53.敵討ち
2013/4/16誤字など訂正
高村晋輔の話は、少し長かった。
とはいえ、要旨は単純だった。
高村晋輔の妹は死んだ。
夫、善次郎の手に掛かり。
「高村家と言えば、勘定方では少し名の知れた家だ」
と晋輔は言った。
「名家なの?」
「それほどではない。ただ、計算がうまくてな。よい家ではないが、重宝されてきた」
恋歌は、なんとなく想像できる。
武家社会は家の格式やら石高やらでがんじがらめな世界だが、勘定方の仕事だけはそれだけでは通らない。
血やら格式よりも計算能力がものを言うのだと聞いたことがある。極端な場合、農民出の役人もありえるのだ。
「高村家は昔から世渡りも巧くてな」
そう言われると、恋歌の反応は懐疑的になる。
「……ほんとに?」
このくそ真面目な若侍がそんな一族の出だとは、恋歌にはどうしても思えない。
それがわかったのだろう。晋輔も苦笑いしながら訂正を加えた。
「わしは、駄目な方だった」
「……だろうね」
「よく弟に笑われた。父上には叱られたし、失望もさせた」
まあ、そうなのだろう。
敵を討つのに、庶民の作り話並に公正な「いざ、尋常に勝負」をやらかすようでは、「世渡り上手な一族」では鼻つまみ者にもなるだろう。
さすがに頷くわけにもいかなかったが、心の中では、恋歌は深く首肯していた。
「善次郎の家は家の格式は高かったが、あまり計算は得意ではなかったのだろう。番方でもあれば問題なかったのだが、勘定方の役人の中では、やや浮いている家だった」
つまり高村家とは逆の家系だった、ということだろう。
「そうは言っても、それなりに高い格式の家だ。付き合いのある家も、相応の家が多かった。それが父上には羨ましかった」
「だから、善次郎に娘さんを嫁がせようとした」
「そうだ。だが、善次郎は異常だった。女に平気で暴力を振るうのだ。あいつの前の奥方は首をくくって自殺した。あいつのそばで、女が無残に死んだことがある」
「善次郎がやったの?」
「わからん。だが、わしはそうだと思っている。そして、そういうことは一度ではなかった」
晋輔は俯き、地面に向かって話しかける。
「だから、わしは反対した。夏をあいつに嫁がせることはやめてくれ、と父に頼み込んだ」
「でも、お父上はは聞き入れなかった」
そういうことなのだろう。
本人の恋愛感情よりも優先されるものがある。この世界で、そんなことは珍しくもない。ましてや武家社会なら尚更だ。
それでも粗暴な男に娘を嫁がせることが、どうしても避けようもないことだったと言われれば、それが正しいかどうかは恋歌にはわからない。
どういう顔をすべきか迷っている恋歌には構わず、晋輔は言葉を続けた。
「父にとっては善次郎の義理の父親になることが重要だった。奴の人脈につらなることが大切だったのだ」
「娘さんの幸せな生活よりも……」
「娘の幸せな生活よりも」
あるいは、それを責めるのは酷なのだろう。
いい家に嫁ぐ。
それが武家の娘の幸せであるはずなのだ。それでいいはずだったのだ。
相手が善次郎のような男でさえなかったら。
「大丈夫だから、と夏は笑って嫁いでいった。仲良くやってみせる、とわしに笑顔を見せてくれた。
だが、怖れていたとおり、奴は夏に暴力を振るった。ことあるごとに、だ」
再び彼は顔を伏せる。
まるで瞳の中の憤怒を、恋歌から隠そうとするかのように。
「会う度に夏は怪我をしていた。顔でも手でも包帯がとれることはなかった」
他家に嫁いだ妹に、そうしょっちゅう会いに行くことは出来ない。
それでも近くに住んでいれば、噂は聞こえてくる。
夏は体から包帯が取れることはなく、顔からは笑みが消えた、と。
そもそも表情がわかるほど素顔が見えることはなかった。彼女は顔もまた包帯で巻かれるようになっていた。
そういう噂とたまたま見かける妹の姿。
高村晋輔は耐えられなくなっていた。
そして、もちろん、本人はそれ以上に限界に来ていた。
「耐え切れなくなり、夏は無断で家を出て実家に戻ってきたことがある。善次郎は怒らなかった。笑顔で迎えに来て、怯える夏を引き取っていった」
「……」
「わしは善次郎に文句を言った。父上に文句を言った。どちらも聞き入れなかった。そして、夏に男ができた」
「え?」
「いつも夏は善次郎に殴られていた。蹴られていた。それを見かねた男がいたらしい。夏はその優しさに救われた。わしは……」
高村晋輔は目を閉じ、自分に言い聞かせるように言った。
「わしはそいつに感謝した」
「……」
不義密通は罪だ。
特に女の側の不義は、文字通りの罪だ。
現場をおさえられれば、そのまま殺されても文句は言えない。「二つに重ねて四つに切る」のは夫の側の正当な権利だ。
「だから、夏は殺された。相手の男ともども、だ」
「……え」
女敵討ち?
