが進みますね!」

 汗を拭いながら岡本も調子を合わせる。カラいのは苦手だと思っていたが、一度食べ出したら止まらなくなっていた。

「おいしいー」

 少し離れた席から植田の声が聞こえる。その隣には佐藤の顔も見える。雰囲気は悪くなさそうだ。岡本は、そっとしておこうと、あまりジロジロ見ないようにしている。

「今、天使局から電話あったよ。開発は中止だって」

 岡本の隣では斉藤が黄昏れている。携帯電話を見つめている。

「何の開発ですか?」

 多分クロイカヅチだろうな、と思って岡本は聞いた。

「クロイカヅチですよう」

 久しぶりに予想が当たって安心した。

「暴走の原因が解明されるまで進めちゃだめだって。トホホ」

 なんとも甘い裁定である。天使の仕事ぶりはそんなものだ。

「天使の統括官から直で電話なんて。しかも、まるで近くで見ていたかのように状況を把握されてたです。スパイでもいるのかなー」

 斉藤は首を傾げた。岡本には心当たりがないので黙っていた。

「延期なだけなら、まだマシじゃないですか。僕らなんか、この後、逮捕されますよ」

 さらに一つ向こうのシュトウが嘆く。テロリストなのだから仕方ない。

「今年に入って三度目の逮捕っすわー」

 スギオも大きめな声で言う。人質を殺害も負傷もさせていないから、また数ヶ月で出て来るだろう。天使ども、甘すぎる。

「こっちは報酬が出ないっすわー」

 西村がスギオを真似て言う。成功報酬なのだろう。悪魔だから逮捕とかはされない。

「三方一両損、だね!」

 完全に部外者のポジションで古井が言って笑った。邪魔したのはお前らだろう、とか、悪魔のくせに天使の手先になりやがって、など、めいめいが口々に古井を非難した。

「そう考えれば、給料が出るだけラッキーかな?」

 岡本はアンニュイに一人つぶやいた。一時的にせよ、天使に魂を売った見返りがあるはずだ。

「何か買う?」

 中村が珍しくリアクションをした。

「うん、ええ。欲しいギターがあるんで」

 一回の給料では買えないだろうから貯金しようと思っている。

「ギター? ハ! つくづく平和主義ねー」

 中村は呆れたように笑った。笑われても別に怒りなど湧かない。他意がないのは分かっている。

「そう言う中村さんは? 何か買うんすか?」

 お返しとばかりに聞き返してみた。

「おいしいスイーツをたくさん食べる」

 あまりにもキャラ通りなので、岡本は思わず笑ってしまった。


                                         了

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