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5. 心意気

 一階への階段を下りて行くと、高村晋輔の姿はすぐに目についた。

 彼の周りには、小さな人垣ができていた。数人の客や廓の連中が遠巻きにしていたが、刀を手にしたまま殺気立つ彼に近づこうという物好きはいなかった。

 彼は自分が集めた視線に頓着する様子も見せず、抜いた太刀を肩に担ぎ、血走った目を足下に向けている。

 恋歌は大股で彼に歩み寄り、声をかけた。

「ねえ、あんた!」

 恋歌は人垣をかき分けて、晋輔に大股で近づいた。

恋歌の声に晋輔は険しい形相で振り返る。その視線の鋭さに、人垣がさっと数歩下がったが、恋歌は怯まなかった。同時に恋歌がつれてきた若衆も、その人垣の中に逃れたが、もう恋歌は気にしなかった。

「あいつはどこ?」

 高村晋輔は何も言わずに、視線を下に落とした。そこには暗闇への階段が床の下へと潜っていた。

珍しい話ではないが、桜泉楼には地下にも部屋がある。もちろん、普通は客が見ることはない部屋だ。普段は物置に使われ、時には無銭飲食を試みるような冒険的な客の宿泊所にも使われ、更には反抗的な遊女への折檻部屋に使われる。廓へ来た当初は、恋歌も何度か入れられたことがある。暗く、じめじめした不愉快なところというのが、遊女の共通する感想だ。

 しかし、地下への階段はここだけだ。他に逃げ道はない。それがいいことかどうか、恋歌にはわからなかった。

 逃げられないのであれば、善次郎はまだ人質を必要としている。波路に手荒な真似をすることはないだろう。しかし、詰められてなお、善次郎が無力な女に優しく振舞うような男であるとも思えなかった。

「降りて行くんでしょ?」

「無論だ」

「女を傷つけるような真似はしないわよね」

「……わからない。奴は怖ろしい男だ」

「奴じゃないわ。あんたのことを話してるのよ」

 恋歌は若い侍の肩を掴んで、自分の方を振り向かせた。強気と言うより乱暴な態度に周囲がどよめいたが、恋歌は気にならなかった。頭の隅で損得勘定が目を覚ましかけたが、今は敢えて黙殺することにした。

「あんたが殺すつもりの男はあたしの客よ」

 それも最初の。

いや、今は損得抜きで行くんだった。

「しかし……」

「わかってる。あんたにはあんたの事情がある。あんたはあいつを殺したい。そうでしょ?」

 恋歌は問いかけ、その問いに自分で頷いた。

「いいわ。殺しなさい。あたしが許す。あの男を殺して、仇を討ちなさい」

「…………」

 でもね、と言いながら、恋歌は右手の人差し指で若い侍の胸をつついた。

「死なせていいのはあの男だけ。女はだめよ。絶対に駄目。いい?」

「そのつもりだ」

「つもりじゃ駄目よ。約束して。人質には手を触れさせない。彼女の安全を第一に考えるって」

「わかってる」

「本当に?」

「本当だ。冗談は苦手なのだ」

 それは本当らしい。と恋歌は思った。

「じゃあ、行きましょう」

「どこへ」

「地下へ」

「なんでおまえが?」

 複数の声が恋歌に問いかけた。ひとりは目の前に立つ侍だった。背中から聞こえてきたのは廓の連中の声だった。中には楼主らしき声も混じっていたような気がしたが、恋歌は気づかぬ振りをして、側にいた男の手から行灯を奪い、高村晋輔の背中を押した。

「たぶん、地下には案内が必要だわ」

 案内は必要なかった。

 地下に降りて、恋歌はそれを知った。



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