それは今、高村晋輔が言ったとおりのものだった。妻帯者がその妻の不倫の場に乗り込み、相手の男を殺すことを指す。いわゆる敵討ちとは扱いが違うが、それでも殺人が合法とされていることに変わりはいない。
合法である以上、それに対する敵討ちは成立しない。
そもそも「目上の者を虐げられたことに対する報復」という点では、「娘」は「父親」が報復すべき筋とは認められない。
当然、その「筋違いの報復」で逆に斬り殺された父親に関して、その娘の敵討ちが認められるはずもない。
恋歌は、善次郎が言った言葉を思い出した。
「妹を殺されたから」では兄である高村晋輔に敵討ちの許可は下りない。だから父親の敵を名目に善次郎を殺す許可を得た。
そう言った高村晋輔に、善次郎は
「それにしたって、随分無理をしただろう」
と苦笑した。
無理とはどういう意味だろう。
下りるはずのない許可を得るために、高村晋輔はどんな「無理」をしたのだろう。
「さっきあいつが言ってた『無理』って……」
「金を使った」
高村晋輔は端的に説明してみせた。
「言っただろう。高村家は世渡りが巧いと。袖の下は使われたし、こちらも使った。だから、そういうツテは少なくなかった」
「……なにやってるのよ」
「仕方がない。ほかに手段はなかった」
「それにしたって」
「善次郎の素行の悪さは知られていた。女だけでなく、目下の者や弱い者に対する暴力は目に余るものだった。身内の中でも鼻つまみ者だったんだ。だから、金で筋を曲げても、善次郎の一族から異議が唱えられることはなかった」
「だからって……」
「仕方がなかった」
淡々と話す高村晋輔に、恋歌はそれ以上言う言葉がなかった。
流れの違う感想を、恋歌が口にしたのは、少し間を置いてからのことだ。
「……まあ、いざとなれば、あんたもそのくらいのことはできるんだね」
「金か?」
「そう。どんなツテか知らないけど、金を出して筋を曲げさせるくらいはできるんだ」
それは失望であり、安堵だった。
馬鹿正直な晋輔。
世間を知らず、ひたすらまっすぐに筋を通す若侍。
それに対して好意を感じていた自分がいる。
その晋輔が姑息な贈収賄をしてみせた。実際、それは真面目な若侍の印象をひどく損ねるものだった。
だから、それは落胆だった。
だが、同時に安堵でもあった。
高村晋輔のことを思えば、その程度のことは出来た方がいいはずだ。善次郎を討てば、晋輔は帰参できる。少なくとも本来ならばその資格がある。善次郎の死体がない状態で敵討の成就が認められるかどうかはわからないが。
それでも、それを望んで行動する上で、多少の欺瞞を押し通す力は必要になるだろう。
だから、それは確かに安堵でもあった。
だが。
「わしじゃない」
と、高村晋輔は自嘲気味に笑った。
「え?」
「わしも、真面目すぎて融通がきかない男だと疎まれていてな。なまじ世渡り上手で、袖の下のきく家だったから、融通のきかない石頭は周囲から疎まれていた」
「……」
「だから、弟に頼んだ。わしが家督を譲るから、奴を敵として追わせてくれ、と」
「え?あんた、あのとき、自分は高村家の嫡男だと」
恋歌は初めて晋輔に会った時、彼が言った言葉を指摘する。高村晋輔は恋歌の部屋に乗り込んできて、善次郎に対して高村家の嫡男と名乗ったはずだった。
高村晋輔は、苦笑して訂正する。
「そうだな。正確には『嫡男だった』だ」
「……なにをしてるのよ」
「もともと弟にしてみれば目の上のたんこぶ。喜んで頷いてくれたさ」
高村晋輔は笑みを浮かべた。
それに反して、恋歌の顔からは笑みの成分が消えてゆく。
「何をしてるのよ」
「まして、高村家の金に群がる連中にしてみれば、融通のきかない邪魔者がいなくなるということだ。願ったり叶ったり。さぞ喜んで筋を曲げてくれただろうよ」
「あんた……なにをしてるのよっ」
思わず恋歌は怒鳴っていた。
それでも高村晋輔の笑みは消えない。それは紛れもない自嘲だった。
敵討ちが本来は身内を殺された憤怒の発露であるにせよ、制度化されたそこには、間違いなく武家としての打算が存在する。
肉親を殺された復讐を遂げることで、帰参は許され、自分の株は上がるのだ。
だからこそ、討手は仇を殺すことに必死になり、名乗りよりも不意打ちを選ぶ。公正さよりも確実さを求めるのだ。
それを。
無理を通すために、家督を譲った?
