表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/121

60.出島にて3

13/06/23投稿直後、文章を若干修正。


ちょっと短い、です。

 出島においてカピタン(商館長)は、カピタン部屋と呼ばれる建物一棟を居住及び執務空間として割り当てられている。

 ヘトル(商館長次席)部屋、一番船頭部屋など、ここでは、それぞれ地位のある者に与えられた建物がある。

 が、一般の商館員にはそういう贅沢は許されていない。例えば倉庫の二階に居住スペースが確保されているが、一般商館員まで優雅に個室で暮らせるほど、出島は広くない。カピタン部屋には遊女部屋と呼ばれる女性部屋も存在するが、そこには常駐に近い遊女が居座っている。多くの場合、それはカピタンの愛人だった。

 だから、一般商館員が遊女との時間を二人だけで過ごしたければ、部屋を共にする同僚たちに余所に出かけてもらうしかない。

 恋歌を呼んだ商館員は、ちょうどほとんどの商館員が恋歌をひと目見るためにカピタン部屋に集まっていたのを幸いに、体調不良を理由に寝所を独占する権利を得ようとしたらしい。

 自分は調子が悪いので、先に一人で寝ている、ということだ。

 もちろん、ここで言う「一人で」は男の数だけだ。遊女は別に数えられる。恋歌太夫はどうぞ御一緒に、ということだ。

 当然、他の男たちは納得しなかった。

 小百合の通訳によると、彼らは、どうせ男が恋歌に手を出せないのなら、恋歌との話に自分たちも加えろ、

と要求しているらしい。あるいは、彼が女を抱けぬほどの体調不良なら、手持ち無沙汰になった遊女を自分が引き受けてやろうと、言い出すヤツまでいるらしい。

「なによ、それ」

「そりゃあ、男だもの」

 そう言って、小百合は笑う。カムロと言っても、そういうやり取りはいつも見てきたのだろう。女本人の目の前のように男が恰好つけないだけ、露骨なやりとりに慣れているのかもしれない。

 当然のこととして、周りの男が邪魔したがるように、当然のこととして、当の本人もそんな意見に従うことはない。

 笑いながら、だが、結構目は真剣に、周囲の同僚に反駁している。

 それは恋歌にとっても問題だった。彼女は誰にも邪魔されずこの男と二人、小百合を入れて三人になりたいのだ。

 別にこの男である必要はないが、この軽薄そうな男なら、恋歌の問いに素直に答えてくれるかもしれない。少なくともしかめっ面をした無口な男を相手にするよりはマシだろう。

 恋歌は、彼女を敵娼にする男にそっと近づく。

 ん?

 と、自分を見下ろしたオランダ商館員に、恋歌はぴったりと体を寄せて、困ったように笑顔を浮かべて見せた。


「Wat doe je, wil je zeggen?」


 男の言葉は恋歌には分からない。

 だが、恋歌は、男の手の中に、自分の小さな手を滑り込ませた。自分より一回り大きな手を強く握る。 男の手から力が抜ける。

 恋歌はその手を持ち上げ、自分のもう片方の手を添えて、胸の前で握りしめた。

「騒々しいのはイヤ」

 恋歌は言い、小百合を見る。

「Ik haat dat vervelend」

 小百合が訳し、男は嬉しそうに笑った。

 男は恋歌を抱きしめる。彼が誇らしげに同僚たちを見やると、彼らはさらに囃したてた。

 中には、自分も用事を思い出した、と倉庫の二階に戻ろうとする者もいたらしいが、気合の入った睨みの成果だろう。彼は他の者をそこに足止めすることに成功していた。

 ある意味当然の事でもあったが、彼は恋歌が二人きりを望んでいると考えたらしい。少なくとも男のほうはそのまま恋歌と二人きりになりたかったらしいが、恋歌は首を振り、小百合も一緒だ、と彼女の手を取った。

 男が眉を顰める。

「言葉はいらないだろう」

 男は、そう主張したらしい。

 実際、「やる」ことだけを求めるなら、着物を脱ぐ時機さえ理解できれば、言葉はいらないのだろう。だが、それでは恋歌は困る。

 

「無理しちゃだめですよ。今夜はお話しましょう。あなたのことを私に教えて」

 恋歌は小百合にそう訳させる。

「Maar, kan ik ……」

 男が何かを言いだしたが、恋歌はそれを聞かずに自分の言葉を被せる。相手が納得していないのは、小百合の通訳を待つまでもなくわかった。

「何もわからない人に身体を任せるのは怖いわ」

 恋歌はそう小百合に訳させる。

「だから。お願い」

「……」

 男の顔がだらしなく緩む。

 恋歌は、もちろん、必要なことを聞けたら、さっさとここを離れるつもりだった。

 男にしてみれば、詐欺に近い。

 だが、小百合も一緒に連れてゆくことについては、他の商館員たちから不平が上がった。下手な通詞よりも役に立つカムロを取られたのでは、残された場は盛り下がること甚だしい、ということだろう。

 だが、恋歌は憂いに満ちた眼差しによる懇願で、彼らの不平を封殺した。


 カピタン部屋から出て気付いた。

 気がつくと、太陽は西に傾いていた。

 随分、撞球とやらで遊んでいたのか。

 いや、それ以前に、ここに入った時間が遅かったのか。

 実際、美雪の説教は随分長かったし。

 ゆっくりしている余裕はない。

 恋歌は男の手を取り、男を急がせた。


ちょっと手こずってるので、短い話が続くかも。

活動報告を載せました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