怒りの果ての打算であるはずが、この若侍は最初から自分の得を捨ててしまったというのだ。
馬鹿げてる。
真面目も何もない。
ただの馬鹿だ。
「……なにをやってるのよ」
「仕方がない」
こともなげに高村晋輔は言う。
「すべてを望むことはできない。一番大切なもののためには、他のことは諦めた方がうまくいく」
「……馬鹿」
「……」
高村晋輔は笑う。
その笑みからは、自嘲の苦みが消えていた。
諦めがある。
だが、同時に清清しさを感じている笑顔でもあった。
「馬鹿」
恋歌は繰り返した。
恋歌は怒っていた。
同時に別の感情があった。
彼の真面目さ。
彼の一途さ。
それは彼の世間知らずから来るものだ、と恋歌は思っていた。
世間の厳しさを知らないからこそ出せる、彼の甘さなのだ、と彼女は考えていた。
だが、彼は捨てたのだ。
世間の厳しさを、容赦のなさを、理不尽さを、彼は感じ、経験し、それでも自分が望むものを得ようとして、彼は他のものを捨ててしまったのだ。他の連中なら、一番大切にするはずの打算を捨て、ただ自分の妹への想いを生かすことだけを選んだのだ。
もはや、彼に得はない。
善次郎を殺すことに、何の道徳にも規範にも、縛られる必要はないはずだ。
それなのにまだ、彼は真面目さを残している。「いざ尋常に勝負」と言った彼が、自暴自棄になっていたとは、恋歌は思えないのだ。
「何故、尋常な勝負に拘ったの?最初の夜、あのとき、私の部屋にいきなり飛び込んで、善次郎を不意討にしてしまえば、何の面倒もなかったんだよ?」
「……それでは、妹は喜ばない」
晋輔は答える。
何の気負いもなく。
淡々と、ただ面白みのない事実を告げる。
恋歌は。
美雪がいることに感謝していた。
彼女がいなかったら、自分は泣いていたかもしれない。
高村晋輔の真面目さ。
妹に対する真摯な想い。その仇を討つために、自分のすべての「得」を捨ててしまった想いの強さ。
恋歌はひどく心を揺さぶられていた。
だから、美雪がいることに感謝していた。
彼女がいなかったら、自分は湧き上がる強い感情に抗することができず、彼にしがみついていたかもしれない。この強い感情を彼にぶつけていたかもしれない。
そのとき、彼の胸に顔を押し付けて、自分が彼に何と言うのか、自分でわからなかった。
だが、美雪はいる。
さすがに友人の前で取り乱して、男にしがみつくことはできない。
仕事上での演技ならばともかく。
本当の気持ちで、男にしがみつくことはできない。
だから、恋歌はもう一度繰り返した。
「……馬鹿」
「そうかもしれんな」
高村晋輔は笑った。
ここまでで三日目とします。
あー長かった。
下書きが途切れたので、更新を少しストップします。
その間、今までの部分を細々と訂正したいと思います。
基本的には文章の修正です。
物語に関わる部分は、活動報告に書きたいと思います。
(1か所、修正を考えている部分があります)
第4夜が「最後の夜」になる予定です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
評価、感想等いただければありがたいと思っています。
作者はいい年なので、多少の辛口コメントは受け入れたいと思っています。
よろしくお願いします。




